医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

連載 大浦 誠

2021.05.17 週刊医学界新聞(レジデント号):第3420号より

50歳男性。会社員と農家を兼業している。妻と2人暮らしで,最近,隣県に住む長男が結婚したばかり。今まで何一つ病気がないことを周囲に自慢にしていたが,健康診断で2型糖尿病,高血圧,脂質異常症,アルコール性脂肪肝,COPDを指摘された。喫煙は1日10本を20年。日本酒は2合/日。父親に大腸がんの既往あり。食事量は多く,間食や夜食を摂ることもある。医師からは禁煙を勧められたが,タバコをやめたらストレスで体を壊すと言い,興味を示さなかった。毎日晩酌をして,休肝日も設けてくれそうにない。健康診断の結果をみても生活習慣を改めるつもりはなく,会社から病院に行くように言われたので来ただけで通院はしたくないという。処方薬はない。

*本連載第10回「悪性腫瘍/消化器/泌尿器パターン」のCASEを25年巻き戻したものです。

 今回のテーマは中年男性のマルモです。マルモと言っても,たくさんの診療科にかかり多くの薬を飲んでいるわけではありません()。これから多くの疾患を抱えていく,いわば「マルモ予備軍」と言っても良いのかもしれません。家庭医の視点では,この時点でどれだけかかわることができるのかが重要になってきます。今回のCASEもあえて第13回同様に時間を巻き戻して,「あの時,かかわっていたら未来は変わったかもしれない」という気持ちになりながら,読み進めてください。

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 マルモのプロブレムリスト

 連載の初めに,マルモはバランスが大事ということをお伝えしました。今までは治療負担(treatment burden)として3つのポリ(ポリファーマシー・ポリドクター・ポリアドバイス)を避けるという視点にフォーカスが当たりがちでしたが,今回の事例はそれがありません。そうであればどこに注目するかと言うと,患者のできそうなこと(capacity)です。これは,患者の価値観と照らし合わせて主体的に取り組めるように患者と共同で治療の意思決定をしたり,家族や職場にサポーターがいるかを確かめたりするという視点ですが,最も介入しにくいのはレジリエンスを高めるところではないでしょうか。今回はレジリエンスについて理解を深めていきましょう。

 そもそもレジリエンスは「回復力」や「復元力」と訳されることが多く,困難な状況に遭遇した時に,落ち込んで停滞するのではなく,そこから復活して良い方向に持っていく力のことです。物質の「弾性力」という意味もあり,力を加えて変形させてもすぐ元の形に戻る性質を人に置き換えるとイメージしやすいです。

 よく誤解されがちなのですが,レジリエンスは「打たれ強い」とか「心が折れない」という意味ではありません。どんな衝撃にも耐えられる強さが大切なのではなく,衝撃に打ちのめされても「すぐに元に戻れる,良い方向に持っていける」力なのです。例えばミスをした際,それをバネに大きく飛躍するとかストイックにダイエットするのではなく,ジョギングや筋トレを楽しみながらストレスを緩和するといった考え方です。

 話題が変わりますが,読者の皆さんはサルトジェネシス(健康生成論)という言葉をご存じでしょうか。医療社会学の教授であるアーロン・アントノフスキーが提唱した,自我の確立を前提にする健康維持と回復に関する考え方の仮説です。なお,対比される考え方にパソジェネシス(病理生成論)という,病気(病因)を引き起こす要因に焦点を当てるものがあります。

 サルトジェネシスは人間の健康を支える要因に焦点を当てたアプローチで,たとえ病気や障害があっても人間として全体的な秩序が保たれていれば相対的な健康を維持できることになります。噛み砕いて言うと,人間のポジティブな面に目を向けてそれを伸ばすという考え方です。

 アントノフスキーは健康の達成ないし回復には2つの条件があるとしています。1つは社会に健康を支配する要因が働くメカニズムがあること,もう1つは個人の中に首尾一貫感覚(sense of coherence:SOC)という柔軟性と楽観性を持ちつつも一貫した考えがあることです。

 今回注目したいのはSOCです。のように,ストレスをコーピング(対処し最小化する)してSOCを生み出すことが,サルトジェネシスのめざすところです1)。健康を阻害している要因は何か,どうすれば健康になれるかを分析し,SOCを生み出す要素・資源である「一般化された抵抗の諸資源」(generalized resistance resources:GRRs)への対処が重要になります。これは適度な負荷であることもあれば,資金や組織,社会的なサポートのこともありますが,重要なのは「一貫性のある人生経験やほどよいストレス,良い成果が得られた時の振り返り」とされています。詳細は成書をご覧ください2)

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 アントノフスキーの「健康で安楽なこと/安楽ならざることの連続体」概念(文献1より)

 本CASEにおける患者のSOCを,対話から探ってみましょう。患者は,自身を健康だと思っているようです。「病気と言われたことがない」という自負がありそうです。喫煙や飲酒の害について確認すると「わかってはいるがなかなか止められない」という状況でした。病気が見つかったことで「病気がないことが健康である」と言う患者のSOCが揺らいでいる状態であるので,あえて病気に関する話をするよりも,患者の周囲で病気になった人がどう過ごしていたのかを聞いてみました。すると,「父が大腸がんになったときは農業をずっと続けていたな。病気になっても元気そうにしている人はいる」という新たな気付きをもたらしました。父もお酒やタバコが好きだったのかを尋ねることで,これらががんのリスクにつながるという認識を深めつつも,病気になっても元気で過ごせることに気付いたことで,必要な治療を受ける気になりました。

【足し算】早急に高血圧や糖尿病の薬物療法を始めるほどではなく,COPDも軽度であった。高血圧にも糖尿病にもCOPDにも有効な手段であるため禁煙を勧める。飲酒も控えたほうが良い。

【引き算】節酒指導や薬物療法,過度な生活指導をあえて勧めなかった。

【掛け算】まずは介入効果の高そうな禁煙に取り組んでみる提案をしたところ,父ががんになったことを思い出し,他の疾患の予防にもなることから禁煙外来に通うこととなった。さらにレジリエンスとSOCを強化する相乗効果を狙い,禁煙の成功体験を外来で振り返る。今後,健康に対する価値観を高めてから飲酒を控えるアプローチに挑戦する。

【割り算】2型糖尿病,高血圧,脂質異常症,COPDは喫煙習慣に関連したものとしてプロブレムを整理した。

  • マルモ予備軍には患者のできること(capacity)を増やす。
  • レジリエンスを高めるためにはサルトジェネシスの視点が重要。
  • 患者のSOCを見つけて支持することを心掛けよう。

1)池田光穂.アーロン・アントノフスキーの医療社会学――健康生成論の誕生.応用社会学研究.2016;58:119-30.
2)Mittelmark MB, et al. The Handbook of Salutogenesis. Springer;2016.

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