医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部 俊子

2021.02.22 週刊医学界新聞(看護号):第3409号より

 私には年に1回,アントニオ・ヴィヴァルディの『四季』を聴く機会がある。東京ヴィヴァルディ合奏団によるニューイヤーコンサートで,晴海トリトンスクエアの4階にある第一生命ホールで開催される。

 東京ヴィヴァルディ合奏団は,1961年に東京藝術大学の出身者らにより設立された,弦楽五部とチェンバロの12人で編成される男性のみの室内合奏団である。指揮者を置かず生み出される演奏は緊張感があり,重厚なサウンドは毎回私をゾクッとさせる。これで私は,すっかり室内楽のとりこになった。

 2021ニューイヤーコンサート『四季』の独奏ヴァイオリン奏者ゲストは,東京藝術大学に在学する2年生の戸澤采紀さんであった。小柄な戸澤さんが演奏を始めると,堂々と力強く立ちあらわれ,私を魅了した。私は大学人として,身近に接している大学2年生の潜在力を想像した。

 ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲『四季』は,楽譜にソネット(詩)が付けられており,音楽史上初の標題音楽であるとも言われると,東京ヴィヴァルディ合奏団音楽監督の渡部宏氏が紹介する。「四季折々の自然の営みを音楽に描写し,そこでは鳥たちの鳴き声,動物たちの姿,そして人間の生きる様などが,豊かな音の世界に創出して,(中略)急・緩・急の3楽章から成る全4曲をそのソネットと共にお楽しみください」とプログラムで誘っている。

 コロナ禍のなかにあって,われわれが待ちわびる〔春〕はこのようなソネットで奏でられる。

春が来た
鳥たちは楽しそうに歌う
小川も春風に誘われ流れ出す
黒雲があらわれ雷鳴と共に春を告げる
嵐が去り再び鳥たちが歌う

花咲く野原
木の葉のゆらめき
うたた寝をする牧童の傍らには吠える犬

バッグパイプの響き
賑やかにニンフと牧童は踊る
春の明るい日の光の下で

 演奏会が終了した土曜日の昼下がり。冬晴れの空はさえ渡っていた。晴海から築地までコンサートの余韻を反すうしながら歩く道が私のお気に入りである。勝鬨橋の下を流れる隅田川は満々と水をたたえゆったりと流れていた。私は10年以上前,このあたりをジョギングコースにしていた。勝鬨橋の傾斜がきつかった。

 私は,市場移転によって様変わりした築地市場跡地の脇に古くからある波除神社に詣でることにした。新年の波除神社には何人かの参拝客がいたが,閑散としていた。記念におみくじを引き,境内でそっと開けた。まず目にとび込んできたのは「新」という文字である。「新しい風が吹いています 風はすべて追い風に 爽やかな大空を吹き抜ける春風の如く 旺盛な行動力を持ちなさい」とある。「運勢大吉」であった。「焦らず今の自分に出来ることを続けよ(願望)」「失敗してもきちんとやり直すことが大切(仕事)」と戒める。

 2020年12月21日冬至の日。「木星と土星が日の入り後すぐの南西の空で大接近した」という短い記事が新聞に載った。(2020年12月22日付朝日新聞)。この接近は1623年以来397年ぶりの近さであり,次にここまで近づくのは60年後の2080年であると報じている。

 占星術では,惑星の木星と土星が約20年に一度同じ星座に入ると,強力な宇宙パワーが生まれるとして,その惑星配置をグレートコンジャンクション(GC)と呼んで,未来を予測するタイミングとしている。それによると,2020年12月22日の水瓶座GCを皮切りに,今後は「風の星座」でGCが約20年ごとに起こる時代,いわゆる「風の時代」が到来したのである。

 物質的な豊かさや生産性,安定を象徴する「地の時代」から,風のエレメントが象徴する情報,体験といった目に見えない豊かさ,ネットワークの広がりが大切となる「風の時代」へとパラダイムシフトが生じているという。

 パラダイムシフト後の働く場では,肩書の優劣はなくなり,フラットに適材適所の人事となり,お金を介在させない“交換”が成立するなどがニューノーマルになるという。おみくじで運勢をはかり,占星術で「風の時代」の到来を知る私のニューイヤーであった。

 そして,2021年1月20日正午(日本時間21日午前2時),ジョー・バイデン元米国副大統領が,第46代大統領に就任した。副大統領にはカマラ・ハリス氏が女性・アジア系・アフリカ系で初めて就任した。

 バイデン氏の宣誓は,妻のジル氏が持つ,バイデン家に128年伝わる聖書の上に手を置いて行われた。就任演説では「民主主義は貴重で,もろいと学んだ。しかし,民主主義は勝ったのだ」と強調し,「全ての米国人のための大統領になる。私を支持した人のためと同じように,支持しなかった人のためにも一生懸命闘う」と訴え,分断された米国社会の結束を呼び掛けた。首都ワシントンは厳重な警備が敷かれ,歩いているのはほとんどが報道関係者という「静寂の船出」であった。

 就任式でバイデン大統領は,ラルフ・ローレンの紺色のスーツとテーラードコート,ネクタイは明るいブルーであった。ファーストレディとなったジル氏は,新進ブランド,マルカリアンによるオーシャンブルーのツィードのドレスとコートであった。ハリス副大統領は深いパープルのコートとドレスで,手掛けたのは米国の黒人デザイナーである。就任式での女性のファッションは政治姿勢や価値観,民意を反映するとして注目されてきた。「今回のジル氏とハリス副大統領の服はスタンダードなデザインだが,平常心を取り戻したいという米国の民意を映しているようであり,それはコロナ禍で安らぎを求める世界のファッショントレンドとも一致している」と新聞は報じている(2021年1月21日付朝日新聞夕刊)。

 テレビ中継でみるアメリカ大統領の就任演説は,私にも安らぎや希望を届けてくれた。少なくとも大統領は,原稿を棒読みせず,顔を上げ聴衆に語りかけた。

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