医学界新聞

こころが動く医療コミュニケーション

連載 中島 俊

2021.09.20 週刊医学界新聞(通常号):第3437号より

 本稿では医療者が患者さんとのコミュニケーションで行う自己開示を中心として,「素の自分をどの程度見せてよいのか」という点について考えていきます。

糖尿病の治療で月1回定期的に受診している70代女性のAさん。子どもたちは独立して遠方で暮らしており,5年前に夫に先立たれ現在独居中。おしゃべり好きだが,コロナ禍で子どもや孫に会うことも叶わず,会話の中で時折寂しさを口にする。

 私たち医療者は,会話の中で患者さんとパーソナルな内容を話すことは珍しくありません。個人の属性や考え,経験などに関する情報の提示を「自己開示」と呼びます。1265人の患者さんに対して実施された研究では,米国のプライマリ・ケア医による診察の15.4%で医療者の自己開示が見られました1)。この研究によると自己開示の多くは患者さんに安心感を与えたり,相談に乗って行動を促したり,信頼関係を構築したりする内容で活用されていました。一方別の報告では,医療者が行う自己開示の85%は臨床的な意味がなく,時には害となるものであったとされています2)

 医療者の自己開示は,避けられない自己開示,意図的な自己開示,相手との会話で即時的に得られた情報の自己開示,の3つに大きく分類できます(3, 4)。これをもとに,CASEの会話を考えてみましょう()。

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 医療者の自己開示の3類型(文献3,4から一部抜粋し,作成)
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 年末年始を控えたAさんと医療者の会話

 1つ目の避けられない自己開示は,医療者の発言①のうちの「休診に関すること」の開示が該当します。ここで開示される情報は,Webサイトなどで容易にアクセス可能なものです。医療者がこの開示を制限することは可能ですが,職種や臨床歴などの開示を過度に制限することは,患者さんが治療選択する際に知りたい医療者の情報不足につながるため,注意が必要です。

 2つ目の意図的な自己開示は,医療者の発言②のうちの「家族がいること」や「年末年始は自宅で過ごすこと」の開示が該当します。医療者に家族がおり年末年始は家族と過ごすという情報をAさんに伝えることは,会話の流れを切断せずにAさんに親近感を覚えてもらう機能がある一方で,場合によってはAさんの独居の寂しさを一層募らせるかもしれません。

 3つ目の相手との会話で即時的に得られた情報の自己開示は,医療者の発言③のうちの「Aさんに会えなくて寂しい」という気持ちの開示が該当します。これは医療者の温かみにつながりますが,場合によっては患者さんが恋愛など過剰な関係性を期待する誤解を生じさせ得る点に留意しましょう。

 医療者の発言④のうち,Bさんが実家暮らしであるという個人情報をAさんに伝えることは会話の流れを切断しない点では重要です。しかしBさんの許可を取らずに勝手に個人情報を開示することは,医療者間や医療者―患者間のトラブルに発展する可能性があるため,控えるべきです。

 このように,医療者の自己開示は患者さんにさまざまな影響を及ぼします。3つの類型を押さえた適切な自己開示を心掛けましょう。

 心理療法を受けたことがある患者さんを対象とした研究では,44.5%の患者さんが心理職に関する情報を検索したと報告されています5)。具体的には心理職のこれまでの経歴などの仕事上の情報から,配偶者の有無や趣味などのプライベートな情報まで,Googleなどの検索エンジンやSNSを利用した情報収集が行われていました。さらにこの研究では,ほとんどの患者さんは検索した事実を心理職には伝えていないことも報告されています5)。医療者や心理職は,自分たちに関するさまざまな情報を患者さんがすでに知っていると考えた方がよいかもしれません。

 またTwitterやFacebookなどのSNSにおける情報発信や,アイコンで使用するイラスト,写真等も広い意味での自己開示と言えるでしょう。米カウンセリング協会(ACA)では,心理職がSNSを利用する際にプライベート用と仕事用のアカウントを分けて用いることを推奨しています6)。また,日本でも医療者がSNS関連のトラブルに陥らないためのSNS利用チェックリストが開発されています7)。医療者や心理職は,SNSの利用に際してネットリテラシーを十分に身につけた上で情報を発信する必要があります。

 社会情勢は医療者の自己開示にどのような影響を与えるのでしょうか? 米国では大統領選期間に心理職が患者さんとの面接で政治の話をする割合は87%に上り,63%が自分自身の政治観について話すと報告されています8)

 一方,性暴力の被害経験から社会の連帯を求める#MeToo運動のように強く感情を揺さぶる問題では,心理職は個人的経験等の自己開示を行う前にその行動が患者さんや職業全体に及ぼす影響を検討することが提案されています9, 10)

 個人の自己開示に職業人としての制約がどこまで及ぶのかについての議論は始まったばかりです。医療者が業務外で自分の気持ちや意思を表明することは制限されるべきでない一方,議論を呼ぶ問題への考えを個人として開示する際には,医療者自身の気持ちだけでなく患者さんや職業全体に及ぼす影響を考えて自己開示する必要があるでしょう。

 本稿では,これまであまり語られることのなかった医療者や心理職の自己開示について紹介しました。自己開示による不利益を考えると,開示を制限する方向になりがちかもしれません。しかし自己開示を過剰に制限すると,“一人の人間”として患者さんに接する観点が抜け落ちてしまいます。

 自己開示をするかしないかではなく,どこまでであれば適切な開示なのかの線引きを医療者が検討し続ける姿勢が望まれます。

🖉 医療者の自己開示は患者さんにさまざまな影響を及ぼす。
🖉 SNSは患者さんが見ているものと考え,留意して利用する。
🖉 プライベートな発言であっても,医療者・心理職としての立場を十分に考える必要がある。


1)J Gen Intern Med. 2004[PMID:15333054]
2)Arch Intern Med. 2007[PMID:17592107]
3)J Prim Health Care. 2018[PMID:30068464]
4)Psychotherapy (Chic). 2018[PMID:30335457]
5)JMIR Ment Health. 2016[PMID:27230433]
6)Association, AC. 2014 ACA Code of Ethics. 2014.
7)諸井陽子,他.モラルハザード事例調査に基づく医療系学生と医療人のためのソーシャルメディア利用チェックリストの開発.医教育.2020;51(4):401-4.
8)J Clin Psychol. 2019[PMID:31132301]
9)Ethics Behav. 2014[PMID:25342876]
10)Natwick, J. #MeToo:The ethics of counselor self-disclosure. Counseling Today, February, 16-7. 2018.

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