医学界新聞

オープンサイエンス時代の論文出版

連載 大隅典子

2023.06.05 週刊医学界新聞(通常号):第3520号より

 連載第1回では,学術雑誌の誕生,ディジタル化・ウェブ化がどう影響を及ぼしたのかについて駆け足で説明した。今回は,論文出版にまつわる現状の諸問題について取り上げたい。

 研究者数の多い大規模大学では,図書館資料費により購入されるジャーナル数も多い。大学図書館コンソーシアム連合による報告書では,専任教員,学部生,大学院生の数が1万5000人を超える大規模大学の平均購読ジャーナル数(カレントのみ)は1万タイトル程度に上るとされる。しかし中規模大学(5000~1万5000人)では約3700タイトル,小規模大学(5000人未満)では約1200タイトルと大きな違いがある。つまり,“知のインフラ”へのアクセスには大学によってこれだけの格差が存在するのだ。

 背景には,ジャーナルの“パッケージ化”がある。電子ジャーナルは印刷コストの削減によって,より多くのジャーナルを読むことを可能にしたため,大手出版社はこぞって傘下のジャーナルをパッケージ化して売り込んだ。研究者にとって,図書館に出向かずとも自室にいながら研究情報にアクセスできる電子ジャーナルは極めて重宝する存在となり,導入当初“パッケージ化”は大いに評判が良かった。この状況を反映して出版社は次々と新たなジャーナルを創刊し,基盤整備やシステムのアップデートにかかる費用を理由に,購読料を毎年上げていった。しかしながらジャーナル価格の高騰により,大学によっては購読ジャーナル数を減らさざるを得ない状況が生じている。

 ジャーナル購読費の値上げを飲まなければならない理由は,研究者にとっては,A社のXという雑誌はB社のYという雑誌に替えられない価値があるからである。「パンが食べられなければお菓子を食べればいいじゃない」というわけにはいかないのだ。また,大手出版社によって市場は寡占状態にあり,競争原理が働かない。したがって,読めるジャーナルが減る問題を図書館のせいにしてもらっては困る。

 さて,週刊医学界新聞の読者がおそらく最も気にされている「インパクト・ファクター(IF)」について触れておこう。IFは現状の論文出版問題において,商業化と大いに関係する。IFはEugene Garfieldによって20世紀半ばに考案され,1975年から使われ始めた。Journal Citation Reportsというデータベースに収録される自然科学,社会科学分野の約2万1000誌を対象に,各誌に含まれる論文数と被引用数から算出されるIFは,本来その雑誌の平均的な論文の引用数を示すものであり,個々の論文の価値を示すものではない。また,引用数はその分野の研究者人口に左右されるだけでなく,引用が批判的か好意的かをデータ分析ツールからは判断できないという限界もある。IFによる評価は種々の問題があると知りつつも,数字はわかりやすいので,医学生命科学業界の研究者は掲載される雑誌のIFに敏感である。また学会誌を編集する立場であれば,自分がかかわる雑誌がどう評価されているかという意味で,毎年発表されるIFの動向が気になるはずだ。

 学術雑誌をざっくり2つに分けると,歴史的に古い「学会誌」の系統と,Nature誌やCell誌のような「商業誌」がある。英国のPhilosophical Transactions of the Royal Societyや米国のProceedings of National Academy of Scienceなどのような科学アカデミーが発行する総合雑誌も,学会誌の仲間である。このような学会誌のEditor-in-Chief(編集長)は学会員から選ばれ,編集委員会が組織されている。かたや商業誌の場合には,編集長は専任で,出版社に所属している。ややこしいのは,現在は多くの学会誌も大手出版社の傘下にあることだ。例えば,筆者が以前理事長を務めていた日本神経精神薬理学会のオフィシャルジャーナルであるNeuropsychopharmacology Reportsは,現在Wiley社により編集・発行されている。

