医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

連載 大浦 誠

2021.02.08 週刊医学界新聞(レジデント号):第3407号より

81歳女性。学校教諭を定年退職し,夫と二人暮らしをしている。高血圧,脂質異常症,2型糖尿病,変形性膝関節症,慢性閉塞性肺疾患(COPD)で内科通院中。糖尿病とコレステロール値は良好にコントロールされているものの,血圧は最近低くなっていた。ADLは自立しているが,ここ2年ほど疲労の増加と時折の転倒のために外出する機会が減っていた。3か月前に肝転移を伴うステージIVの大腸がんと診断され,現在CAPOX療法(カペシタビンとオキサリプラチンの併用)を受けていた。前回の受診時には,オキサリプラチンによる末梢神経障害の治療のためにアミトリプチリンの投与を開始した。

【処方薬】アミトリプチリン,アスピリン,アトルバスタチン,グリベンクラミド,メロキシカム,メトクロプラミド,ランソプラゾール,ペリンドプリル,ジアゼパム,チオトロピウム吸入

 今回はマルモのプロブレムリスト()が全ての領域にかかわっています。疾患の重症度を考えると,悪性腫瘍/消化器/泌尿器パターンと考えて良いでしょう。ポリファーマシーチェックでは出血関連,血糖関連,転倒・尿閉関連にチェックが入り,重複薬と併用注意薬がいくつか見られます。心理社会的問題は,末期がんと告知された不安と,易疲労感や易転倒性のため外出が少なくなっていることが挙げられます。

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 マルモのプロブレムリスト

 がんのマルモは多剤併用の結果,潜在的に不適切な処方(PIM)1),薬物有害事象(ADE)2),薬物-薬物相互作用(PDI)の可能性3)と関連しています。中でもがんの診断をされたマルモでは,ポリファーマシーが死亡率に関与しているという結果もあります。例えば卵巣がん患者を対象にした研究では,PDIがあると化学療法が完了できないリスクが2.27倍高くなり,ポリファーマシーがあると診断後半年以内の死亡率が3.15~5.43倍まで増加し,PIMがあると診断後半年以後の死亡率が1.50~2.38倍増加していました4)。がんのマルモパターンはポリファーマシーに特に注意すべきです。

 がんの診断をされたマルモの処方にはパターンが見られます。例えば,がんの初期症状を緩和させるために薬剤が処方されるので,がん診断前の数か月間に投薬数が増加することが多く5),化学療法や支持療法により薬剤数が増え,相互作用への配慮から抗がん剤の投与量が少なめに選択されがち6)です。また,がんの診断により,慢性疾患のケアの目標が変わることもあり,予防的な薬物療法からQOLに焦点が移ることもある7)一方で,がんの専門医はがん以外の薬剤を選択するのが困難な場合もあります8)

 処方の整理を行うタイミングはいろいろあります。例えば,薬剤による副作用が出た時,入院して持参薬を確認した時などです。主治医が薬を減らしたいと思うこともあるでしょうし,患者さん側から「薬は減らせませんか」と聞かれることもあるでしょう。この時に症状を緩和させる薬剤はなかなか減らしにくいですが,疾患の予防目的で投与されている薬剤は,その意義が乏しくなれば中止することも可能かもしれません。重要なのは「治療目標は何か(予防か症状緩和か)」「益や害はあるか」「余命を考える」という視点です。特に医師は,これまで長期間処方されている薬を中止すると患者が心配するかもしれないと考えることもあるようです9)が,対話を通じて整理することが大事です。

 Deprescribing(デプレスクライビング)という言葉をご存じでしょうか。これは,2015年に提唱された概念10)であり,薬物を減量あるいは中止するプロセスです。Deprescribing前後のリスクとベネフィットを考慮した5つのステップから構成されており,多剤併用を極力減らして患者のアウトカムを改善することが目的です。

 今回は,がん患者を対象にアレンジしたDeprescribingへの6段階アプローチの論文を紹介します11)。2020年発表のこの論文は,従来推奨されていたDeprescribingの中でも特にがんのマルモ患者用にアレンジしており,「QOLをゴールにして,普通は中止をお勧めする薬でも症状緩和に必要ならば残してもよい」という視点が加わっています。冒頭の症例もこの論文で取り上げられていますので,興味があればご覧ください。

