事例で学ぶくすりの落とし穴
[第3回] NSAIDsに起因するアスピリン喘息
連載 柳田 俊彦
2020.09.28
事例で学ぶ
くすりの落とし穴
与薬の実践者である看護師は「患者さんを守る最後の砦」です。臨床現場で安全かつ有効な薬物治療を行うために必要な与薬の知識を,一緒に考えていきましょう。
[第3回]NSAIDsに起因するアスピリン喘息
今回の執筆者
柳田 俊彦(宮崎大学医学部看護学科臨床薬理学 教授)
監修 柳田 俊彦
(前回よりつづく)
非ステロイド性抗炎症薬(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs:NSAIDs)は一般の人にとっても身近な,よく使われる医薬品です。その一方で,副作用や薬物相互作用も多く,種々の注意点があります。今回は,そんな注意点の一つを実際の症例を通して具体的に見ていきましょう。
意識は清明,脈拍116/分,整,血圧120/76 mmHg,SpO2 92%(室内気吸入時),起坐呼吸で呼気時に喘鳴を聴取した。病歴を確認したところ,以前から年に1~2回喘息様の咳込みと息苦しさを来し,近医で内服処方を受けていたことが判明。これまでに耳鼻科で鼻茸(鼻ポリープ)と嗅覚低下を指摘されている。喫煙歴はない。過去にクラリスロマイシンを内服したことがあるが,アレルギー症状は認めなかった。
結論から述べてしまうと,この患者さんは投与されたロキソプロフェンナトリウムを原因とする「アスピリン喘息」でした。アスピリン喘息は,アスピリンだけではなく本症例のようにNSAIDsによっても起き得ることから「NSAIDs過敏症(不耐症)」とも呼ばれ,過敏症状によって喘息型(気道型)と蕁麻疹型(皮膚型)に分けられます。
では,なぜこの患者さんにアスピリン喘息が現れてしまったのでしょうか。薬理作用に基づく発症メカニズムの解説とともに,臨床現場で意識しておきたいポイントをご紹介します。
押さえておきたい基礎知識
アスピリン喘息とは,原因となる薬剤の服用から通常1時間以内に,鼻閉,鼻汁,咳,息苦しさなどの症状が出現します。成人喘息の約10%に認められ,対象母集団によって頻度は異なります1)。
NSAIDsに対する過敏症は,非アレルギー性過敏症(不耐症)であり,それがどのように形成されるのかという機序はいまだ不明ですが,以下に記載するように病態の特徴は明らかになっています2, 3)。
NSAIDsは,アラキドン酸カスケード(註)においてプロスタグランジンの合成酵素であるシクロオキシゲナーゼ(Cyclooxygenase:COX)を阻害します。NSAIDsによりCOXが阻害されると,アラキドン酸カスケードがロイコトリエン系に傾くために,ロイコトリエン類の産生が増えます(図)。この状況を例えるなら,目的地まで2つのルートしかない時に,片方のルートが車線規制などで通りづらい状況になっていると,通行しやすいもう一つのルートに車が集中してしまうというイメージでしょうか。
図 アラキドン酸カスケードとアスピリン喘息 |
NSAIDsによりCOXが阻害されると,アラキドン酸カスケードがロイコトリエン系に傾くために,ロイコトリエン類の産生が増加する。このロイコトリエン類の作用が過剰になるとアスピリン喘息が誘発される。 |
ロイコトリエン類は炎症反応において重要な役割(好中球走化性の活性化,気管支収縮作用,血管拡張作用,血管透過性の亢進など)を有していますが,作用が過剰になると喘息を誘発します。実際に,ロイコトリエン拮抗薬が気管支喘息の長期管理薬として使用されていることからも,ロイコトリエン類が過剰になると喘息を誘発してしまうことは想像に難くないでしょう。
