医学界新聞

教えるを学ぶエッセンス

連載 杉森公一

2023.03.27 週刊医学界新聞(看護号):第3511号より


 「教育の文字ははなはだ穏当ならず,よろしくこれを発育と称すべきなり」1)

 福沢諭吉が「文明教育論」の中でエデュケーションの誤訳に異議の主張をしたのは,産業化と国民形成()の要請を受けて近代学校制度が開始された時期であった。その後,日本は工業社会への転換を果たし,個別知識を「学力」として獲得(記憶)させることを学校教育の一つの命題としてきた。2020年代に入って私たちが直面しているのは,先の見通せないVUCA〔Volatility(変動性),Uncertainty(不確実性),Complexity(複雑性),Ambiguity(曖昧性)〕の状況である。特定の知識を持ち,技術を熟達させることだけでは,こうした社会情勢の変化に対応することは難しく,より高次の知識を統合し,スキルを柔軟に学び直していく姿勢が求められるようになった。

 テクノロジーの革新は,私たちの社会と学校を大きく揺るがそうとしている。OpenAI社によって発表された生成的AI「ChatGPT」は,生成する文章の完成度の高さから,米スタンフォード大学の学生ですら最終試験に使用するようになったという2)。医療の高度化への対応,タスクシフト/シェア,多職種連携など,医療現場の変化は目まぐるしいことから,技術的合理性モデルではそうした変化に即応できない可能性がある。したがって,状況に応じて想定を超えた対応をする中での「行為の中の省察(リフレクション・イン・アクション)」が求められている3)

 知識の再生産の時代から,あらゆる知識を統合させ,活用し,生み出していく知識反応の時代への転換点にわれわれは立っているのである。学習者の役割は知識の受け手から生涯学び続ける者(Life-long Active Learner)へと変化し,教育者は学習者の能力開発を支えることで,そうした役割の変化を担うことになる。教育者にとって,これまで意識されてこなかった教育理念を含む「リフレクション」を行うには何を意識すればよいのだろうか。

 教師教育学のコルトハーヘンは,教育者がリフレクションを行う時に,客観的で見えやすい行動(Doing)にのみ焦点を当ててしまいがちである,と警鐘を鳴らす4)。リフレクションは行動(Doing)を水面の上に,水面の下に思考(Thinking),感情(Feeling),望み(Wanting)を順に配置した「氷山モデル」によって,言語や表情を通してもとらえることのできない深層をすくい取ろうとするアプローチである(4)。自分自身で問いかけたり,同僚と共に相互に振り返ったりする〔連載11回でのFLC(Faculty Learning Community)など〕機会を意識的に設けることが大切である。

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 リフレクションの氷山モデル(文献4をもとに作成)
リフレクションにおいては教育者や対象者の行動だけでなく,その下に存在する思考,感情,望みに着目することが重要となる。

 筆者は2020年から3年間,理学療法・作業療法を専攻する大学院生を対象にした「教育方法論」(2単位,15週)を担当している。2018年10月に公布された「理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則」によって,専門学校や大学等で教えることのできる専任教員の要件が17単位(360時間)以上の専任教員養成講習会を受講するか,または大学院の課程で教育学に関する科目を4単位以上修めることが求められたために開講された科目である。本連載で取り上げたトピックを網羅し,教育方法の理論から授業設計の実際までを,シラバス作成と模擬授業を通して体験的に学ぶ。最終週にはリフレクションのために,教育活動を記述し省察す......

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