 ケアの主な目標は,QOLを最大化し,がんの進行をなるべく遅らせること。一番心配しているのは吐き気を催す可能性であった。余命は限られており,おそらく1年未満。

 薬剤師は全ての薬を見直し,処方薬に加えて1日1回のビタミン剤,1日2回のカルシウムとビタミンD製剤を服用していることを確認した。

  • STOPP基準では,アスピリン,グリベンクラミド,メロキシカム,ジアゼパムは不適切な可能性があった。
  • Beers基準によると,アミトリプチリン,アスピリン,グリベンクラミド,メロキシカム,メトクロプラミド,ランソプラゾール,ジアゼパムは65歳以上の高齢者には不適切な可能性があった。
  • 利益と害,利益を得るまでの時間,余命を考慮すると,アスピリン,アトルバスタチン,グリベンクラミド,ペリンドプリルの予防薬は潜在的に不適切であった。

 患者と集学的チームでの話し合いの結果,以下の薬は患者のケアの目標に合わなくなったため,Deprescribingの候補であることが決定された。

  • 明確な有益性のない薬:アスピリン,アトルバスタチン(一次予防用),マルチビタミン剤のいずれも有益性がなく,直ちに中止された。
  • 望ましくない副作用のある薬:アミトリプチリン,ペリンドプリル,ジアゼパムは高齢者の転倒リスクを高める可能性があった。最近追加されたアミトリプチリンは神経障害に効果がなかったため中止。転倒の既往歴があり,血圧も低かったため,ペリンドプリルを中止し,ジアゼパムの漸減を開始。
  • もはや必要ないかもしれない薬:話し合いの結果,カルシウム,ビタミンD,グリベンクラミドは短期的には有益ではない可能性があり中止。
  • 「潜在的に不適切」な薬剤であっても,個々のケアの目標によって有益性と有害性のバランスが変化する可能性:例えば,メロキシカムとメトクロプラミドは高齢者向けPIMのBeers基準にあるが,なるべく疼痛を避けたいという患者の価値観を尊重しメロキシカムを継続。その消化器系の有害事象を最小限に抑えるためにランソプラゾールを継続する方法も許容されると考えた。疼痛によってはオピオイドを選択し,両薬剤を中止する方法もあるだろう。
  • ●明確な有益性のない薬剤(アスピリン,アトルバスタチン,マルチビタミン剤)と望ましくない副作用のある薬剤(アミトリプチリン,ペリンドプリル)を選択して減薬。これらの薬剤はいずれもテーパリングを必要としないため,直ちに中止した。
  • ●ジアゼパム投与量を4週間ごとに漸減。
  • ●カルシウム,ビタミンD,グリベンクラミドの順に翌月から1剤ずつ中止。

 症状の再発を監視し,現在の症状やケアの目標と照らし合わせて投薬を見直す。変更提案は,腫瘍内科医や地域の薬剤師と共有した。

  • マルモの患者ががんになる時はDeprescribingを実施する。
  • 治療目標は何か,目的は予防か症状緩和か,益と害はあるか。余命も意識しよう。
  • 「潜在的に不適切」な薬剤であっても,個々のケアの目標によって有益性と有害性のバランスが変化する可能性がある。

1)Support Care Cancer. 2014[PMID:24584682]
2)Support Care Cancer. 2016[PMID:26449548]
3)J Pain Symptom Manage. 2008[PMID:18243638]
4)J Geriatr Oncol. 2020[PMID:31883969]
5)J Geriatr Oncol. 2012[https://doi.org/10.1016/j.jgo.2011.09.001]
6)Springerplus. 2014[PMID:24936397]
7)BMJ. 2004[PMID:15485977]
8)Ann Pharmacother. 2016[PMID:27257284]
9)Drugs Aging. 2014[PMID:24923385]
10)JAMA Intern Med. 2015[PMID:25798731]
11)Clin Oncol. 2020[PMID:32563549]

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