新型コロナのアウトブレイクの経験から看護師は何を学ぶのか
対談・座談会 松岡 裕美,髙山 裕子,松尾 晴美
2021.05.31 週刊医学界新聞(看護号):第3422号より
新型コロナウイルス(以下,新型コロナ)の感染拡大から1年以上が経過した。その間,大規模な院内クラスターの発生(アウトブレイク)を経験した病院も存在する。アウトブレイクの経験から浮かび上がった,組織の課題や看護師の強みとはどのようなものか。
平時より看護師のメンタルケアに従事する精神看護専門看護師(CNS)の松岡氏を司会に,アウトブレイクを経験した永寿総合病院と独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)東京新宿メディカルセンターの看護管理者2人が,当時の経験(表)を振り返りながらその学びを共有した。
松岡 今から約1年前,永寿総合病院で起こったアウトブレイクの件が連日大きく報道されていました。当時の現場の状況や看護師の対応の詳細をまとめた『永寿総合病院看護部が書いた 新型コロナウイルス感染症アウトブレイクの記録』(医学書院)(以下,書籍)は,同じ看護師として大変勉強になる読み物でした。
当時,松尾さんはどのような立ち位置からアウトブレイクに対峙していたのでしょう。
松尾 病棟を受け持っていない私は,現場のヒアリングや情報の伝達を組織横断的に行っていました。病棟管理者は自身の業務に手一杯だったためです。あの頃は予想もできないことの連続で,自然災害に襲われたような感覚に陥りました(写真1)。
松岡 突然の事態に対して手探りの状態で対応とケアに従事した永寿総合病院の皆さまの苦労は計り知れません。
髙山さんが所属するJCHO東京新宿メディカルセンター(収録当時)でも2020年5月に院内クラスターが発生しました。書籍の内容に共感した部分も多いのではないでしょうか。
髙山 はい。私が看護師長として勤務している内科病棟でもクラスターが発生しました。クラスター発生が確認された病棟の看護師は,私を含めその日のうちに他部署のスタッフに申し送りを行い,全員2週間の自宅待機となりました。感染したスタッフが「知らないうちに戦場に迷い込んで流れ弾に当たってしまった感じ」と表現していたのが印象的です。私は,クラスター発生という災害の被害者であると同時に,その発生を防げなかった加害者となった感覚を味わいました。
アウトブレイクにより生じたスタッフの心の変化は
松岡 私の所属する東京医歯大病院ではアウトブレイクは起きていませんが,それでも社会全体が新型コロナの脅威にさらされている状況下で,当初は看護師自身も感染におびえていました。特に,感染や濃厚接触で自宅待機となる看護師の精神的動揺は大きかったです。クラスターが発生した病院ではなおさらだったのではないでしょうか。
髙山 そうですね。私は,自宅待機期間中は電話やメールを通じて,復帰後は面談などの形でスタッフの心身の状態に関心を寄せて話を聴いてきました。対話の中ではスタッフたちが,新型コロナという未知のウイルスに脅かされる不安だけでなく,周りのスタッフや患者さんに対する申し訳なさを訴えていたのが特徴的でした。クラスター発生を大々的に報道されたことによって,組織に迷惑をかけたと自責の念に駆られたり,自宅待機となったために患者さんの対応を最後までできなかった後悔や自己不全感を感じたりするスタッフが多くいたのです。
松尾 当院も同様の悩みを抱えるスタッフは多かったです。ただ,大きなストレスを受けていたにもかかわらず,院内感染発生当時は皆「今この状況を乗り越える」ことに全身全霊を注いでいて,自分の精神状態に目を向ける余裕すらなかったように思います。実際,精神科の医師らによって運営される,病院職員のためのメンタルサポートチームへの相談件数や,バーンアウトしてしまうスタッフが増えたのもアウトブレイクが落ち着いた頃からです。
松岡 置かれた環境に差はあれど,心理的には似た現象が確認されているのですね。当院でも看護師たちは本当によく頑張ってくれましたが,一段落ついたところで休養が必要になるスタッフがいたことも事実です。
当時の慌ただしい現場において全てを理想通りに対処するのは難しいですが,同じことを繰り返すわけにはいきません。この1年間の成果と反省を踏まえて今後の看護の在り方を考えていかなければならないのです。
適切な情報共有が組織への信頼感につながる
松岡 スタッフのメンタルに影響が生じた原因には何があったとお考えですか?
