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『医学英語論文 手トリ足トリ いまさら聞けない論文の書きかた』より

連載 堀内圭輔

2022.05.13

 英語論文を書くにあたって英語力はもちろん重要ですが,それ以上に重要なのは,論文の作法や決まりごとを理解して,自分の考えを平易に説明できる能力です。『医学英語論文 手トリ足トリ いまさら聞けない論文の書きかた』では,英語論文を書くための事前準備から,形式面での作法・決まりごと,論文の基本構造についてはもちろん,データの取り扱いや投稿先の選び方など,論文執筆から掲載までの過程の中でつまずきやすいポイントを幅広く解説しています。

 

 「医学界新聞プラス」では本書のうち,英語フォントの選び方,英語論文の構造(IMRaD),投稿先のインパクトファクターについての話題をピックアップして,3回に分けて紹介します。

 

 ※本書は,「臨床整形外科」に「いまさら聞けない英語論文の書き方」として連載した内容に加筆・修正を施し,まとめたものです。

 

 

 投稿先を意識しておくのは,論文執筆にとって重要です.投稿先を設定することで,論文のフォーマットだけでなく,論文の方向性も自ずから決まってきます.しかし,そもそも「投稿先をどのように決めればよいのか」という疑問が生じます.せっかくの仕事なので,権威ある医学雑誌・科学雑誌に載せたいのは当然です.

 医学雑誌・科学雑誌にはインパクトファクター(impact factor:IF)と呼ばれるメトリックス(ある評価基準から算出した数値)があります.名称から考えると,「IF値が高ければ高いほど評価が高い雑誌=掲載された論文は価値ある論文」と単純に考えがちですが,実際のところどうなのでしょうか.

IFとは?

 医師・研究者の業績の話となると,何かとIFが話題に出ますが,IFの定義をご存知でしょうか.ある雑誌の2022年のIFは図Ⅵ-2 のように算出されます.とても単純です.過去2年間に当該の雑誌に掲載された論文がどれだけ引用されたかの平均値です.

図4-2.jpg
図Ⅵ-2 IFの算出方法

 常識的に考えれば,IFが論文・雑誌の価値を直接反映するわけではないことは容易に想像がつきます.実際,IFは施設で定期購読する雑誌を選別するための指標として作られたものです.個々の論文,ましてや個々の研究者の価値を評価する目的で提唱されたものではありません.

 ともかく現状では,IFは広く普及していますが,問題点は多数あります.

・IFは1論文当たりの平均引用回数なので,物凄く引用される論文があるとそれに引っ張られて雑誌全体のIFが高くなる.
・直近の過去2年間の引用回数なので,流行の話題を掲載する雑誌のIFが高くなる傾向にある.
・科学的価値に関係なく,マイナーな分野のIFは低くなる傾向にある.
・総説を増やす,症例報告を減らす,組織的な引用などで,IFを意図的に操作することができる.
・そもそも,“引用回数”を科学的価値・医学的価値と置き換えてよいのか?

 など,枚挙にいとまがありません.

 「じゃあ,なんでこんなものが広く使われているのか」と,疑問に思うのは当然です.これは,IFがいつの間にか,科学者・医師の業績を評価する物差しになってしまい,研究費やポスト獲得に大きな影響力を持つようになったためだといわれています.このため,研究者も出版社も疑問を感じつつ,IF獲得競争のスパイラルに陥ったのではないでしょうか.

IFは実際どうなのか

 IFが盲目的に使われてきた別の理由として,「そうはいっても全く無視できるほどIFはいい加減な指標ではない」ことが考えられます.実際どうなのでしょうか.

 ここでは,筆者自身が関係した論文のデータを用いて検討してみました.被引用回数と当該雑誌のIFは,2019年時点でClarivate AnalyticsのJournal Citation Reportsに掲載されている値を使用しています.そもそも論文掲載時のIFを参照すべきなのか,現時点でのIFを参照すべきなのかも,判断する根拠もありません.

