医学界新聞

教えるを学ぶエッセンス

連載 杉森 公一

2022.07.25 週刊医学界新聞(看護号):第3479号より

 私たちは有能(competence)であるかをどのように測り,認識するのか。ある領域での能力の卓越さを「コンピテンシー」と呼んだのは社会学のSpencerらであり,元は優れた外交官の特性を観察したことから始まる。コンピテンシーは人材に備わる根源的な特性で,「さまざまな状況を超えて,かなり長期間にわたり,一貫性をもって示される行動や思考の方法」とされる1)。コンピテンシーには動因,特性,自己イメージ,知識,スキルという多面的な特性が挙げられ,高いコンピテンシーが備われば優れたアウトプットやパフォーマンスをもたらすと考えられる。

 心理学のKruger と Dunning は,ユーモアや論理的推論,英文法といった知識や経験が必要となる領域でテストを行い,非熟達者におけるメタ認知の欠陥を指摘した2)。初学者・初心者であるほど教科書を読んだだけで「完全に理解した」と思い込み,過度の自信を持ってしまう。真に成果を上げてきた熟達者や開発者ほど,「自分はその分野についてまだわからないことが多いものの,『チョットデキル』ようになってきた」と,ひそかな自信を持つことができるようになる。これは,「ダニング=クルーガー効果」と通称される,エンジニアの間で一時期流行した解釈だ(図1)。Linuxの開発者であるLinus Torvalds氏が「チョットデキル」と日本語で書かれたTシャツを着ていたことが「チョットデキル」の由来らしい。

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図1 ダニング=クルーガー効果
初心者であるほど「完全に理解した」と思い込み自信を持つが,その後「何もわからない」状況に陥り,ほとんどの人は精神的に折れてしまう。学習を続ければ時間をかけて理解度が増していき,その結果少しずつ自信を持つようになる。

 本連載の第3回(第3475号)で述べたように,逆向きの授業設計においては先に教師の期待する「学習目標」を明らかにしてから「学習評価」を定め,その次に「学習内容」を配置することが必要である。とりわけ医学教育分野では「アウトカム基盤型教育(Outcome-Based Education)」として,養成課程のプログラム修了時に期待される人材育成目標を明示した授業設計が推進されている。育成する人材像や学習者の能力・学習成果(アウトカム)を明確にするためには,優れた看護師の「コンピテンシー」を念頭に置きながら,教育機関の教育理念や学校種の特徴,卒業後の進路,地域の特性などを考慮する必要があるとも言われている3)

 Astinは,入学(Input)から教育環境(Environment)を経て成果(Output/Outcome)が獲得される一連の過程を「I-E-Oモデル」と定義している4)図2)。I-E-Oモデルはシンプルなモデルだが,学生がどの範囲と水準まで獲得したかを把握するという学習成果測定の局面における強力な枠組みとして,米国大学教育の場で機能している。また,看護教育における生涯学習,研修,実習教育などの場面でも学習者の能力評価・測定に活用可能と考えられる。

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図2  I-E-Oモデル
Input→Environment→Output/Outcomeの順に発達していく。場合によってはEnvironmentを介さずに成果がもたらされることもある。

Input:介入前(入学時)の学生の知識・スキル・態度や属性
Environment:体験中(在学中)の学生の経験,教員・実習指導者や学生同士の関与
Output/Outcome:体験後(修了時)に獲得された学生の成功や認知的・情意的成果

 では,I-E-Oモデルを看護教育の場面に応用する際に,何を意識すればよいのか 。Qualtersによれば,教員・学生・実習関係者がアセスメントの透明性を高める4つの問い(なぜアセスメントをするのか,何を評価するのか,どのように評価したいのか,結果はどのように利用されるのか)を明らかにした上で,「火急の問い(burning questions)」への参加を呼びかけている5)

 「火急の問い」とは,全ての実習関係者が本当に知りたい疑問(教員:教室で学んだ理論を実践できているか,実習指導者:学生の働きかけが患者にどのような影響を与えるか,学生:この実習が専門分野の知識をどう高めるか)を指す。これを引き出すことで,一部の人たちが利用することにこだわったデータだけでなく,全ての実習関係者に有用な答えを提供するための評価の仕組みが開発され,実習で評価する項目に優先順位を付けることができる。そのため,教員と実習関係者が共同で実習の評価プロセスを設計する時に「火急の問い」を話し合うことは,非常に有意義である。

 ここで,Qualtersが挙げている地域実習におけるI-E-Oモデル応用例を紹介する。学生がホームレスの人たちに健康教育をするために行われた,保健医療分野の実習教育での事例である。なお,実習前後でのスキル獲得については,客観的臨床能力試験(OSCE)を用いている。

Input:実習前に,その地域についての懸念や実習の経験から何を得たいかなどについて学生に意識調査を行った後,OSCEを実施してスキルを確認した。
Environment:実習中,学生は構造化された省察日誌(リフレクティブ・ジャーナル)を記録し,学生同士で活動を振り返った。また,実習中の知識・スキル獲得について,教員からの系統的な観察を定期的に行った。
Output/Outcome:実習後,地域保健やホームレスの人たちとのかかわりについて新しい知見を得たか,地域で保健教育を行うことについて何を考えたかなどの意識調査を行い,再びOSCEを実施した。

 この事例では,実習前後での血圧測定や問診能力の評価にとどまらず,日誌への記録や教員からの観察,学生同士で考察をまとめることで学生の学習過程を教員が理解することができたとされている。事前の意識調査で明らかになった実習に対する誤解や恐れについて,実習中の活動内容や経験を日誌に記録させることで学生には省察と学習改善を促せる。構造化された学習ポートフォリオとして,一連の記録をつなげて省察を繰り返し重ねていくことができれば,学生の学習意欲の喚起や実習教育・学科・養成校全体のアセスメントのみならず,メタ認知を備えた自律的な学習者への発達が期待されるだろう。

 テクノロジーが人間の仕事を奪うかもしれないAI時代が迫る中で,私たちは人間の根源的な能力をどのように定め,省察し,正しく把握していくことができるのでしょうか。Aounは,教室での学習と専門的な職場での学習を交互に行う経験教育の重要性を訴え,コミュニケーションの力,他者とかかわる力,愛と美に関する人間の能力を活用する力である「ヒューマン・リテラシー」を提唱しています6)。その教育は何を達成しようとしているのでしょうか? そして,あなたにとっての「火急の問い」は何ですか?

 次回は,保健学教育での初年次教育とカリキュラム開発の実際について事例を報告する。


1)L.M.スペンサー,他(著),梅津祐良,他(訳).コンピテンシー・マネジメントの展開.生産性出版;2011.
2)J Pers Soc Psychol.[PMID:10626367]
3)中井俊樹,他(編).看護教育実践シリーズ1――教育と学習の原理.医学書院;2020.
4)Astin AW. Assessment for Excellence:The Philosophy and Practice of Assessment and Evaluation in Higher Education, 2nd ed. Rowman & Littlefield Publishers;2012.
5)Qualters DM. Bringing the Outside In:Assessing Experiential Education. New Directions for Teaching and Learning. 2010;2010(124):55-62.
6)J.E.アウン(著),杉森公一,他(訳). ROBOT-PROOF――AI時代の大学教育.森北出版;2020.

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