サイエンスイラストで「伝わる」科学
[第2回] 科学のためのイラストとは
連載 大内田美沙紀
2023.06.19 週刊医学界新聞(通常号):第3522号より
模写から学ぶ解剖学
私がサイエンスイラストレーションを知ったのは,アメリカの大学院に留学していたときだった。大学院の専攻は人類学。人類学が扱う範囲は非常に広く,地域の文化を研究する社会学的なものから,ヒトのホルモン分泌を調べる医学的なものまでさまざまだ。私は化石の科学的復元に興味があり,骨格からどのように筋肉などの組織を復元するかを学ぶため,医学生に混じって解剖学の講義を受けていた。献体にも触れる機会があり,人体の隅々まで夢中になって学んでいた。そのときの講義では,『ネッター解剖学アトラス』(Elsevier)を皆バイブルとしていた。その本の著者であるフランク・ヘンリー・ネッターは,外科医であると同時にメディカルイラストレーターでもあった。ネッターが描く美しくも正確なイラストはほとんどのページに載っており,実物の写真よりはるかに見やすい内容となっていた。当時,私も購入を検討したが,お金がなく,図書館で借りてほぼ全てのイラストをノートに模写していた。解剖学の理解には空間的な把握が必要で,テキストを読み込むよりもイラストを模写する学習法のほうが情報を整理しやすく,記憶に残りやすい1)。節約のために始めた模写だったが,学習に大いに役に立った(図1)。
解剖学以外の講義でも,私はイラストいっぱいのノートを作っていた。そのイラストが徐々に周りに注目され,あるとき指導教官から「Isn't it something?(これは特別な何かなんじゃない?)」と諭され,同大学の夜間に開催されていたサイエンスイラストレーション講座を受講することになった。そこからサイエンスイラストレーションの世界に足を踏み入れ,専門職とするまでどっぷり浸かることになる。
時代に合わせ多様化するスタイルと用途
そもそも科学のためのイラスト“サイエンスイラストレーション”とは何のために作られ,どのようなものなのか。
サイエンスイラストレーションという言葉を聞いたことがある人は,図鑑や画譜などで使われる緻密な博物画をイメージされるかもしれない。しかし,今はそのスタイルや用途はかなり多岐にわたっている。“Guild of Natural Science Illustrators”というアメリカのスミソニアン自然史博物館から始まったサイエンスイラストレーション全般に関する国際学会をご存知だろうか。2018年,学会設立50周年を記念して行われた特別講演で,『Scientific American』誌のグラフィック編集者,ジェン・クリスチャンセンが改めてサイエンスイラストレーションの用途と表現についてまとめた(図2)2)。
人によってサイエンスイラストレーションの定義は異なるが,クリスチャンセンはどんなスタイルであっても,科学に関するイラストを全てサイエンスイラストレーションのくくりに入れており,私もそれに賛同している。クリスチャンセンのイラストレーション分類を「概念的(abstract)」と「形象的(figurative)」という軸で考えると,データや概要を可視化した図と正確性を重視した図が両極に存在し,間に伝えたい情報が整理されたインフォグラフィックなどが存在する。しかし,これらはスペクトラムのように交わり,明確に分かれているわけではない。科学が発展し,「見えないもの」が解明されていくにつれ,形象的なものが主であったサイエンスイラストレーションも,宇宙やDNAの構造といった概念的なものを表現する需要が増えていった。
インターネットが普及し多様なメディアが生まれていくにつれ,サイエンスイラストレーションの用途も増えていった。おおまかな印象を伝えることが目的のPR用のちらしから,従来のサイエンスイラストレーションの主目的である正確な情報を伝える論文用の挿入図までさまざまだ(図3)。特に,近年ではSNSやWebページでの表示を意識したサイエンスイラストレーションが増えている(図3の中間領域に位置するもの全般)。
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あらゆるスタイルと用途があるサイエンスイラストレーション。サイエンスイラストレーターは用途に沿って伝える相手と科学のメッセージを意識し,概念的であるか形象的であるかのバランスを調整してうまく制作する必要がある。次回は,その調整について深掘りしていきたい。
参考文献・URL
1)Science. 2011[PMID:21868658]
2)Jen Christiansen. Visualizing Science:Illustration and Beyond. 2018.
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