医学界新聞

事例で学ぶくすりの落とし穴

連載 柳田 俊彦

2020.08.31



事例で学ぶ
くすりの落とし穴

与薬の実践者である看護師は「患者さんを守る最後の砦」です。臨床現場で安全かつ有効な薬物治療を行うために必要な与薬の知識を,一緒に考えていきましょう。

[第2回]CYPからみた睡眠薬

今回の執筆者
柳田 俊彦(宮崎大学医学部看護学科臨床薬理学 教授)

監修 柳田 俊彦


前回よりつづく

 第1回(第3381号)では,看護師が薬に強くなることのメリットとして,1)薬にまつわる医療ミスが減る,2)患者さんがハッピーになるというお話をしました。今回から,事例を通して具体的にみてみましょう。

 糖尿病と高血圧で入退院を繰り返しているAさん。不眠に対してトリアゾラム(ハルシオン®)を処方された経験があり,入院中のAさんは今回も同様の処方を希望している。看護師は,Aさんが睡眠薬を希望していること,糖尿病,高血圧のコントロールは現在良好であること,これまでも同じ症状があり,トリアゾラムを使用するとよく眠れることを当直医に報告した。報告を聞いた当直医は,前回の投与と同じくトリアゾラム1錠を投薬するように指示した。

 翌朝,Aさんから「眠気が取れずふらつく」との訴えがあった。バイタルや血糖値は安定しており,意識も正常化してきていることから,そのまま安静で経過観察とした。しかし,看護師は前回見られなかった症状のため疑問に思い,Aさんに詳しく聞き取りをしたところ,前日にお見舞いでもらったグレープフルーツジュースを飲んでいたことが判明した。

 「グレープフルーツが相互作用を起こすことは知っているけれど,なぜ悪影響を及ぼすのかよくわからない」。こんな声をよく聞きます。一般的にグレープフルーツによる薬物代謝酵素CYPの阻害による薬物相互作用の説明には,代表例であるカルシウム拮抗薬が用いられていますが,実は睡眠薬もCYPの誘導や阻害の影響を受けやすい薬物であることはご存じでしょうか。今回はそんなピットフォールに焦点を当てて説明をしていきます。

押さえておきたい基礎知識

 そもそもCYPとは何でしょうか。まずは,CYPの誘導と阻害についておさらいしてみましょう。

 ある薬物や食品によりCYPが誘導されるとは,CYPの数が増えて代謝能力が増強している状態のことを指します。この作用をスーパーに置き換えてみると,CYPがレジで,体内で代謝される薬物がお客さんです()。CYPが誘導されている時はスムーズに会計(代謝)が終了し,お客さん(薬物)が待つことはありません。すなわち,CYPの誘導により薬物の代謝能力が亢進すると,併用薬の薬効が減少する作用が起こります。この作用を引き起こす食品の代表例としてはセントジョーンズワート(ハーブの一種)が知られています。

 CYPの誘導と阻害のイメージ
ある薬物/食品によりCYPが誘導されると,薬物の代謝が亢進され,他の薬の効果が減少する。一方,CYPが阻害されると,薬物の代謝が抑制され,他の薬の作用増強や有害作用が出現する。

 一方,ある薬物や食品によりCYPが阻害されるとは,レジでお客さんの行列ができている光景です。つまり,薬物が代謝されずに体内に残っている状態を指します。薬物の代謝能力が低下した結果,薬物が体内に残ることで併用薬の薬効や副作用が増強される現象が起きるのです。こちらがよく知られているグレープフルーツの影響です。

 CYPにはいくつかのアイソザイムがありますが,最も多くの薬物の代謝に関係しているのがCYP3A4です。さまざまな薬剤の代謝に影響を及ぼすので,こうした作用機序をあらかじめ押さえておくとよいでしょう。

こんなところに落とし穴

 睡眠薬は,①ベンゾジアゼピン系,②非ベンゾジアゼピン系,③メラトニン受容体作動薬,④オレキシン受容体拮抗薬,の4種類に大別されます。それぞれの臨床上の特徴と,代謝に関係するCYPを表1に示します1, 2)。睡眠薬の代謝酵素をみると,ほとんどの薬物がCYP3A4により代謝を受けることがわかります。メラトニン受容体作動薬のラメルテオン(ロゼレム®)は,CYP1A2が主ですがCYP3A4も関与しています。つまり,睡眠薬はグレープフルーツの影響を受ける治療薬だということに気を付けなければなりません。

表1 代表的な薬剤と代謝に関係するCYPの一覧(文献1,2をもとに筆者作成)(クリックで拡大)

 今回の事例では,患者さんがCYPの阻害作用を引き起こすグレープフルーツジュースを飲んでいたことが聞き取りから判明しました。そもそもグレープフルーツでなぜCYPの阻害作用が起こるのでしょうか。それは,グレープフルーツに含まれる成分であるフラノクマリン類(ベルガモチンやジヒドロキシベルガモチン)が原因です3)。摂取量にもよりますが,一般に阻害効果は2~3日続くと考えられており,果皮>果肉>種の順に多く含まれます。また,フラノクマリン類の含有量が多いブンタンやオロブランコ,ダイダイなどの柑橘類でも同じ作用がみられるので注意が必要です。一方,同じ柑橘類でも温州みかん,レモン,ライム,カボス,ユズでは,グレープフルーツのような作用は起こりません。また,リンゴやブドウなどの果物からはフラノクマリン類は検出されていません。

 さらに注意したいのは,グレープフルーツのような作用を持つ薬剤もあることです。CYP3A4阻害作用を持つ主な治療薬を表2に示します1~3)。患者さんがこれらの治療薬を併用している時は,グレープフルーツジュースを飲んでいる時と同じ状態と言えます。特に,胃酸分泌を抑制するシメチジン(タガメット®)やマクロライド系抗菌薬のクラリスロマイシン(クラリス®,クラリシッド®)などは,入院中に追加処方されている可能性もあります。与薬前にしっかり確認するようにしましょう。

表2 グレープフルーツと同じ働き(CYP3A4阻害作用)をする主な医薬品(文献1~3をもとに筆者作成) (クリックで拡大)

今回のまとめ

 睡眠薬は,夜間勤務時に処方される薬であることに改めて注意が必要です。なぜなら看護師は少人数で,主治医以外の当直医の判断になりやすく,薬剤師のサポートも受けにくい状況にあるからです。さらに,以前大丈夫だったからと同じ処方がされやすいのも落とし穴の一つです。

 ほとんどの睡眠薬は,CYP3A4で代謝されるのでグレープフルーツによるCYP3A4阻害の影響を受けます。また,CYP3A4を阻害する薬物(表2)の影響も受けます。与薬の前にグレープフルーツなどの柑橘類を摂取していないかどうか,前回と比べて新たに処方された薬がないかの確認を怠らないようにしましょう。

(つづく)

参考文献
1)笹栗俊之,他(編).ベッドサイドの薬理学.丸善出版;2018.
2)髙久史麿,他(監).治療薬マニュアル2020.医学書院;2020.
3)渡邉裕司(監訳).ハーバード大学講義テキスト――臨床薬理学.原書3版.丸善出版;2015.

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