こころが動く医療コミュニケーション
[第10回] コロナ禍における医療コミュニケーション
連載 中島 俊
2021.08.23 週刊医学界新聞(通常号):第3433号より
新型コロナウイルス感染症(以下,新型コロナ)のパンデミックは,コミュニケーションの在り方を大きく変えました。本稿では,コロナ禍における医療コミュニケーションについて,事例を通じて考えていきます。
CASE
心配性な60代男性のAさん。COPD Ⅱ期。外来にて薬物療法と生活指導を受けている。自分が新型コロナの重症ハイリスク者であると認識しているが,感染した場合の対応を医療者や家族と話し合えていない。妻と同居しており,遠方に社会人になる息子がいる。息子夫婦に孫が生まれたが,新型コロナの影響で会えないことを嘆いている。
コロナ禍では,医療コミュニケーションに2つの大きな変化が生じました。1つ目はマスク着用,2つ目は遠隔でのコミュニケーションです。
マスク着用がコミュニケーションに与える影響とは
最近の研究で,マスクがフィルターとして機能し,音声情報の劣化をもたらす可能性が指摘されました1)。さらに,口元の動きから得られる情報はコミュニケーションにおいて聴覚情報を補う重要な役割を果たす2)ため,マスクによって読唇ができない場合には医療者の聞き取り能力が低下します。また,マスク着用が相手の感情誤認を増やすことが示され3),嫌そうな顔を怒っていると誤認したり,楽しい,悲しい,怒っているなどの多くの感情を中立的な感情と認識したりするなど,相手の感情への評価の正確さが低下すると報告されています4)。
こうした問題を受け,マスクや防護服で医療者の顔が見えないことで患者さんが感じる不安を少しでも解消しようと,PPEなどに医療者の笑顔の写真を貼る取り組みが行われ,その結果患者さんから医療者への親しみが増すことが示されました5)。日本でも,聖マリアンナ医大病院で同様の取り組みが行われています6)。
広がる遠隔診療のニーズに応えるために
プライマリ・ケアにおける患者の満足度とコミュニケーションの質を調べた研究では,遠隔診療は対面に劣らないことが報告されました7)。また遠隔のコミュニケーションでは,音声に加えてキャプションや字幕などの聴覚を補うテキストを合わせることで理解度を向上させられるようです8)。米国の精神科医に実施された遠隔医療の満足度に関するオンライン調査では利点として,柔軟なスケジューリング(77%),タイムリーな開始(69%)が挙げられました。一方,ICT機器を使用できない患者さんがいる(52%),親近感やつながりが感じられない(46%)などが課題として挙げられています9)。ICT機器を使用できる人とできない人との間に生じる格差を指すデジタルデバイドは,遠隔コミュニケーション導入に当たり最大の障壁です。遠隔診療のニーズが広がる中で,対策を講じる必要性が指摘されています10)。
また,デジタル技術の導入に併せてワークフローの最適化などの環境調整を行うことが実装に有効と考えられています11)。そのためには,組織の力や政策による援助が必要と言えるでしょう。
患者の意思決定の方向性を円滑に引き出す
コロナ禍では,患者さんの意思や最善の医療・ケアを受ける権利,限られた医療資源の配分などの倫理的な観点からACPをどう実施するかが世界的な課題とされ,各国でガイダンスやフォーマットが作成されています12)。日本では日本老年医学会により,高齢者医療をめぐる倫理やACPの提言がなされました13)。
米ブリガム・アンド・ウィメンズ病院とハーバード大T.H.Chan公衆衛生大学院の共同センターであるAriadne Labsは,新型コロナに対応した医療者―患者間のコミュニケーションに関するツールキットを開発し,無償で公開しています14)。ここでは患者さんに共感的姿勢で接するだけでなく,患者さんの新型コロナへの理解度や感染対策の程度を評価すること,もし感染した場合の懸念や意思決定に必要な情報を事前に話し合うこと,そして不安な気持ちに寄り添いながら意思決定の方向性を円滑に引き出すことなどが推奨されています。図はこのツールから作成した,CASEのAさんとのコミュニケーションの一例です。

コロナ禍におけるエンドオブライフ・ケア
エンドオブライフ・ケアにおける患者さんの家族への調査では,「死が間近に迫っている時に家族がベッドサイドに同席すること」がコミュニケーションの質に関与すると報告されています15)。一方,コロナ禍では感染拡大防止のための面会制限などにより,臨床医が患者さんと家族......
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