松尾 「先が見えない」ことがスタッフにとって大きな心の負担となっていたと思います。
松岡 緊急時はあらゆることが同時に進むため,しばしば情報が錯綜します。それがスタッフからの信頼を損なう要因ともなりかねません。個人の不安の種に早めに対処する意味でも,正しい情報提供は欠かせませんね。
松尾 ええ。当時,新型コロナに関する情報は,病院の感染制御部から私たち管理者に伝わっていました。時間をかけて部署会議を行う余裕もなかったため,最初のうちは毎日2回,看護科長が情報伝達係として全病棟に直接伝えて回っていました。しかし感染対策の指示が午前と午後で変わるといったことも珍しくなく,現場はしばしば混乱を来しました。今振り返ると,なぜその指示が来たのかという背景を含め,全体像と細部の情報の両方を正確に伝えることが重要だったと感じます。
髙山 限られた時間の中で,スタッフ全員に全ての情報を漏れなく伝えることは難しいと思います。当時行った工夫はありますか?
松尾 クロノロジーの活用です(図)。クロノロジーとは起こった出来事を時系列に並べたもので,災害時などに常に変化する情報を書き出し,最新の情報を共有するために使用されます。当院では防災訓練時に使われていたため,情報共有のツールとして応用しました。記載内容は以下の通りです。
・毎朝/夕の感染対策本部会議の内容
・看護部でのミーティング内容
・患者,職員のPCR検査結果
・東京都や厚労省クラスター対策班からの情報
・業務変更内容 など
看護部の情報共有ツールとして始めたものでしたが,院内の全職員が目を通すようになりました。
松岡 クロノロジーで「今,起こっていること」,すなわち現在地を共有したのですね。
松尾 その通りです。日々変更される細かなルールは書面を通して個々に伝えて回りましたが,大まかな情報共有についてはクロノロジーが有効でした。
ただ,反省点としてスタッフから「病院や看護部が何を考えているのかが不透明だ」との声が複数あったことが挙げられます。現在地だけではなく,これから進むべき道のりや目的地として,病院の方針やビジョンが上層部からスタッフに共有されていれば,組織への不信感をより抑えられたはずです。
髙山 情報の発信手段と同じくらい,発信者の影響力は重要ですよね。クラスター発生時,「自宅待機するスタッフの多くが不安や自責の念を抱えている」と看護部長に伝えたところ,自宅待機者が安心して復帰できるような機会を院長や事務部長と共に設けることを検討しているとの返答があり,私自身も安心しました。
復帰初日は看護部長から温かく迎え入れてもらい(写真2),院長からは「真っ先に申し上げたいことは,皆さんがリスクを背負って患者さんに寄り添ったケアを行ってくれたことへの感謝です。ただ,同じことは繰り返さないよう,サイエンスに基づいて今まで以上に感染予防策を実施しよう。大変であってもコロナ診療に向き合う現実にいることは貴重な経験。医療者としての使命を一緒に果たしていこう」と,看護師への感謝と激励のメッセージが発信されました。この機会がスタッフの安心感や経験の意味付けにつながったと考えています。
松岡 不安を抱くスタッフにとって,病院の上層部からのメッセージは自身の居場所の確認にもつながりますね。
スタッフの意見を組織がいかにすくい上げるか。どのようにして双方が納得のいく情報共有を行うか。新型コロナの感染拡大によって,今まで大きな問題には発展していなかった小さな綻びが一気に表に出た印象です。これを機に,今まで後回しにされていた組織の課題に向き合うことも重要かもしれません。
「この仲間と働き続けたい」との思いを尊重しよう
