看護のアジェンダ
[第211回] 職場におけるこぜり合い
連載 井部 俊子
2022.07.25 週刊医学界新聞(看護号):第3479号より
株式会社井部看護管理研究所に2022年5月,「仕事における困りごとの相談」がやって来た。相談内容はこうである。「ファーストレベルの募集要項にある小論文を,看護部が検閲することによる影響についてです。どうしたらこの行為をやめてもらえるか,悩んでいます」とある。
「困りごと」の解析
新型コロナウイルス感染拡大のため自粛していたさまざまな研修が,2022年度は再開されつつある。応募者数も回復傾向にある。対面で行うかオンラインで行うか,あるいはハイブリッドで行うか等,主催者側も悩ましいところであるが。
看護管理者の継続教育として,日本看護協会認定看護管理者教育課程がある。認定看護管理者となるためのコースはいくつか設定されているが,通常,ファーストレベル(105時間),セカンドレベル(180時間),サードレベル(180時間)という長い時間をかけて学ばなければならない。つまり,ファースト/セカンドレベルを終えただけでは「認定看護管理者」にはなれないのである。ようやくサードレベルを修了して資格試験に合格した頃には,定年が間近になっているという状況も少なくない。認定看護管理者として長く活躍してもらうためには,そろそろ研修制度のスクラップ・アンド・ビルドの時期ではないかと,私は考えている。
今回の相談は,しかしながら,そうした構造的な問題を指摘しているのではない。もっと身近な職場の関係性というか役割発揮というか,よく考えると,多少,組織構造の在り方にも関与している「困りごと」である。本人の承諾を得た上で,困りごとを解析してみたい。
登場人物は4人。病棟の看護師長(今回の相談者)であるA,ファーストレベルに応募する予定のB(当該師長の部下),副看護部長C,そして看護部長Dである。
Aによると,今回研修を受講しようと決意したBは,仕事はよくできて洞察力があり,期待するスタッフである。しかしこれまでのキャリアは不遇の時があり,複数回の転職をしている。Bは,受講の志望動機を熟考して小論文にまとめた。その過程でこれまでのキャリアを振り返ることとなった。そして自己肯定感が低いことや,「上司にものを言うのはタブーだと思っていた」自分に気付いた。
不都合なことが起こっても「事なかれ主義」がまん延していた職場を経験していたBにとって,現在の上司であるAは「事なかれ主義の改革者」として強く印象付けられた。さらに部署の問題を見て見ぬふりをしている自分に気付いたのである。こうした真摯な自己との向き合いを通して志望動機をしたためたBは,ファーストレベルで何を学習したいかを明確にして小論文を完成させた。Aは,文字数と誤字や言い回しを助言したが,Bの論文の主旨を支持した。
次のステップはCの点検を受けることである。Cは自己肯定感が低いBの小論文を批判した。果ては彼女を推薦したAまで追及してきた。Aは反論し,「自分の意志は変えない」とCに断言した。Cはつまり,職場内部のネガティブなことをいろいろ書かれて外部に提出されるのが困るのであった。CはBに,何としても修正を求めた。Bを呼び出して粘った。すでにAをロールモデルとしているBは,「書きたいことをことごとく消され,組織が気に入ることを書く」ことに抵抗した。しかし受講料の半額を組織が援助することも考え,Bは妥協して修正を行い,応募書類の提出期限ぎりぎりになって郵便局に駆け込んだ。
この“検閲”を首尾よく通過して提出された書類は,書類選考で採択されなかった。「直したから落ちた」と職場ではささやかれているという。Aは,検閲は不要ではないかと考え,今回の困りごと相談になったのである。Bは早々に志望動機を書き上げてスタンバイしているのに,検閲担当のCの仕事が遅くなってBに迷惑をかけたことも気に掛けている。ちなみにDは簡単に承認している。
こうした納得のいかない「こぜり合い」は,多くの職場で起こっているのではないかと思う。
看護部の検閲への対処法
私は2014年に本連載で「検閲とお姉さん」1)を執筆した。病院看護部による発表論文への不当な介入を指摘した内容であるが,あれから8年,事態は何も変わっていないという思いを新たにした。
私はその記事を次のようにしめくくっている。「看護部は『ヘンな発表』を検閲することをやめて,真に教育的な機能を果たさなければならない。看護部長室のドアを開け,看護師たちが自由にアドバイスを求めてやって来れるように,そして部下に『さすが』と評価されるような“指導”を行うことができるように,看護部も共に切磋琢磨することが健全な組織であろう」。
あれからもう少し老練になった私は,組織論的な観点から相談者Aに以下の助言を追加した。副看護部長というポジションは,当該組織ではラインではなくスタッフ機能を持つものであるから,こうした納得のいかない事態が発生した場合は,ライン機能を効果的に活用すべきである。つまり病棟師長の直属の上司は看護部長であるから,副看護部長を経由せず,直に看護部長とやりとりをして決着をつけるということである。いかがであろうか。
一方,看護管理者研修の講師を務める私は,一人ひとりの受講生の努力と思いを受け止め,各人の自己肯定感の向上に寄与しなければならないと気持ちを引き締めた。
参考文献・URL
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