ピットフォールにハマらないER診療の勘どころ
[第10回] 「造影剤腎症」の呪縛よ,さようなら!
連載 徳竹雅之
2023.03.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3509号より
これから春になって研修医が入職しますが,必ずされる質問がコレです。「腎機能を見てから,造影CTを行ったほうがいいですよね?」。いわゆる「造影剤腎症(CIN)」を心配しての発言です。筆者はほとんど気にもかけていないのですが,実臨床ではこの考えが根強く浸透していて困ったものです。結論から書きますが,ヨード系造影剤の使用は腎機能を考えて決定するのではなく,臨床診断を導くのに必要かどうかの軸で語るべきです。
「造影剤腎症」の歴史的背景
CINは,造影剤投与後72時間以内に血清クレアチニン値が前値より0.5 mg/dL以上または25%以上増加した場合に診断されます1)。1954年,Bartelsらにより69歳の多発性骨髄腫の患者で初めてCINが報告され2),その後造影剤と急性腎障害(AKI)の関連性を導くために多くの研究がなされました。ここで2つの用語がkeyになるので覚えてください。
●CA-AKI:造影剤投与後,48~72時間以内に発症するAKI。必ずしも造影剤とAKIの関連性を指す用語ではなく,あくまで造影剤を投与された患者に発生したAKI全般(原因は造影剤に限らずなんでもアリってこと)を指します。Post-contrast AKI(PC-AKI)とも呼ばれます。
●CI-AKI:造影剤投与後,48~72時間以内に発症するAKIかつ造影剤以外でAKIを引き起こす原因が除外できていることで定義されます。CA-AKIの一部で,AKIの直接的な原因が造影剤である場合を指します。CINと同義です。
1954年から半世紀にわたり,造影剤とAKIの関連性を示す論文が乱立しました。ただし,それらの論文ではCA-AKIとCI-AKIとが混同されていたことが指摘されています。造影剤曝露から数日以内に発生したAKIは,原因が造影剤なのかその他のリスク因子なのかが不明瞭です。原疾患により脆弱になった腎臓はダメージを受けますし,それに付随する低血圧/血管内脱水/貧血/敗血症/それらの治療に必要となる腎毒性物質の使用などによるAKIかもしれません(図1)3)。不確実性を排除するためには,造影剤使用の有無により対照群を設定した研究が必要になりますが,初期の研究ではこの設定がされていませんでした。また,時代の変遷とともに腎臓への影響が大きい高浸透圧造影剤が淘汰され,より腎臓への影響が小さい低浸透圧/等浸透圧造影剤が使用されるようにもなっていきました。さらに,造影剤を動脈内に投与した研究とも混同されて評価されていたことがわかっています。
2006年,ついにRaoらが反旗を翻します。造影剤使用の有無による対照群を設定した研究を行い,造影剤の静脈内投与のみを対象とした場合には造影剤とAKIの関連性が指摘できなかったことを報告しました4)。2006年を境に研究手法が見直され,造影剤とAKIとの関連性は乏しいことを示そうとする大規模な研究が増えます5, 6)。これらを受けて2020年,米国放射線学会と米国腎臓財団は合同声明を出すに至りました(図2)。CI-AKIのリスクはそれまで考えられていたよりもはるかに低く,eGFR≧45 mL/分/1.73 m2ではほぼゼロ,30~44 mL/分/1.73 m2では2%以下と報告し,既存のエビデンスが見直されたのです7)。eGFR<30 mL/分/1.73 m2やAKIがある患者にはCI-AKIの潜在的なリスクがあるために注意が必要であることが言及されていましたが,近年になりeGFR<30 mL/分/1.73 m2のCKDやいかなるKDIGO stageのAKIに関しても,造影剤との因果関係が大規模な研究で否定される流れになってきています8, 9)。
造影CTは「必要ならやれ!」
よって,現時点での推奨は以下のようになります。
生命を脅かす可能性のある診断の評価または治療に必要な造影剤投与を,腎機能のみを根拠に差し控えてはならない。
