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  • 心の不調に対する「アニメ療法」の可能性(2)文化的・社会的背景が心の不調に与える影響(パントー・フランチェスコ)

医学界新聞

心の不調に対する「アニメ療法」の可能性

連載 パントー・フランチェスコ

2023.08.07 週刊医学界新聞(通常号):第3528号より

 臨床で患者さんに何が起こっているのかをより良く理解するためには,文化や社会が精神衛生に及ぼす多様な影響について明らかにする必要があります。そうした影響は,人種的・民族的マイノリティの文化的・社会的背景に対応した精神保健サービスを開発するための鍵とも言えるでしょう1)。人々が自分の症状をどのように伝えるのか,そもそも助けを求めるかどうか,どのような種類の助けを求めるか,どのような対処スタイルを取り社会的支援を受けるのか,精神疾患にどの程度のスティグマを持つのか。そうした事柄は,いずれも文化の影響下にあります。文化はまた,人々が自分の病気に見いだす意味にも影響を与えます。精神保健サービス利用者の「文化」がグループ間でもグループ内でも異なるため,そうした多様性をそのままサービスの場にも持ち込む必要があるのです。

 ここでの文化とは,ある集団が共有する信念,規範,価値観を伴う場を指します。共通性のある社会的グループ(宗教を共有している,同じスポーツをプレイしている,同じ職業で訓練を受けているなど)とも言えるでしょう。統合失調症,双極症,パニック症,強迫症,うつ病などは症状が世界的に類似していると言われていますが,特定の社会的グループに特徴的な文化に縛られたニュアンスの存在を否定できません。例えばうつ病にかかった欧米人は日本人よりも助けを求める傾向にあり,その結果引きこもりになる可能性は相対的に低いかもしれません。

 加えて,文化によって症状の現れ方が異なるとの報告があります。例えば,精神の苦痛を表現するに当たって「身体の症状」を訴える民族も存在します(いわゆる“身体化”)。アジア人の患者は,めまいなどの身体症状を訴える一方で,感情の不調を訴えないことが多いのです2)。筆者の体感上,日本人は心のアンバランスを表現するのに腹痛,めまいといった「体調の悪さ」を語ることが多い印象があります。患者は,自身の属する文化圏において受け入れられる方法で,症状を選択的に表現するとの見解を支持する現象でしょう。

 文化はまた,患者が病気に与える意味,苦痛の主観的な経験を理解する方法に関しても影響をもたらします。その病気が「現実」なのか「想像」なのか,身体症状なのか精神現象なのか(あるいはその両方なのか),何らかの感情を誘発するのか,どの程度のスティグマがあるのか,何が原因なのか,どんな人が病気にかかるのかといった意味付けです。これらは文化によって養われる人々の態度や信念に依存する部分もあるでしょう3)。病気に対する意味付けは,人々が治療を求めるか,症状にどう対処するか,家族や地域社会がどの程度支援してくれるか,助けを求める場所(精神保健の専門家,プライマリ・ケア提供者,聖職者,伝統療法者),サービスを受けるための経路,治療がうまくいくかといった点で,現実の結果に結びつきます。そうした意味付けがもたらす選択によって,重度の精神疾患を持つ人々が適切な治療を受けられない場合,極度の苦痛,障害,場合によっては自殺という重大な結果を招く可能性があるのです。

 精神疾患の原因には文化的・社会的要因が寄与していますが,面白いことに,寄与の程度は疾患によって異なります。例えば,統合失調症の有病率は,10か国1300人以上を調査したWHOの国際パイロット研究4)によると,世界中でほぼ同じ(人口の約1%)です。同様に,双極症(0.3~1.5%)とパニック症(0.4~2.9%)の生涯有病率は,アジア,ヨーロッパ,北アメリカの一部である程度一致することがWHOの研究で示されました5)。反対に,うつ病は文化的・社会的背景がより重みを持つ可能性が指摘されています5)。上記の研究によると,うつ病の有病率は国によって2~19%の幅があります。家族研究,分子生物学的研究でも,双極症や統合失調症に比べ,うつ病の遺伝率は低いことが示されています。これらを総合すると,うつ病の発症には,貧困や暴力への曝露を含む社会的・文化的要因がより大きく関与していることが示唆されるのです6)。日本に生まれ育った人は,同じ遺伝情報を持っていても,欧米に生まれ育った場合には全く異なる精神健康度を示した可能性を否定できないでしょう。


1)Department of Health and Human Services, U.S. Public Health Service.Mental health:A report of the Surgeon General.National Institute of Mental Health;1999.
2)Psychiatr Serv.1999[PMID:10375146]
3)Kleinman A.Rethinking psychiatry:From cultural category to personal experience.Free Press.1988.
4)WHO.Report of the International Pilot Study of Schizophrenia.WHO;1973.
5)JAMA.1996[PMID:8656541]
6)J Clin Psychiatry.1994[PMID:8077177]

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