医学界新聞

教えるを学ぶエッセンス

連載 杉森 公一

2022.06.27 週刊医学界新聞(看護号):第3475号より

 学習者は授業で何を学ぶのか? 教師として学校や研修で計画的に何かを教えたことのある,誰しもがこの問いに直面するだろう。学習目標はどこにあり,そこに至る手段は何か,結果として学習者が何を身に付けるのか? 授業設計や研修設計を考える際はこの問いに基づき,授業や研修の目標・学習内容と学習活動・学習評価の整合性が取れているかを考える必要がある。

 教育学のウィギンズらは,目標に準じて学習内容を定め,最後にテストなどの学習評価を行うという順序(順向き設計,forward design)が,知識の詰め込みを誘うと指摘している1, 2)。教師は,自身が専門家であればあるほど,知っていることを教えたいという「網羅の罠」に陥りがちであるからだ。

 それに対し,目標に沿った学習評価の方法を先に定め,学習内容の配置を検討することを「逆向き設計(backward design)」という。基礎知識の定着を目標とするならば,最終的な学習成果を測るために,何らかの客観的テストやクイズを課すことが多い。逆向き設計では,その作問を先に行う。その問題を解くために必要な学習内容をあらかじめ厳選し,授業内外の学習活動の種類や時間配分を設計するのだ。目標に達するかどうかを授業の前に見通して考えておくこと,それに基づいて学習内容・活動の配分を行うことは,結果として学習者を主語とした授業設計につながる。

 連載第2回で取り上げたアクティブラーニングの効果を高めるには,逆向き設計での目標や評価に照らして適切な学習活動をデザインする必要がある。ただし,活動すること自体が目的化してしまった場合には,「経験あって学びなし」となるだろう。教師は「印象に残るように豊富な事例をうまく与えられた」となり,学習者は「今日のグループワークはお互いをよく知ることができて楽しかった」となる。ところが,振り返っても内容を一向に思い出せない。これは活動を過度に重視する「活動の罠」となり,「網羅の罠」と合わせて「双子の過ち(twins of sin)」と呼ばれる。

 この過ちを乗り越えるには学習者の特徴やカリキュラム上の位置付け,環境・資源といった状況的要素の上に,あらかじめ授業設計の三角形を描く必要がある(図1)。教育学のフィンクは,授業設計の三角形を達成するために,「意義ある学習」の相互作用の特質を提唱している3)図2)。バークレイらによれば,6つの特質を基に学習目標を明確にすることが可能になる4)。①基礎知識(重要な事実,原則,アイデア,および概念を理解し,想起できること),②応用(問題解決,スキル習得,批判的思考,創造的思考,または実践的思考などのために基礎知識を理解すること),③統合(授業内あるいは授業間の異なるアイデアを結びつけ,授業を越えて学生の日常生活に広げること)の3つは,学習者の認知的側面に焦点を当てる。学習者には授業を通して,主に知識や概念をどこまで理解し身に付けてほしいのかが問われている。他方,④人間の特性(自分自身について学び,他の人をよりよく理解し,交流する方法),⑤関心(授業内容に関連する新しい興味,感情,価値を見いだすこと),⑥学び方の学習(学習プロセスについての知識を得て,より自律的な学習者になる能力を発達させること)の3つは,人間的側面をとらえようとする項目である。授業を通して,価値観やモチベーション,生涯にわたって学ぶ力を問うことは,学習者の感情や倫理観,スキルや態度にも影響する。

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図1 授業設計の三角形
授業設計の三角形を描くことで整合性の取れた授業を行うことができる。学習目標→学習評価→授業内容・学習活動の順で設定していく。
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図2 「意義ある学習」を構成する6つの特質
①~③は学習者の認知的側面,④~⑥は学習者の人間的側面をとらえた項目である。

