医学界新聞

連載

2012.02.20

看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて

【第11回】
新しいルールと意味の創出(1)

武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)


前回よりつづく

 多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。


新しいルールと意味の創出

 これまでに紹介した,「組織ルーティンの学習」「組織ルーティンを超える行動化」「組織ルーティンからの時折の離脱」の3つは,実践のレパートリーを増やす変化である。これらはそれぞれ組織ルーティンとして提示される「組織ルール」,教育や前職場,自らの経験などから獲得した「固有ルール」,自らの「実践」,のいずれかの不調和が変化の起点となっていた。「組織ルーティンの学習」は組織ルーティンと自らの実践のギャップを埋めようとする変化,「組織ルーティンを超える行動化」は組織ルーティンにない固有ルールを実践しようとする変化,「組織ルーティンからの時折の離脱」はよりよい結果を得られるという見通しを持って,自らの判断で組織ルーティンに従わないことを選択する変化であった。いずれも不調和が解消されたところで実践スタイルが安定した。

 一方,「新しいルールと意味の創出」は,実践を再定義・深化する変化である。実践スタイルが安定していた看護師が,何らかのきっかけで,「看護とは何か」「自分の役割は何か」という問いによって,それまで当たり前のものとして受け入れていた組織ルールや固有ルールを問い直し,組織ルールにも固有ルールにもなかった新たな実践を行ったり,すでに行っている実践に新たな意味を見いだしたりするようになる。この変化によって,自己や病棟の価値観や知識,実践が絶対ではないことを自覚した看護師は,別の価値観や知識,実践を受け入れる準備ができた状態での安定,すなわち,「揺らぐ余地を残した安定」に至った。

 今回は,「新しいルールと意味の創出」の一つ,「境界の問い直し」()について紹介する。

 新しいルールと意味の創出「境界の問い直し」
網掛けの領域は実践可能なルール,すなわち,実践のレパートリーを表す。人の位置は主なパースペクティブを表す。「境界の問い直し」では,「看護とは何か」「自分の役割は何か」という問いによって組織ルールや固有ルールを問い直し,自らの実践の範囲が見直される。なお,組織ルールおよび固有ルールは漸次的に変化するが,模式図を簡略化するためその変化は図示していない。

境界の問い直し

広がりへの気付き
 病棟で目立った問題もなく対処していることを,あらためて見直すことは少ない。しかし何らかのきっかけで,疑問を持たずに日常的に繰り返している方法が必ずしもよいとはいえないこと,他にも方法があることに気付くことがある。

 4年目のSさんは,他の医療機関で働く友人から差し込み便器を使って患者の陰部洗浄を行っていると聞いたとき,「すごくショックを受けた」と話した。些細なことのようでも,彼女にとっては,それまでまったく疑問を持たなかった当たり前が揺らぎ始めた出来事として,強く記憶されていた。

Sさん:ショックでしたね。最初,陰部洗浄の話だったんですよ。私たちはオムツを敷いてやることが多いんですね。他の病院の友達から,「うちは差し込み便器でやってるよ。そのほうが水がジャーって流れて,オムツにしみ込む気持ち悪さがないじゃない」って言われて,すごくショックで。そっか,そう言われればそうだなって思ったことが最初でしたね。

 Sさんはそれを機に,ほかのケアについても異なる方法の可能性を考えるようになったと話した。

Sさん:それまでは,今までやってきた方法で済んじゃうから,それでいいって思っていた。病棟や先輩のやり方ってありますよね。それを教えられて育ってきたんですけど,それだけじゃない,ほかにももっといい方法があるって思えるようになった。先輩には悪いけど,もっといい方法があるなら,そっちをやってみようかなって。

 ちょうどそのころ,新しく病棟に配属された看護師が文献を調べる習慣があり,Sさんもそれを見習い,学術雑誌を含め文献を調べながらケアの方法を見直すようになったという。

自分にできることの境界を見直す
 「境界の問い直し」には,他の方法の存在に気付く変化以外に,自分や看護の責任・役割の範囲を見直すという変化もあった。

 13年目のTさんは,精神科医の指示で,うつ状態の女性患者を寝かせたままにした結果,うつ状態が回復したときに膝関節や手指が拘縮していたという経験をした。周囲の看護師は,医師の指示だから仕方がなかったと処理したが,Tさんには取り返しのつかない結果を招いた後悔体験として強く記憶に残った。

Tさん:主婦の方なんですけど,病状が改善しても,こういう状態だと家に帰っても家事ができない。今は刺激したくないっていう先生たちの考えもあったんですけど,結局,拘縮が残ってしまうと,その人のその後の人生が……。もしちゃんと拘縮予防をしていたら違ったんじゃないかなって。私たちができることで,その人の今後が変わってしまうのであれば,やっぱりしっかりやるべきだったかなって。

 Tさんはこの経験の後,自分に何ができるのかを考えるようになり,さまざまな文献を読むようになったと話した。

 「組織ルーティンを超える行動化」で,気がかりを医師に強く訴えるようになった事例として紹介したCさん(第5回,第2942号参照)も,仕方がないと処理していたことを見直し,自分が大きく変わった経験について話した。

 Cさんは集中治療室で,不穏のために鎮静薬を使用している患者が呼吸器合併症で死亡する例を何例かみてきた。しばらくは,「そういうものなんだ」「仕方がない」と受け止めていた。しかし,ある医師の「やりたいことを徹底的に突き詰める」姿勢に衝撃を受け,それまでの自分を「甘ったれていた」と反省し,「私たちには何もできないって思っていたことを,何とかしてみようっていう気になった」という。そして,不穏で強い鎮静薬を投与されている高齢患者について,「このままじゃ絶対に挿管になるから,何とかしなきゃ」と,周囲の看護師にも説明し,医師に鎮静薬の中止を求めることにした。

Cさん:(患者が)どんなに暴れても私がみるからって。この鎮静薬を切らなかったらもう先がみえてるから,切ってくれって,すごい交渉した。

 Cさんは,医師から鎮静薬を中止する指示をもらい,覚醒し不穏で暴れる患者に対して,BiPAP(非侵襲的二相式ベンチレーター)を付けたり外したりしながら日中付き合った。そして,家族に,「このひと晩を乗り越えれば絶対に変わるから,このひと晩が鍵なんです」と説明して,夜間付き添ってもらったという。患者は家族が付き添ったことで不穏が悪化することなく,ひと晩過ごすことができた。

Cさん:ひと晩越すなかで,ようやく本人の素の状態が戻ってきて。ちょうど治療的に利尿が促進され始めて心不全がよくなるというのがみえてきたところだったので,そこを乗り切ったことで,もう挿管とか,鎮静薬とかはいらなくなって。先生がどうしようって頭を痛めていた人が,そのまますんなり帰ることができた。

 Cさんは,この体験をしたことで,可能性を線引きしないで最善を尽くすことを考えるようになったという。

Cさん:可能性を自分で線引きしないで,超えているかもしれないけど,やってみなきゃわからないじゃないっていう気持ち。どうしようもない現状とか,どうしようもない病状って思えても,その中で最大限を得るために,私は何をするべきかっていうのを考えるようになりました。

 患者に最善を尽くすために,他の看護師に根回しをして巻き込み,医師を説得し,時には家族からも協力を得られるよう働きかけることについて,Cさんは,「そういう采配がナースの醍醐味」と話した。

 このように,「境界の問い直し」によって,組織ルールにもそれまでの固有ルールにもなかった新しい知識や価値,実践がもたらされる。

 次回は,「新しいルールと意味の創出」のもう一つの変化,「意味の深化」を紹介したい。

つづく

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