心の不調に対する「アニメ療法」の可能性
[第1回] 何をもって病気とするのか?――文化精神医学を知る
連載 パント―・フランチェスコ
2023.07.24 週刊医学界新聞(通常号):第3526号より
皆さんはじめまして。慶應義塾大学病院精神・神経科学教室のパントー・フランチェスコと申します。私はイタリアで生まれ育ちましたが,日本で精神科医として働くために来日しました。
メンタルケアにおける文化の相対的影響を調べることも,来日した目的の一つです。病気あるいは病的な現象は,文化とどうかかわりを持つのでしょうか。内科疾患同様,精神疾患の発症率は国によって異なることもあります。精神医学の領域において,引きこもり(Hikikomori phenomenon)や対人恐怖症(Taijin kyofusho)という社会的現象は日本に特有であると言われています1)。ローマ字で表記されていることが物語るのは,これらの現象に初めて相対した海外の研究者が覚えた違和感なのかもしれません。もちろん引きこもりと対人恐怖症は欧米でも報告されていますが,その背景と人口当たりの有病率は異なります。少なくとも,ある社会にはある現象の発生を促す要因がより高頻度に認められるとは言えるでしょう。
このように,特定の文化に特定の現象ないし症状が発生しやすいことを文化精神医学は主張します。そして,ある文化に特有の精神病理性は「文化依存症候群」(cultural bound syndrome)と呼ばれています。『DSM-IV-TR精神疾患の診断・統計マニュアル』2)では,文化依存症候群を,一般に特定の社会または文化圏に限定され,特定の反復的,パターン化された,患者の日常生活において支障を来す一連の経験を指すとしています。
つまり,文化依存症候群では,特定の環境要因,行動慣習要因がきっかけとなり,特定の症候群が発症するということです3)。面白いことに,「何をもって病的であるとするか」は相対的なものであり,それを措定する文化により左右されるのです。自文化に特有の病的な現象は,通常その文化内では病的なものとみなされず許容されがちで,そうした傾向は「文化許容行動」と呼ばれます。自文化が取る「問題行動」(=病的である程度の判定が甘くなること)を自覚することは難しいですが,異文化の立場から見ると客観的評価が可能となるでしょう。文化精神医学に必須なのは,そうした「部外者観点」を保持し続けることです。人間は「適応力の化け物」なので,容易にある組織や社会に溶け込み違和を感じなくなり,客観的観測ができなくなります。
現在の精神医学において,病気であるかどうかの判定を行うための指標は,当事者が困っている程度です。当事者の生活に悪影響がない限りは,病気として判定すべきではないとされます。『DSM-5-TR精神疾患の診断・統計マニュアル』4)においても,病的な感情,行動を判断するには,それぞれの文化における平均的な個人の感じ方と比較して,そこからどれだけ逸脱するのかを評価するとされています。健康な状態と病んだ状態はスペクトラム上にあり,相対的なものに過ぎないということです。
文化依存症候群の具体的な例を以下に挙げます。ラテン系民族にみられる,自己制御できないという感覚を特徴とした苦痛を示すアタケ・デ・ネルビオス(ataque de nervios)はよく知られています。ある研究によると,ataque de nerviosと診断されたドミニカ人およびプエルトリコ人の患者の36%がパニック症の基準も満たした一方,パニック症の症状は必ずしもみられなかったと指摘されています5)。つまりataque de nerviosは一般的な不安症ではなく,それとは独立とした現象なのです。
また,すでに触れた日本の引きこもりと対人恐怖症も著名な例で,自身の身体機能や外見,生理的な現象を恥ずかしく感じ,他人に不快感を与えることを恐れるといった特徴があります。その根底にあるのは,自分の存在で他人を困らせたくはないという気持ちです。新型コロナウイルス流行下で生じたマスク依存症も同根ではないかと私は考えています。劣等感に基づく恐怖は普遍的な社会的不安症の一種と解釈でき,日本文化の要素(迷惑文化など)とかかわる側面があるかもしれません。
本連載では,文化精神医学の観点から心の不調についての考察を行った後に,不調への対処法としての物語療法,ひいては筆者が新たに提唱するアニメ療法をご紹介できればと考えています。
参考文献
1)Int J Soc Psychiatry. 2012[PMID:21911434]
2)髙橋三郎,他(訳).DSM-IV-TR精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院;2002.
3)Yap PM. Classification of the culture-bound reactive syndromes. Aust N Z J Psychiatry. 1967;1(4):172-9.
4)髙橋三郎,他(監訳).DSM-5-TR精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院;2023.
5)Cult Med Psychiatry. 2003[PMID:14510098]
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