もう少し詳しく見てみます。COXには,COX-1(生体内で恒常的に働いている)とCOX-2(炎症で誘導される)があります。NSAIDsはCOX-1とCOX-2の両者を阻害しますが,COX-2選択的阻害薬ではCOX-1はあまり阻害されません。つまり,COX-2選択的阻害薬の場合はCOX-1経路でプロスタグランジン類が産生されるために,全てがロイコトリエン系に傾かず,アスピリン喘息のリスクが下がるのです。そのためアスピリン喘息患者の場合,COX-2選択的阻害薬のセレコキシブ(セレコックス®)や,NSAIDsとは異なる作用機序で鎮痛・解熱作用を示すアセトアミノフェン(カロナール®)は使用可能です3)。
こんなところに落とし穴
先ほど述べたとおり,一般にアスピリン喘息と呼ばれますが,アスピリンに対するアレルギー反応ではなく,ほぼ全てのNSAIDsで過敏反応が誘発されることを忘れてはいけません。加えて同じNSAIDsでも,投与方法や種類によってリスクが変わるため,下記に示した点に注意が必要となります1)。
●解熱鎮痛効果の強い薬剤,COX-1阻害作用が強いNSAIDs(インドメタシンやアスピリン)は重症発作を誘発しやすい。
●長時間効果のあるNSAIDsでは,誘発症状が遷延化する。
さらに本症の半数は,患者本人も医療者もNSAIDsが原因と気付いていません。潜在症例を見いだすためのポイントとして,下記のような人ではアスピリン喘息の可能性が高いとされています1)。患者さんと身近に接する看護師がこれらの特徴を知っていると,より早期に本症の存在に気付けるかもしれません。
●女性(男女比4:6程度でやや女性に多い)
●通年性の鼻炎症状(鼻水,鼻づまり)のある方
●慢性副鼻腔炎(蓄膿症)や鼻茸(鼻ポリープ)を合併している,またはその手術を受けたことのある方
●嗅覚異常,無嗅覚症(臭いを感じない)の合併のある方
●アレルギー検査の結果が陰性(非アトピー型)の方
●季節に関係なく喘息発作が起こる方
●著明な末梢血好酸球増多(一部の血球の増加)がみられる場合
急性期の治療には①十分な酸素化,②エピネフリン(アドレナリン)の早期および繰り返しの投与(筋肉内注射),③アミノフィリンと副腎皮質ステロイドの点滴,④抗ヒスタミン薬の点滴投与などが行われますが,ステロイドの急速静注は禁忌です。ステロイドにはコハク酸エステルステロイドとリン酸エステルステロイドがありますが,コハク酸エステルステロイドは禁忌です。リン酸エステルステロイドの場合は1~2時間以上かけてゆっくり点滴静注する必要があります3)。それぞれ具体的な薬剤名は以下を参考にしてください。
サクシゾン®,ソル・コーテフ®,水溶性プレドニン®,ソル・メドロール®など
リン酸エステルステロイド
水溶性ハイドロコートン®,デカドロン®,リンデロン®など
今回のまとめ
今回は,NSAIDsの副作用の中からアスピリン喘息を紹介しました。身近な医薬品に潜むアスピリン喘息を可能な限り正しく認識しておくことは,NSAIDsによる不幸な事例を回避するだけでなく,適切な管理によって喘息を良好にコントロールするためにも重要です。また,アスピリン喘息の急性期の治療においては,通常の喘息発作時によく用いられるコハク酸エステルステロイドが禁忌となること,使用可能なリン酸エステルステロイドに関しても急速静注が禁忌となることを忘れないようにしましょう。
(つづく)
註:組織が損傷を受けると,細胞膜のリン脂質からアラキドン酸が生成され,COXの作用によりプロスタグランジン類やトロンボキサン類,リポキシゲナーゼの作用によりロイコトリエン類が産生される一連の反応。
◆参考文献・URL
1)厚労省.重篤副作用疾患別対応マニュアル――非ステロイド性抗炎症薬による喘息発作(アスピリン喘息,解熱鎮痛薬喘息,アスピリン不耐喘息,鎮痛剤喘息症候群).2006.
2)榊原博樹.喘息の亜型・特殊型――アスピリン喘息.日内会誌.2009;98(12):3089-95.
3)谷口正実.喘息の亜型・特殊型・併存症――アスピリン喘息(NSAIDs過敏喘息).日内会誌.2013;102(6):1426-32.
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