医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

個人ではなく家族というシステムで考えよう

連載 大浦 誠

2021.06.14 週刊医学界新聞(レジデント号):第3424号より

72歳女性。70歳の認知症の夫と2人暮らし。息子(45歳)夫婦は近所に在住。慢性閉塞性肺疾患,高血圧,2型糖尿病で内科に通院中。骨粗鬆症,関節リウマチで整形外科に通院中。夫も内科,整形外科,泌尿器科に通院中で,複数の診療科の付き添いをしている。

【既往症】65歳で大腿骨頸部骨折,70歳で転倒による腰椎圧迫骨折。
【処方薬】一般内科でペリンドプリル,ヒドロクロロチアジド,メトホルミン,整形外科でミノドロン酸水和物,メトトレキサート,セレコキシブ,エソメプラゾール。
【サービス】要介護1,デイサービス週3回利用。
【受診理由】夫婦で内科外来を定期受診。

 今回のテーマは老夫婦マルモのパターンです。これまでもマルモはバランスモデルを用いて考えること(連載第2回参照)をお勧めしていますが,老夫婦という家族形態で考えても,メンバーの多い家族で考えても,バランスモデルは有効です。

 2021年のコクランレビューに,マルモに対する介入を検討している17のRCTのメタ分析が公開されました1)。対象としてうつ病,糖尿病,心血管疾患を軸にした研究と高齢者への介入研究があり,介入方法は強化された多職種連携による疾患管理介入と,患者教育や自己管理サポートによる介入の2つに大別されています。うつ病の症状は改善され,服薬遵守をわずかに改善し,健康行動への意欲を改善する可能性が示されたのですが,どのマルモへの介入が有効なのかはエビデンスがまだ蓄積されていません。

 本研究から参考になることは,①多職種連携と②患者教育・自己管理が鍵であることです。バランスモデルでの介入の要点は患者のできそうなこと(capacity)をいかに増やすか,患者の治療負担をいかに減らすかにあるため,患者の自己管理を高めるために何をすればよいのかという視点が重要になります。ここからは私案ですが,②への介入は「家族」の視点を持ってバランスモデルで考えることにより,介入に深みが出てきます。今回は家族へのアプローチをバランスモデルの視点で考えてみましょう。

 家族志向型ケア(family-oriented care)という言葉をご存じでしょうか? これは患者を診る時に,その患者を取り巻く家族を想像する方法です。例えば,患者が咳をしているため病院に行くように家族に言われたとしましょう。それは家族の中に同様のエピソードで肺炎になってしまった人がいたからかもしれません。あるいは何らかの家族環境の変化によるストレスで心因性咳嗽を来しているからかもしれません。一方で,咳をしている家族を看病したり話題にしたりすることで家族の絆が深まっているのかもしれませんし,咳の原因が家族の喫煙のせいということもあるでしょう。

 このように患者を家族の一員という視点でとらえると,家族というシステムの中で患者がさまざまな影響を受けていることがわかります。その関係性が見えてくると,病気を医学的な視点だけでなく,心理社会的な広がりでとらえることができるのです。詳しくは成書など2, 3)をご覧ください。

 患者を家族の一員ととらえることの大切さはわかったと思います。今度はマルモのバランスモデルで患者の家族をとらえてみましょう()。左側に「家族システムの強み」,右側に「家族システムの弱み」を配置することで,家族単位でバランスよく介入する方法が見えてきます。

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 マルモのバランスモデルを活用した「家族のバランスモデル」(筆者案)

 本連載で紹介したマルモのバランスモデルと同様,図の左側には「サポート」「レジリエンス」が項目にあります。これは家族という単位でみても,協力者がいるかどうか,変化や逆境に強いかを考えることなのでわかりやすいでしょう。ここでは,これまでは「疾患理解」としていた項目が「関係性の理解」に置き換わったことがポイントです。例えば,家族システムの下位システム(サブシステム)に当たる夫婦や両親,同胞との関係性を理解したり,親世代と子世代のようなサブシステム同士の関係性を強化できないかと考えたりすることです。

 一方で,図の右側はバランスモデルでは3つのポリ(ポリファーマシー,ポリドクター,ポリアドバイス)でしたが,ここでは「メンバーの欠如」「サブシステムの破綻」「サブシステム間の分断や干渉」がないかを確認しましょう。これらはある程度のパターンがあります。単身赴任やひきこもり,死別や絶縁などメンバーの欠如はないか,夫婦や同胞の不調和などサブシステムの破綻はないか,親世帯が子世帯に干渉・疎遠などのサブシステム間の分断や干渉はないか,のように「家族システムの弱み」を明確にすることが家族内の関係性を理解することにつながります。これら3つの弱みは,強みとして置かれている「関係性の理解」と表裏一体の関係と言えます。

 なお,母子家庭やLGBTの事実婚など多様な家族システムがあるため,「メンバーの欠如が本当に家族システムの弱みなのか」という考え方も必要です。何でも家族システムの問題と安易に考えるのではなく,今バランスがうまく取れているのであればその要因を探ってみるのも,さまざまな家族形態の理解につながります。

 まず,家族システムの強みについて見てみましょう。患者夫婦はお互いに多少の障害はありながらも,夫婦で薬の飲み忘れのないように声を掛け合ったり,受診の手伝いをしたりと,お互いに支え合う生活をすることで生活習慣をなんとか保てているのかもしれません。レジリエンスはありそうです。

 一方で,3つの弱みの視点でみてみましょう。「メンバーの欠如」は目立つものはなく,「サブシステムの破綻」もなさそうです。ところが,「サブシステム間の分断や干渉」の視点では,子世帯が親世帯にあまりかかわっていないことが,後々の家族システムの弱みになってくるかもしれません。長男夫婦が親世帯にどうかかわっていくのかを聞いてみることで,家族単位でのバランスの強化につながると言えます。

足し算】家族のバランスモデルを確認すると,夫婦間のレジリエンスは高くサポートし合っているため,介護サービスの追加は今のところ不要。長男夫婦のかかわり方が不透明なので,現状についての考えを息子に一度確認する。また,肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンなどのヘルスメンテナンスも行う。

引き算】夫婦のサブシステムを見ると,認知症の夫の介護を妻がしている関係のようだが,介護をすることで妻の自己管理が高くなっている印象である。患者負担を減らすために骨粗鬆症と関節リウマチの管理を内科で統一することで服薬数や通院負担を減らすことが期待できる。セレコキシブ,エソメプラゾールは,痛みの訴えが現在ないため中止可能。ミノドロン酸水和物も5年以上の処方になっており中止を検討する。骨粗鬆症の介入は日光浴やバランス訓練のみとする。

掛け算】長男夫婦に患者夫婦へのかかわり方について考えを聞いてみると,今は夫婦共働きで子どもが高校入試なので手が回らないが,子どもが就職するタイミングに合わせ3年以内に同居を考えていることがわかった。同居することで妻の介護負担は軽くなるが,長男夫婦への負担について配慮しつつ次の家族計画についても検討していく。

割り算】通院負担とポリファーマシーは,診療科をまとめることでプロブレムを統合する。

・マルモへの介入は自己管理サポートがポイントで,家族への介入が有効であることが多い。
・マルモの家族は,家族単位でバランスを検討する。
・家族志向型ケアの視点を持つと,家族への介入がしやすくなる。


1)Cochrane Database Syst Rev. 2021[PMID:33448337]
2)松下明監訳.家族志向のプライマリ・ケア.丸善出版;2006.
3)松下明.家族志向のケア(1)家族図・家族ライフサイクル・家族の木の使い方.週刊医学界新聞第2903号.2010.

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