医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

連載 大浦 誠

2020.05.18



ケースで学ぶマルチモビディティ

主たる慢性疾患を複数抱える患者に対して,かかわる診療科も複数となり,ケアが分断されている――。こうした場合の介入に困ったことはありませんか? 高齢者診療のキーワードであるMultimorbidity(多疾患併存)のケースに対して,家庭医療学の視点からのアプローチを学びましょう。

[第2回]マルモの診かた総論(後編)

大浦 誠(南砺市民病院 総合診療科)


前回よりつづく

 前回,multimorbidity(マルモ)の患者さんにはガイドラインの組み合わせだけではうまく対応できず,バランスモデルが役に立つことを解説しました。今回はマルモのバランスモデルの基本的な考え方と,マルモ診療の意義について説明します。これを読むことで次回から始めるケーススタディがわかりやすくなりますので,どうぞお付き合いください。

マルモはバランスモデルで考える

 この連載を通じて私が強調したいのは「マルモはバランスモデルで考える」ことです。は前回も紹介したテキスト1)から一部改変したモデルです。左に並んでいるもの(capability)をなるべく増やして,右に並んでいるもの(treatment burden)をなるべく減らし,双方のバランスをとることが重要です。とても大事なモデルなので,よく覚えてください。

 マルモのバランスモデル(文献1を一部改変)(クリックで拡大)

 まずバランスモデルの左側から説明します。増やしたいのは「患者のできそうなこと(capability)」,すなわち①疾患理解,②サポート,③レジリエンスです。

 ①は読んで字のごとくです。治療の目的と治療内容を患者さんが理解しているか確認しましょう。②は介護サービスだけでなく,家族や近所のサポートなどのインフォーマルサポートも確認しましょう。③には「衝撃に打ちのめされてもすぐに元に戻れて,より良い方向に持って行ける」という意味があり,「大変なことがあっても,むしろ今まで以上に頑張ろうという力があるかどうか」とも言えます。仕事のこと,趣味のこと,日常のルーチンについて雑談をすると,その人の価値観やキャラクター,レジリエンスが見えてきます。ちなみに,医学と関係ない話(仕事,趣味,子どもの話)など45秒未満の雑談で患者満足度が向上したという報告もあります2)。雑談力も重要です。

 次に,右側の解説をします。減らしたいものは治療負担(treatment burden),すなわち④処方薬(ポリファーマシー),⑤分断された専門家診療(ポリドクター),⑥必要な生活習慣の負担です。

 ④は,ガイドラインを遵守すると薬剤が多くなることが前回よくわかったと思います。例えば薬を飲み忘れる割に病状コントロールの良い外来患者さんは,結果的にポリファーマシーを回避しているのかもしれません。外来で薬が余っているというだけでネガティブな感情を抱かないようにしたいものですね。⑤は専門的な疾患で大規模病院に,膝の注射のために整形外科医院にかかり,近所の診療所で高血圧の薬を,メンタルクリニックで睡眠薬をもらい,近所の中小病院で人間ドックを受けるような,ポリファーマシーならぬポリドクターと言える状況です。全身を診る主治医機能を果たしているのが誰なのかわからず,各医師が単一の疾患を管理していると必然的にポリファーマシーになったり,通院時間や検査待ちの時間コストが浪費されたりして,効率が悪いアプローチになってしまいます。単独の病気を診る専門家も重要ですが,それが複数になった場合にまとめられるものはないかという視点を持つことは非常に重要です。⑥は,生活指導が日常生活の負担にならないように配慮することが重要です。

 「こんなことを短い外来や忙しい病棟でできるわけがない」と思うかもしれません。一度に全部聞こうとせず,患者さんを理解するためには何回かに分けてもいいのです。ポイントは患者さんの生活を想像する力をつけることです。詳しくは次回以降に説明しますが,家族図や家族ライフサイクルから推定される関係性への推論を立てて,実際の生活はどうなのかを意識することで,聞きたいことが浮かんできます。 これが,家庭医のmultimorbidityの診かた(マルモの診かた)なのです。

