米スポーツ界を震撼させる変性脳疾患(4)(李啓充)
連載
2014.03.03
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第264回
米スポーツ界を震撼させる変性脳疾患(4)
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(3064号よりつづく)
前回までのあらすじ:NFLが脳震盪の危険性について科学的に調査し対策を講ずることを目的として設立したMild Traumatic Brain Injury Committee(MTBIC)は調査結果を次々と学術誌に発表,「研究が大きく進む」とする期待を煽った。
前回も述べたとおり,NFLは例数が豊富であっただけでなく,資金力も潤沢であっただけに,脳震盪研究に本格的に乗り出したことは他の研究者の期待を煽った。しかし,NFLがその期待を裏切るのに大した時間はかからなかった。MTBICが『Neurosurgery』誌に第1報を発表してからちょうど1年後の2004年10月,同じく同誌に発表した第4報(註)が,研究者たちの猛反発を招く「噴飯物」の内容だったからである。
研究デザインに重大な欠陥
第4報は1996-2001年の6年間に,NFLで「繰り返し起こった脳震盪」についての調査結果をまとめたものだった。調査期間中,脳震盪を体験した選手は650選手に上ったが,うち,繰り返し脳震盪を体験した選手は160選手(全3228選手中5%)に限られた。さらに,初回と二回目以降では症状・所見に大差がないだけでなく,二回目以降の脳震盪でもほとんどの選手は比較的早い時期に試合に復帰することができた。これらのデータに基づいて,MTBICは「NFLにおいては,脳震盪が繰り返して起こる頻度は高くないし,繰り返し起こしたとしても,その危険を心配する必要はない」と結論付けた。それだけでなく,second impact syndrome やボクサー等に報告されてきたchronic traumatic encephalopathyについても特に言及,「これらはNFLの選手には起こっていない」と強調した。
しかし,この論文は,まず研究デザインに重大な欠陥があった。彼らが「初回」とした脳震盪は「研究期間中の初回」であり,それ以前に選手が体験していた脳震盪は一切勘定に入れられていなかった。「初回」が「初回」でなかった割合は極めて高いと推定され,「二回目以降」との比較はまったく意味をなさない懸念があったのである。さらに,「早くに復帰できたのだから大きな障害は残らなかったに違いない」とする論法にも大きな疑義が呈された。
NFLに限らずプロの選手は生活がかかっているだけに「欠場している間に他の選手にポジションを奪われたくない。完全に治っていなくても早く復帰しなければ」とす...
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