造影CTの実施は腎機能を見て決めるのではなく,診断や治療のために必要かどうかで考えなければなりません。
維持透析患者ではどうでしょうか。こちらも同様に,必要なら造影CTをためらってはいけません。そもそもこの患者集団は心血管リスクが高く,診断に造影を要することが多いです。予防的な透析や,造影剤投与をしたことのみで透析スケジュールを変更する必要はありません10)。
ちなみに,CI-AKI(CIN)の初めての報告は多発性骨髄腫の患者さんでしたが,多発性骨髄腫への造影剤投与は単独ではCA-AKIのリスクを高めることはありません11)。高Ca血症による脱水などを伴えば別ですが。
腎臓を悪くするのは造影剤だけではありません。入院後に発生したAKIをCI-AKIと断定してしまい原疾患の特定/治療が遅れたり,その他の病態の評価(例えば血管内脱水,低拍出性心不全,造影剤以外の腎毒性物質の使用など)を怠ることは厳禁です。腎臓の予後に影響を及ぼし得る因子の改善に集中するべきで,急性疾患の特定と早期治療,血行動態の安定化や腎毒性物質の回避などといった腎保護戦略を積み重ねましょう。
メトホルミンを内服している場合は?
造影剤とメトホルミン(ビグアナイド系薬剤)の関係性についても言及しておきます。一般的に,メトホルミン常用者に造影剤を投与すると,メトホルミン関連乳酸アシドーシス(MALA)を発症するのではないかと恐れられています。たしかに発症すれば死亡率は50%と非常に高い重篤な疾患です。しかしながらその頻度は非常にまれで,1000人年当たり0~0.084例とされています12)。では,どんな患者に発症するか? これまでの研究によれば,メトホルミンが適切に投与されている患者ではMALA発症率はゼロです。つまり,そもそもメトホルミン使用の禁忌に該当する心疾患や腎疾患を持つ患者が造影剤投与を受けた際にのみ発症します。適切に選択された患者にメトホルミンが投与されていた場合には,造影剤を投与してもMALAを発症することはありません。もちろんメトホルミン常用者がそれ以外と比較してCI-AKIを発症しやすいということもありません。
メトホルミン常用者の緊急造影CTに際しては事前の薬剤中止は不要ですが,腎機能によってその後の再開についての取り決めがあります。
*
造影剤について実臨床で迷いやすい点をまとめてみました。これで明日からは,自信を持って造影CTをオーダーできますね! 合言葉は「必要ならやれ!」です。
今回の勘どころ
✓ 造影CTは臨床診断を導くのに必須なら行う! 腎機能のみを根拠に適応を判断しない。
✓ CA-AKIとCI-AKIを混同せず,造影剤以外に腎機能を悪化させる因子がないか考えよう。
✓ MALAは,適切にメトホルミン投与がなされている患者では発症しない。
参考文献・URL
1)日本腎臓学会,日本医学放射線学会,日本循環器学会編.腎障害患者におけるヨード造影剤使用に関するガイドライン2018.日腎会誌.2019;61(7):933-1081.
2)Acta Med Scand. 1954[PMID:13217726]
3)Ann Intensive Care. 2019[PMID:31549274]
4)Radiology. 2006[PMID:16543592]
5)Radiology. 2014[PMID:24475854]
6)Ann Emerg Med. 2018[PMID:28811122]
7)Radiology. 2020[PMID:31961246]
8)AJR Am J Roentgenol. 2019[PMID:31386574]
9)Intensive Care Med. 2023[PMID:36715705]
10)ACR Committee on Drugs and Contrast Media. ACR Manual on Contrast Media 2023. 2022.
11)Eur Radiol. 2018[PMID:28856420]
12)Eur J Clin Pharmacol. 1993[PMID:8405019]
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