松尾 新型コロナで注目されたのは組織の課題だけではありません。看護職の強みも再認識されたと,私は思います。その1つが,スタッフ同士の絆です。残念ながら当院には,アウトブレイク後にさまざまな理由で退職の道を選択したスタッフがいます。しかしアウトブレイク真っ只中の退職や,院内感染が起こった病棟のスタッフの退職が少ないのが印象的でした。自分が自宅待機していた際やせわしない状況下で仲間が頑張ってくれたり守ってくれたりした意識を強く持っているからでしょう。
髙山 困難を共に乗り越えたメンバーの中には強い仲間意識が生まれていますよね。私たちが自宅待機していた際にサポートしてくれていた他部署のスタッフたちは一致団結し,復帰後も元の病棟に戻ることを惜しんでいました。自宅待機をしていた側は病院に残るメンバーに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったので,現場のスタッフが誇りを持って働いてくれていたと知った時はとてもうれしかったです。
松尾 当院でアウトブレイク後に病棟の合併や病棟編成が行われた時にも,「この仲間と働き続けたい」との意見は多かったです。皆で困難を乗り越えた経験は,今後大きな壁にぶつかっても乗り越えられるエネルギーとなるでしょう。
髙山 同感です。当院ではクラスター発生後,勤務に同意してくれた方にコロナ病棟でのジョブローテーションを導入し,感染対策や呼吸管理ができる看護師を育てる方針になっています。その際,病棟内ですでに築かれている絆を尊重し,同じ病棟のメンバー複数人が一緒に異動できるよう工夫を施しました。
松尾 素晴らしいですね。私たち管理者は「病棟ごとの不平等が起こらないように」などと看護部全体を見て物事を考えがちです。実際それは大切なことですが,多くの場合,現場のスタッフの視野は自分が今いる部署に限られます。絆を意識した人事異動はwith/afterコロナの時代において必須かもしれません。
クラスターが発生していない病院でも,スタッフ間の絆の大切さを感じる事例はありましたか?
松岡 はい。当院でもしばしば病棟で感染者が出て濃厚接触者のスタッフが自宅待機となりました。その穴を埋めるため,残った看護師の中から調整する際,勤務体系が大変になるにもかかわらず「気持ちよく引き受けるようにしました。自宅待機組に大変だったなんて知られて気負わせたくないので」と語るスタッフがいました。寮に食事を運んでくれたり,まめに連絡を取り合ってくれたりするスタッフもおり,コロナ禍では仲間で支え合う力が強まったようでした。
一方で,不安が大きくなると狭い範囲の仲間との結び付きを求め,仲間以外と対立しやすくなることもあります。絆を築く範囲を広げて,現場のスタッフに看護部全体を仲間だと認識してもらうために管理者ができる工夫や取り組みはありますか?
松尾 人員に余裕のある部署から忙しい部署に,1日または半日だけでもお手伝いという形でスタッフを1~2人派遣するのはどうでしょう。看護の内容は清潔ケアなどに限られてしまいますが,この体制を整えられれば,他部署との横のつながりを作るきっかけとなるはずです。当院でも実際に導入しています。
松岡 病院全体としての業務量を分担できますし,良いアイデアですね。実際にお手伝いをしたスタッフの様子はいかがですか?
松尾 科長から指示されなくても「今日は自分たちの病棟に余裕があるから,ほかの部署にヘルプに行きましょうか?」と自主的に声を上げて動いてくれるようになりました。看護部全体の仲間意識が強まったように感じています。
髙山 スタッフが自主的に動くようになるとチームの士気も上がるので,スタッフのメンタルに良い影響を与える取り組みですね。緊急時にはトップダウンも大切ですが,可能な限りスタッフに「やらされている感」を抱かせず,「自分たちで決めて,やる」という意識を持ってもらうと仕事へのモチベーションが上がります。病院運営を行う上で今後も心掛けたい点です。
「看護師」という仕事の意義って何だろう?
