オープンサイエンス時代の論文出版
[第3回] 「転換契約」始まる
連載 大隅典子
2023.07.03 週刊医学界新聞(通常号):第3524号より
連載第3回となる本稿では,高騰するジャーナル購読料と論文掲載料(APC)への対応策の1つである「転換契約」について紹介する。
オープンサイエンスが推進される背景
「インターネットにつながっていたらどこでも誰でも論文を読める」のは,研究者にとって理想の環境であることは言うまでもない。過去2回の記事では「論文」という視座から述べてきたが,知の形態はもはや「論文」の様式を取らないものも多々ある。情報科学分野ではデータを扱うコードそのものが次々と発表され,医学生命科学分野では各種の遺伝子発現情報等がオープンデータとして公開されるなど,その動きは加速度的に増している。
日本では,2016年1月に閣議決定された第5期科学技術基本計画において「Society 5.0」のコンセプトが打ち出された。これは,狩猟社会(Society 1.0),農耕社会(Society 2.0),工業社会(Society 3.0),情報社会(Society 4.0)に続く社会とされ,「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」と定義されている。Society 5.0を実現する上で重要なマインドがオープンサイエンスの推進である。そして,誰もが学術情報にアクセスできるというオープンアクセス(OA)のインフラ整備は,この中に含まれている。
さて,前回(本紙3520号)はOA化の現在の問題点を取り上げたが,電子ジャーナルの購読料とOA出版に必要なAPCの高騰は,医学生命科学分野の研究者にとって喫緊の問題だ。その打開策の1つが「転換契約」である。
解決の一手としての転換契約
論文の購読と出版の流れを確認しよう。論文が掲載される電子ジャーナルの購読料は現在,大学等の研究機関の図書館経由で出版社に支払いがなされている。一方,論文を出版する際には,OA出版でなくてもAPCが必要だが,OA化のためにはさらなる費用が徴収される。大学側から見れば出版社に購読料とAPCを二重取りされる構図となっている。そこで,購読料をAPCへ段階的に移行させることにより,OA出版の拡大をめざす「転換契約」が欧州を中心に広がりをみせている(図)1)。

一定の「OA出版枠」を出版社から確保し,その範囲内(ただし具体的な運用は大学ごとに異なる)でのOA出版においては研究者が出版社に余分にAPCを支払う必要がないため,大学としては二重取りをある程度回避できる。出版社側としても,「購読料が支払えないのでパッケージ契約は解体します」と大学図書館側から申し出られると困ってしまうし,自社のOA誌への投稿を増やし,結果としてそのジャーナルのインパクトファクター(IF)を押し上げたいとの思惑もあるだろう。より広い視野から言えば,知を産業化するため論文をOAで読みたい企業にとっても大きなメリットがある。さまざまなステークホルダーにとってOA化の推進は喜ばしい点が多い。まとめると,研究者にとってはAPCの減額,大学にとっては研究発信力強化,産業界にとっては活用可能な研究成果の増加,という「三方よし」となるのだ。
2022年,東北大学,東京工業大学,総合研究大学院大学,東京理科大学の4大学の図書館がファーストペ...
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