 IFが普及する以前より雑誌の「格」は存在した。科学の総合週刊誌として始まったNature誌は,1970年代にはすでに「Natureに論文が出ました」と言えば研究者仲間から「おめでとう!」と言ってもらえる雑誌だった。現在,Nature誌のIF値は69.504で,生命科学系の伝統ある学会誌の1つであるRockefeller University Pressが発行するJournal of Cell BiologyのIF値(8.077)の約9倍だが,かつて両者にはそのような格差は無かった。ちなみに臨床系の雑誌のIFはさらに高騰しており,New England Journal of Medicineが176.079,A Cancer Journal for Cliniciansに至っては一時期508.702という値が付けられた。IF値の急上昇は,ネット販売される高級ワインの市場を思い出させる。

 かつて,良識のある研究者のライフスタイルは,きちんとした学会誌に論文発表を重ねていくということであった。ところが研究者人口が増え,分野が細分化されて深化し,自分のよく知る分野以外の研究成果の評価が難しくなってくると,“わかりやすい物差し”の1つとしてIF値が重宝されるようになった。例えば,植物学分野以外の生命科学研究者から見て,「IF値12.085のPlant Cell誌に発表されている論文なら,信用できる成果に違いない」と判断する材料となりやすいのである。つまり,論文の中身ではなく,掲載された雑誌のIF値が独り歩きしている。

 さらに,医学生命科学業界では競争激化により,「インパクトのある成果=論文が高IF値のジャーナルに掲載されること」とみなす研究者も多いという状況を招いた。研究室主宰者にとっては,高IF値のジャーナルに論文を出すことが大型研究費の獲得に直結し,若い研究者にとっては次のポストを獲得できるかどうかにかかわってくる。このような状況が研究不正を生む土壌にもなり得ることは,大いに憂慮すべき事態である〔詳しくは『責任ある研究のための発表倫理を考える (高等教育ライブラリ)』(東北大学出版会)参照〕。

 雑誌を購読していなくても読めるオープンアクセス(OA)論文は,他の研究者の目に触れることも多くなるため,被引用数が多くなる。したがって,研究者としてはなるべくならOA論文を出版したい。だが,OA出版には通常の非OA論文より高額なAPC(Article Publishing Charge)と呼ばれる掲載料が必要となる。

 ところで,読者も気づいておられるかもしれないが,APCとIFの間には「正の相関性」がある。一例はの通りだ。生命科学業界では高いIFのジャーナルから,IFが付かないくらい,誰にも引用されない論文ばかり掲載される雑誌もあるが,IFの高い雑誌はAPCも高い。APCも徐々に値上がりしており(しかも,昨今の円安……),研究者にとっての負担は大きい。現在,OA誌のAPCのボリュームゾーンは3000ドルくらいのところにあり,もう少し高IFの雑誌では6000ドルあたり。APCは通常,研究費から支払われる。すなわち大学は,出版社から購読料とAPCを“二重取り”されている状態なのだ。

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 生命科学・神経科学分野における電子ジャーナルのIFとAPCの相関図(東北大学附属図書館作成)
APCのボリュームゾーンは約3000ドル。青字部分はオープンアクセス誌。

 いわゆる文部科学省の科研費で,基盤研究Cと呼ばれる枠では,3~5年間の研究期間に対して500万円以下の支援がなされる。500万円を毎年100万円ずつ5年間使うとすると,1報で40~50万円のAPCを支払うことはかなり厳しい。実際,科学技術の状況に係る総合的意識調査報告書によれば,年間の外部資金が100万円未満の研究者(約350人)では,20~30%はAPCの支払いをしたことが無いと回答している。つまり,大型研究費を獲得している研究者でなければ,高IFの雑誌に投稿できないということになる。貧しい研究者はAPCを支払えず,非OA誌にそっと論文を出すしかできない。そしてそのような論文は人々の目にとまらない……。この状況は由々しき問題であると筆者は考える。

 この現状をどう打開すればよいか。方策については,次回の論点としたい。

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