髙山 私は,新型コロナで明らかになったもう1つの看護職の強みは「患者さんに良いケアがしたい」との思いだと考えています。自宅待機期間中,自分のこと以上に患者さんの容態を気にするスタッフが本当に多かったのです。
松尾 私自身,クラスター発生直後に味わったあの苦しさの中心には「忙しくて患者さんに十分なケアが提供できていない」との自己不全感がありました。良いケアを提供して患者さんに感謝されることが看護師という仕事の一番のやりがいなのだとあらためて気付くきっかけとなりました。
松岡 この1年間,新型コロナに目が奪われがちでしたが,自分の仕事に意義を見いだすことは,afterコロナにおけるスタッフのバーンアウト予防にもつながりますね。
松尾 私を含め,アウトブレイク後も病院に残っているスタッフたちは,あの困難の中で精一杯ケアを行った成功体験など,何か自分の中で納得できるものがあったから今も続けられているのかもしれません。まずは管理者が良いケアを提供できる場所・環境を整える。コロナ禍か否かにかかわらず,このことがスタッフの満足感につながるのだと強く思います。
*
髙山 「アウトブレイクが起こってしまった」。この言葉,実はあまり好きではありません。この体験をネガティブにとらえているように感じるからです。つらい体験にも意味がある,これは私ががん患者さんとのかかわりで教えてもらったことです。起こってしまったことを嘆き悲しみ責めるのではなく,その経験から学び,次につなげて意味を紡ぎ出すことが大事だと思います。
あの経験があったから今は感染対策が十分に行われている。情報共有の大切さに気が付いた。看護師間の絆や仕事の意義を再確認した。新型コロナによるさまざまな経験に意味付けをできるように,管理者はスタッフに対して意識的にフィードバックをしていくことが重要だと思います。それが結果的に傷ついたスタッフの心を守ることにつながります。
松尾 私は「患者さんに安全な環境を提供する」という一見当たり前な看護の大切さを再認識しました。アウトブレイク時にそれを実践することは決して簡単ではなかったからです。スタッフの働く環境を守ることや,当たり前のケアができる環境を整えることは管理者として重要であり,それはこれからも変わらないと思います。
松岡 アウトブレイクが起こった病院も起こっていない病院も,多くの医療者が困難に立たされているコロナ禍。起こった出来事を問題として取り扱うだけでなく,そこから何を学びどう生かすかを考えて,管理の在り方のみならず看護も発展的に変化していく必要があるのだと思います。
(了)
松岡 裕美(まつおか・ひろみ)氏=司会 東京医科歯科大学 医学部附属病院 看護師長/精神看護専門看護師
2003年東京医歯大大学院保健衛生学研究科精神保健看護学博士前期課程修了。同大病院の精神科病棟,精神科デイケアでの勤務を経て,現在はメンタルヘルス・リエゾンセンターを立ち上げて患者・家族の支援をマネジメントするほか,看護部で看護師のメンタルヘルス維持のための活動を行う。
髙山 裕子(たかやま・ゆうこ)氏 地域医療機能推進機構本部医療部サービス推進課/がん看護専門看護師
東京厚生年金看護専門学校(当時)卒。東京厚生年金病院(現JCHO東京新宿メディカルセンター)での勤務を経て,2009年より同院看護師長(収録当時)。21年4月より現職。16年武蔵野大大学院看護学研究科がん看護学領域修了。緩和ケア,がんサバイバーシップをサブスペシャリティとして活動。
松尾 晴美(まつお・はるみ)氏 永寿総合病院 看護部科長/皮膚・排泄ケア認定看護師
帝京高等看護学院卒。帝京大病院での勤務を経て,1999年より現職。院内で褥瘡管理者として活動するほか,院内および院外からWOCケアに関するコンサルテーションを受けている。近著に『永寿総合病院看護部が書いた 新型コロナウイルス感染症アウトブレイクの記録』(医学書院)。
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