 では,①~⑥の特質を用いて授業設計を行う具体例として,教科の「化学」を例に私が自身の授業を振り返り,学習目標を明確にしてみよう。

①基礎知識:この授業を終えた時,学生は臨床検査の専門科目につながる主要な事実と用語を自分の言葉で説明できる。
②応用:学生は化学の知識について実験や観察によって明らかにする方法を学び,基礎的な化学実験レポートを作成できる。
③統合:どのように医療に応用されるか実例を基に論じることができ,学んだ知識と健康社会の実現とを多角的な視点から関連付けることができる。
④人間の特性:化学の医療応用や化学が社会にもたらすものについて,正と負の側面を学び,科学倫理に基づいた価値判断を行うことができる。
⑤関心・⑥学び方の学習:学生は将来,医療職としても化学的な知識を使っていこうとする意欲を持っている。

 そして,学習目標に対応した評価を以下のように設定する。

①基礎知識:2年次以降の専門基礎科目「生化学」のために必要な知識を提供し,学生が習得できたかを知るため,また学生の現在の理解度を把握し,適切な助言と教材となるように授業を改善するために評価する。
②応用:基礎的な化学実験や観察を行い,レポート作成によって情報収集と分析活動を評価する。
③統合:医療現場での応用例について調査し,化学的な知識が保健学専門分野にどのように役立つのかに関するコンセプトマップを作成し,授業内容と多領域との接点を考察する能力を評価する。
④人間の特性:医療応用における科学倫理についてジグソー法によるグループ内発表を行い,他者との討論に基づいた論述レポートを作成し,自分の価値観や判断基準が認識できたかを評価する。
⑤関心・⑥学び方の学習:大学での化学が,暗記だけなく概念理解や原理から考えることが大切であり,その転換が生じているかの確認のために評価する。

 学習の成功は,目標に準拠した評価法によって初めて明らかにされるのだ。

 当然だが,教師は授業の中で提示しなかった目標,あるいは取り上げなかった内容や活動は評価できない。例えば,多職種連携教育科目で専門職間の協力や連携による患者へのケア向上を目標としているにもかかわらず,講義を担当する医師だけの視点からみた他職種の知識充足の追求や,医学的な知識の獲得のみにとどめた症例検討が行われれば,ユニ(単一)プロフェッショナルが単に一緒に働くだけになってしまう。つまり,授業設計が十分になされていないと授業内容が正しく伝達されず,学習目標の達成とその評価にはつながらないのである。他者の視点(レンズ)の獲得には,価値の衝突にじっと耐え抜くことが必要である。互いの想定を保留した対話によって,患者や家族,それを取り巻く環境へ多方向から光を当てていくプロセスを求めたい。

 それでは教師が授業設計をする際,意識しておくべきことはいったい何か? 限られた授業時間の中で学習者が確かに学んだという実感を得るためには,教師の持つ期待や学習成果を明示すること,そもそも教師自身が何を大切にしているかを深く検討することが必要だろう。

 教師がどんな期待と願いを持っているのか,学習者の現在の状況はどこにあるのか,それぞれが何を持ち,どこに向かった時,互いに学んだと言えるのでしょうか。また,学校は人と人が交差する場であり,学生は通り抜けていき教師は残されていきます。通り抜けていく彼ら彼女らに,私たちは何を手渡せるのでしょうか。授業を設計することの本質には,私たち教師の祈りのようなものがあるのかもしれない。

 次回は,学習者が獲得するアウトカム(学習成果)について解説する。


1)G. ウィギンズ,他(著),西岡加名恵(訳).理解をもたらすカリキュラム設計――「逆向き設計」の理論と方法.日本標準;2012.
2)中井俊樹,他(編).看護教育実践シリーズ2――授業設計と教育評価.医学書院;2018.
3)L.ディー・フィンク(著),土持ゲーリー法一(監訳).学習経験をつくる大学授業法.玉川大学出版部;2011.
4)E. F. バークレイ,他(著),東京大学教養教育高度化機構アクティブラーニング部門,他(監訳).学習評価ハンドブック――アクティブラーニングを促す50の技法.東京大学出版会;2020.

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