医学界新聞

名画で鍛える診療のエッセンス

連載 森永 康平

2021.05.17 週刊医学界新聞(レジデント号):第3420号より

 第7回の「視点の多様性を受容する」では,同じものであっても見え方や感じ方はさまざまだとお話ししました。これらは個人差が大きく,お互いに理解し合うのには時間を要します。ゆえに「お互いをわかり合う」「皆の心を一つに」といった目標の達成は簡単ではないでしょう。例えば会議の場で,自分が理解できない専門用語で話し合いが進んだり,最終的な目的がはっきりせず話題がコロコロ変わったり,最終的には声の大きな人の意見が通ったりしてもやもやした経験はないでしょうか。

 私たちは家族や集団などの多種多様なコミュニティ内で生活しています。複数人で職務を遂行する機会も多くあるでしょう。そのため,現実的には「他の人とわかり合う」ことに対して落とし所を見いだしていくことが重要です。それによって一人では困難な職務も可能になります。さまざまな専門職との連携が謳われる医療も同様でしょう。

 チームで「落とし所」を見つけて高いパフォーマンスを実現する秘訣のヒントは,今回の絵にあります。

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 中央右にいる帽子をかぶった人物(博士)が検体の左腕の筋肉を鉗子で持ち上げています。周りを囲んだ7人の見学者の表情は皆真剣で,一言一句を聞き漏らさないように前のめりです。皆の関心が集中した,一体感のある空間として描かれています。組織や参加者を活性化させて良質な結果が得られるようにサポートする「ファシリテーション」が理想的な形で実践されていると言えます。

 ファシリテーションの重要性は論をまちません。例えば多職種カンファレンスにおいて退院基準を話し合う状況では,参加しているメンバーに共通の理解が得られていなければ,いくら時間をかけても合意に至ることはできません。話し合いにおいては,ファシリテーションの一環として話題を共有することが欠かせないのです。

 筆者が参加した2020年7月の本紙座談会「対話型鑑賞で鍛える『みる』力」では,参加者同士の対話による気付きや感じ方を重視する「対話型鑑賞」を紹介しました。この鑑賞法の草分け的存在である京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センターでは,参加者が語る絵画の解釈に対してファシリテーターは「絵のどこからそう思う?」と問い掛けます。「どうしてそう思う?」ではない点が重要です。なぜなら後者は解釈を問う質問であり,個人の解釈は他の参加者が短時間で理解することや,その場で検証や確認することが困難だからです。一方で「絵のどこからそう思う?」という問いで絵に描かれた客観的な事実を示してもらうことで参加者にとって話の焦点が具体的になります。全員が顔を上げて同じ箇所を注視するのも,参加している場の一体感を高めるでしょう。

 このように,わかり合うための第一歩は,「参加者が同じものをイメージできるようなトピックを明示する」ことではないでしょうか。それは絵の一部のような有形の視覚情報かもしれませんし,症例カンファレンスのような無形ながらも具体的な状況設定かもしれません。

 多人数が一堂に会する会議やカンファレンスの場は貴重な機会です。せっかくなら誰も置き去りにされない有意義な意見交換や目標共有の時間にしたいものです。個人の解釈や経験のみに依拠した話ばかりが連続すると,生み出されるものが少ない空中戦となってしまいます。

 皆が理解を深めることなのか,問題の原因を深掘りすることなのか,議論開始前にその目的を明確にしておくこと。そして脱線してもその都度論点が明らかになるように軌道修正すること。これらによって,地に足のついた語り合いが自然と生まれるのではないでしょうか。


今回の名画:トゥルプ博士の解剖学講義(レンブラント)

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