 IFの定義から考えれば当然ですが,IF値と被引用回数には,ある程度の相関は認められます(図Ⅵ-3a ).しかしながら,決定係数R2は0.2457と決して高くはありません.少なくとも筆者のデータでは,論文掲載されてからの年数と,被引用回数の決定係数(R2=0.2806)のほうが高いです(図Ⅵ-3b ).当然ですが,古い論文のほうが被引用回数が多い傾向にあります.

図4-3.jpg
図Ⅵ-3 実際の論文データをもとにした解析
a:IFと引用回数の相関 b:引用回数と掲載されてからの年数の相関

 また,データをよくみると,確かにIFが10以上の雑誌に掲載された論文は,いずれも10回以上は引用されています.しかし,一方で被引用回数が100以上だったのは,IFが5以下で5本,5〜10で1本,10以上では4本ですので,IFが相対的に低い雑誌でも,被引用回数の高い論文は結構あります.

 あくまで一個人の関係した論文で検討した結果ですが,同じような報告はほかにも散見されます.IFは論文がどの程度引用されるかの大まかな指標,つまりある程度の目安にはなるかもしれませんが,それほど信頼性が高いわけではなさそうです.IFの有用性・実用性はこの程度なのではないでしょうか.IFを絶対値のように足し算して個人の評価の指標に用いることに,科学的な裏づけはありません.

IFだけが注目される正当な理由はない

 IFばかりが注目されていますが,雑誌を評価するメトリックスは実は多数あります.たとえば,Clarivate AnalyticsのJournal Citation Reportsをみると,表Ⅵ-1に示したように多種のメトリックスが掲載されています.特にInfluence MetricsにあるEigenfactorは,Googleの検索と同じようなアルゴリズムを用いて,単に被引用回数を加算するのではなく,引用先の重要性を加味して点数を出しています.同じようなアルゴリズムを利用した,SCimago Journal and Country Rank(https://www.scimagojr.com/)というのもあります.これらのメトリックスのほうが,IFよりは説得力がありそうです.

表4-1.jpg
表Ⅵ-1 Clarivate AnalyticsのJournal Citation Reportsで提供されているメトリックスの一覧

 また個々の論文をメトリックスで評価したいのであれば,Altmetric(https://www.altmetric.com/)が提供するデータを参考にしてもよいでしょう.Altmetricは論文の閲覧回数,SNSでの言及,引用回数,ほかの研究者からの推薦などをもとに,論文の影響度を評価したメトリックスです.論文の被引用回数と異なり,同業者だけでなく,社会的なインパクトも反映されます.前述したようにIFはあくまで雑誌のメトリックスなので,そもそも論文の評価に流用してよいのかも定かではありません.

 こうしてみると,数あるメトリックスのなかでIFだけが特別扱いされる正当な理由はなさそうです.強いて言えば,極めて単純で直感的に理解できること,広く汎用されていることぐらいでしょうか.

では投稿先はどうやって決めるのか

 筆者の経験からしてみると,当該分野で重要と考えられる学会誌や,ある程度名のある専門誌を,まずは投稿先として検討するのが妥当ではないでしょうか.

 こうした雑誌は,一定の読者層が確保されており,編集者や査読者が当該分野の専門家であることが多いので,論文の価値が正しく,同時に厳しく,評価されることが期待されます.また,いたずらに論文の掲載数を増やすことよりも,雑誌の方向性に即した論文を掲載することに重きを置いているのが常です.そして,掲載費は一般的に安価で,雑誌によっては無料のこともあります.逆に,昨今の商業ベースの雑誌は,掲載論文数を増やすことが大きな目標なので,むしろアクセプトされやすい印象があります.その代わり,一般的に掲載費は高額です.もちろん,突き抜けた研究結果をお持ちであれば,何も考えずに『Nature』なり『New England Journal of Medicine』なり,いわゆるトップジャーナルを狙ってください.

 とはいっても,IF信仰があまりに蔓延しているので,雑誌を評価するときについ目が行ってしまうのは否定できません.多少参考にしても悪くはないと思います.ただし,IFの細かい数値には意味がないこと(IFが5の雑誌と,6の雑誌を比較しても意味がない),また,分野によってIFが大きく異なることは留意しておいたほうがよいでしょう.あまりIFにとらわれ過ぎて,雑誌や論文の本当の価値を判断できなくなってしまっては本末転倒です.

 

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