新しいルールと意味の創出(2)(武村雪絵)
連載
2012.03.19
看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて
【第12回】
新しいルールと意味の創出(2)
武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)
(前回よりつづく)
多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。
前回,「新しいルールと意味の創出」の一つである「境界の問い直し」について紹介した。今回はもう一つの変化,「意味の深化」を紹介したい。
意味の深化
連載第2回(第2930号)で書いたように,私は今から10数年前,「看護過程」をテーマに複数の病院でフィールドワークを行っていた。何人もの看護師のケア場面を観察し,病棟によって,個人によって看護が異なり,その差が患者アウトカムに違いをもたらしていると確信した。そしてそのとき,ほかの組織メンバーと比べて突き抜けた柔軟さを持ち,心から楽しそうに仕事をしている何人かの看護師に出会った。どうすれば彼女たちのようになれるのか,その過程を知りたいと考えたことが,この連載で紹介している研究の発端となった。7年目の看護師Uさんは,「突き抜けた柔軟さ」を感じさせた看護師の一人である。
◆日常的行為にあらためて意味を見いだす
Uさんは,寝たきりの患者に声をかけながら優美な手技でおむつ交換や体位変換,洗面介助を行っていた。私は初めて看護の手技を「美しい」と思った。彼女の手技は丁寧で的確で無駄がなく,指先にまで心がこもっているようにみえた。彼女自身にも患者の身体にも負担が少ないことがみてとれた。そして私には,Uさんがこれらの行為を楽しんでいるようにみえた。彼女は,日常的に繰り返している当たり前の行為に「意味がある」「それが看護だ」と思えるように変わったといい,以前と比べて「看護が楽しく,楽になった。面白いと思えるようになった」と話した。
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◆多様な会話を使い分ける
Uさんを観察していると,患者との会話にもほかの看護師と異なる特徴があった。多くの看護師は患者と話すとき,以下に紹介する「看護の道具としての会話」が中心となっていた。
(1)看護の道具としての会話
フィールドワーク中,患者と話すことを「情報をとる」と表現する看護師に少なからず出会った。その一人であるVさんは,患者の話を聞く際は,看護師としてその情報の意味を判断しながら聞くことが重要であり,また,精神的援助をしていると意識しながら患者の話を聞くことが大切だと述べた。
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Vさんは,先輩看護師について「情報をうまくとってきている」と話した。尊敬する先輩は,「知りたい情報を一方的に聞くのではなく,自然に会話を流して,患者さんが『自分の話を聞いてくれている』っていう意識を持てるような聞き方をしている」と言い,「やっぱり上手だなと思う」と話した。
自然に会話しながら患者の生活や家庭環境,経済面,価値観,思いなど看護に活かせる情報を得る技術は,看護師の重要なコミュニケーション能力と考えられていた。10年目のWさんは,そのコミュニケーション能力を持つ看護師であった。彼女は,「意図を持ったコミュニケーションが看護だと思う」と言い,「意味のある話」を聞くために会話の流れを導くことが「看護師の力量」と述べた。
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このように,患者と会話する際に,看護に活かせる情報を得るという目的や,患者の精神面を支えるという目的を意識すること,すなわち看護の大切な道具として患者の話を聞くことは,看護師に共通して観察された。そして実際に,患者とどのような会話ができるかは,看護師の力でもあった。
(2)患者が話したい話を聞く
患者の話を聞くといっても,看護師が必要だと思うことについて話を聞くことと,患者が話したい話を聞くことは異なるという。前述のインタビューをしてから6年後,再びWさんに話を聞く機会があった。彼女は,「患者が話したい話を聞く」ことを意識して行うように変わったという。
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Wさんは,10年目の時点でも患者の話をよく聞いていた。しかし,看護師として必要だと思うことに限られていたという。16年目になって,患者が話したい話も大切に聞くようになったが,Wさんは「働き方がすごく変わった」と感じている。
(3)「すとんと落とすように」聞く
「(1)看護の道具としての会話」で紹介したとおり,看護師は通常,看護師としての視点から解釈したり判断したりしながら患者の話を聞いている。10年目の看護師Xさんは,逆に看護師としての解釈を加えずに,患者の話をただ聞くことが難しいと指摘した。
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17年目の看護師Yさんは,時と場合に応じて,看護に活かさねば,患者の話を聞いて対応せねばという意識を脇に置いて,患者の話を「ただ,すとんと落とすように聞く」こともできるように変わったという。Yさんは,この話の聞き方を身につけた後,それまでの自分が「患者の話を聞いているようで聞いていなかった」ことに気付いた。Yさんは,他の看護師が「難しい人」と話す患者だって,本当の意味で話を聞けば,何も難しくない,話をきちんと聞くだけで患者が変わることもあるのだと話した。
(4)「何でもない話」をする
さて,私がUさんを観察していて,他の看護師との大きな違いを感じたのは,Uさんが神経疾患で長期間人工呼吸器を装着している患者に,自分が休暇中にダイビングへ行った話をした場面である。患者から尋ねられた場合を除き,看護師が自ら自分の休暇の話をすることは極めて珍しかった。Uさんは,海の透明度やその日出会った魚のことを患者に話した。患者は発声できないので,目で合図しながらUさんの話を聞いていた。私は後で,患者にこの会話をどう感じていたかを尋ねた。患者は文字ボードを用いて,「今は病気とか深刻な話をするより,冗談を言って楽しく過ごしたい。Uさんは自分の気持ちをわかってくれている」と答えた。患者は,この会話を日常生活の一部として楽しんだようだった。Uさんに話を聞くと,彼女も以前は看護師という立場を意識し,患者との会話を情報収集や援助の場として常に意識していたという。しかし最近では,ほかの患者に対しても「何でもない話をしよう」と思うことがあると話した。
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Uさんは,「結局入院って,その人の長い人生の中で,ほんの一部分でしかないことが本当にわかった」と話した。常に看護師としての立場からかかわっていたときと比べて,今ここにいる患者を,人生という広がりを持った存在として,実感をもって認識できるようになったという。「何でもない話」だけできて,「看護の道具としての会話」ができなければ,看護師とはいえないだろう。しかし,患者との会話の幅は,患者という人の見え方の広がりにつながっているようであった。
*
次回は,新しいルールと意味の創出を経験した看護師たちの「等身大の自信」と「看護の楽しさ」について紹介したい。
(つづく)
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