マルモを診ると健康アウトカムと頻回受診を改善できる(かもしれない)

 マルモにより10年間の総死亡率が2.33倍上昇3),QOLは低下し4),身体機能が低下する原因の24%がマルモと言われています5)。また,プライマリ・ケア外来受診回数が3.2倍,病院受診が6.0倍,入院が4.5倍,医療費も5.4倍増加するとも言われています6)

 これらを改善できればよいのですが,マルモへの介入効果はまだ研究の余地があります。2016年のコクランレビューでマルモへの介入研究のシステマティックレビューが実施されましたが,臨床的なアウトカムは差がないという結論でした7)。また,2018年にLancetで発表されたマルモへの健康管理・精神面・薬剤管理のRCTの結果でも,QOLは介入群も非介入群も差がなかったという結果が出ています8)。これらの研究には,マルモの定義や介入対象者,介入方法,アウトカム指標が統一されていないなどの指摘があります9)

マルモにはパターンがある

 そんな未知なことが多いマルモにも,疾患の組み合わせにある程度のパターンがあることがわかってきました。

 例えばマルモ研究で有名な青木拓也先生は,5つのマルモパターンを特定しました(10)。このパターンはイメージしやすいですね。糖尿病や高血圧,脂質異常症から腎硬化症や糖尿病性腎症,心血管疾患を発症します。認知症とうつ病の関連も指摘されています。変形性膝関節症でNSAIDsを内服している方が胃潰瘍になることもあるでしょう。膠原病肺の皮膚所見だけでなく,喘息などの慢性呼吸器疾患とアトピー性皮膚炎の併存は以前から知られています。悪性疾患の化学療法や緩和治療,難治性悪液質でも,消化器症状や泌尿器科疾患(前立腺肥大,過活動膀胱)はあるでしょう。ある疾患を診たときに,それと関係がありそうな別領域の疾患を想起できるようになれば,予防的な介入もできるかもしれません。

 代表的なマルモのパターン(文献10より)(クリックで拡大)

バランスモデルで,複雑性の高いマルモ患者に対応できるようになろう

 エビデンスの乏しいマルモの管理において重要になってくるのは,患者さんの個別性を重視したアプローチです。疾患が複数あるだけであれば,ある程度パターン別の対処法で対応できるかもしれません。本当に複雑なのは,疾患が複数あり,かつ,患者さんの背景にも問題がある場合です。例えば「老々介護」「健康の社会的決定要因=SDH(Social Determinants of Health)」「独居老人」のような家庭の問題であったり「ポリドクター」「ポリファーマシー」のような本人を取り巻く医療資源に問題がある場合です。そこで重要になってくるのが,マルモのバランスモデルなのです。

 具体的な対処法はケーススタディを通じて紹介できればと思います。総論だけで2回も使ってしまいましたが,いよいよ次回からはケーススタディです。

つづく

参考文献
1)Mercer S, et al. ABC of Multimorbidity. John Wiley & Sons, UK;2014.
2)Kikano G, et al. Practical ways to improve patient satisfaction with visit length. Fam Pract Manag. 1999;06(8):52.
3)J Clin Epidemiol. 2001[PMID:11438408]
4)Health Qual Life Outcomes. 2004[PMID: 15380021]
5)Fam Pract. 2007[PMID:17698977]
6)Fam Pract. 2011[PMID:21436204]
7)Cochrane Database Syst Rev. 2016[PMID:26976529]
8)Lancet. 2018[PMID:29961638]
9)髙橋亮太,岡田唯男,上松東宏.プライマリケアにおけるmultimorbidityの現状と課題.日プライマリ・ケア連会誌.2019;42(4):213ー19.
10)Sci Rep. 2018[PMID:29491441]


おおうら・まこと氏
2009年福井大医学部卒。南砺市民病院で初期・後期研修を経て14年より現職。15年家庭医療専門医取得。ブログ「南砺の病院家庭医が勉強記録を始めました」(https://moura.hateblo.jp)で家庭医療学の最新論文紹介を発信中。「中小病院で家庭医として活躍できるよう頑張ります」。

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