医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部 俊子

2022.06.27 週刊医学界新聞(看護号):第3475号より

 2022年5月,帰宅してなにげなくつけたテレビは,NHK「歴史探偵」の時間であった。日本の南極観測史上,最も有名な実話であるタロとジロの生存の奇跡を検証しようというものである。

 極寒の南極で鎖につながれて置き去りにされた日本隊の樺太犬,タロとジロが1年後に発見され,保護された「南極物語」には,実は「第3の生存犬」の存在があったというのである。俳優の佐藤二朗が探偵所長を務める今回の「歴史探偵」で,私がほほうと手を打ち,(少々オーバーだが)もんどりうって感激した場面がある。それは犬ぞりチームの先頭を走る「リードドッグ」の役割である(実はリードドッグという用語も後からインターネット検索をして知ったのであるが)。

 私がときめく「犬ぞり」の話に入る前に,タロとジロの親代わりであった第3の生存犬「リキ」を紹介したい。現地でタロとジロに再会を果たした第1次・第3次越冬隊員の北村泰一氏(九州大学名誉教授)が当時の様子を語ったという新聞記事1)を参考にレポートする。

 1958年2月,日本の南極観測隊は昭和基地で第1次越冬隊と第2次越冬隊の交代作業を進めていた。ところがあまりの悪天候のため第2次越冬は急きょ中止となり,関係者全員が南極から脱出した。

 隊員たちと苦楽を共にし,重いそりを引いて貢献してきた15匹の樺太犬を救出する余裕はなく,やむなく基地に残された(「歴史探偵」によると,当時の南極観測船「宗谷」の砕氷能力が高くなく,昭和基地からぎりぎりの燃料でヘリコプターを飛ばし救助船に乗り継いだということだった)。最後の隊員が離れるとき,不穏な空気を察したのか,犬たちは一斉に「ウォ~ン」と吠えたという。

 1959年1月,基地に到着した第3次隊員は驚きの声を上げた。鎖から離れ,極寒の地で2匹が生き延びていたのだ。北村さんは残した犬の名を順に呼ぶが,反応がない。1年前はまだ幼かったタロとジロの名が残った。「タロ」と声を掛けると1匹の尻尾がぴくりと動いた。「タロだったのか」。もう1匹にも呼び掛けた。「おまえはジロか」。すると前足を前方に上げた。ジロの癖だった。北村さんは甘える2匹と南極の雪上を転げ回った。

 15匹のうち,7匹は鎖につながれたまま氷雪に埋もれて死んでいた。あと6匹の姿はなかった。

 タロとジロの生還から9年後,昭和基地のそばの解けた雪の中から,1匹の樺太犬の死骸が見つかった。タロとジロ以外にも鎖から離れ,一時は昭和基地周辺で生きていた「第3の犬」が存在していたのだ。灰色で短毛という特徴から,行方不明6匹のうち「リキ」と思われた。

 リキは第1次越冬中,幼かったタロとジロに自分の餌を与え,実の親のように片時も離れず2匹の面倒をみていた。リキは鎖から逃れた他の5匹の犬と同様にどこにでも行けた。しかし自力では食料を得られそうに...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook