医学界新聞

連載

2011.05.30

看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて

【第2回】
組織ルーティン

武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)


前回よりつづく

 多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。


 看護師の熟達に関する研究といえば,やはりBennerの功績が大きい1)。彼女はDreyfusらのモデル2)を用いて,課題の理解の仕方や意思決定の方法が5段階(初心者,新人,一人前,中堅,達人)を経て質的に変化することを示した。このモデルでは,熟達するにつれ,状況把握や対処方法の選択が迅速かつ柔軟に,自動的に行われるようになる。第4段階「中堅」では,状況を全体として直観的にとらえた後,こつによって行動が導かれるようになり,第5段階「達人」では,分析的思考には一切頼らず直観的に状況を把握し,適切な行動に結びつく状態になる。確かに患者の容体が急変したときなど,看護師が分析的思考に頼らず瞬時に行動することが生死を分ける場面もあるが,日常的には迅速化,自動化が必ずしも質の高い看護を保証するわけではないように思う。

ルーティン・エキスパート

 認知心理学では,熟達者を「手際のよい熟達者(ルーティン・エキスパート)」と「適応的熟達者」とに区別する考え方がある3)。前者は,タイピストなど,同じ作業を繰り返すうちに速さと正確さを身につけた状態を指す。後者は,チェスや医学的診断など,複雑な課題遂行を繰り返した結果,状況変化にも柔軟に対応して適切な解を導けるようになった状態を指す。これなら,単に要領よく仕事をする看護師(手際のよい熟達者)と,状況に応じて適切なケアを選択して提供する看護師(適応的熟達者)を区別できそうだ(図上)。

 しかし,別の考え方も示されている。飲食店や販売のアルバイトが,客の要望などイレギュラーなことにも次第に柔軟に対処できるようになり,決まった仕事は手間を省きながら速く正確に行う方法を工夫することを観察した楠見は,彼女らを「手際のよい熟達者」だと述べた4,5)。単に決められたやり方のスピードアップにとどまらず,柔軟に創造的に仕事に取り組んでいるようにみえるこの状態でも「手際のよい熟達者」であるならば,現場を支えている頼もしい中堅看護師たちは皆「手際のよい熟達者」なのだろうか。

 2つの熟達者の線引きは,「ルーティン」をどうとらえるかで変わってくる。辞書では,「ルーティン」は「定期的に物事を行う際の通常の順序および方法」「日常の仕事などで,型どおりの決まりきったもの」などと定義されている。しかし,日常的に繰り返される行為に「臨機応変な対応」も含むと,ルーティンの範囲は一気に広がる。

 精神病院のナースステーションでフィールドワークを行った福島は,看護師が記録をしながら薬を確認し,時に医師に問い合わせ,時折訴えながらステーションに入ってくる患者に対応する場面について,非常に複雑な仕事だが,当の看護師にとっては異常事態ではなく,毎日繰り返されるルーティンだと述べた6)。ルーティンに振れ幅があると考えると,看護師の仕事は,例えばベルトコンベヤーで作業する工員に比べて振れ幅が大きいと解釈できる。ルーティンを幅広くとらえると,複雑な仕事を日常的として見事に遂行している看護師たちは,誇るべき「ルーティン・エキスパート」なのかもしれない(図下)。

 ルーティンを狭義/広義にとらえた場合の適応的熟達者とルーティン・エキスパートの違い

組織の価値観の具現,組織に蓄積された知識

 経営学や組織心理学では,組織のルーティンに積極的価値を見いだしている。例えば,ルーティンは「共同して働く人々の規則的で予期できるすべての行動パターン」と定義され,技術的な手順だけでなく,製品開発や経営戦略などあらゆる場面に存在するものとされる7)。ルーティンは,過去に同様の場面で行われた意思決定とその結果から,「こういうときには,こうするといい」「こうしてはいけない」という知恵を伝承し,意思決定にかかる時間やリスクを大幅に減らす。また,その組織が何に重きを置き,何を優先しているかは理念の文言にではなく,組織のメンバーが実際にどう行動しているかに表れる。組織のルーティンは,組織の価値観であり,組織に蓄積された知識なのである。

 しかし,ルーティンにはあらゆる可能性を検討し,最適解を得ることを妨げる側面もある。特に,環境が変化している場合,ある環境に高度に適応した「ルーティン・エキスパート」が最適な選択ができるとはいえない。

ルーティンを超える必要性

 「ルーティン」を幅広くとらえるなら,課題の複雑さ・範囲というより,課題の遂行に重きを置くか,課題を取り巻く環境や条件にも目を向け,ルーティンそのものを見直すことができるかで,「ルーティン・エキスパート」と「適応的熟達者」を区別してもよいかもしれない。

 考えてみると,Dreyfusらは航空機パイロットやチェスプレーヤー,ドライバー,外国語を学ぶ成人をモデルとし2),波多野と稲垣は,チェス,スポーツ,医学的診断を「適応的熟達」の例とした3)。これらは確かに複雑な課題だが,ゲームのルールや交通ルールは基本的には一定で,航空力学や病理学も進歩はするが,日常的にルールが変わるわけではない。多様であり変化する人間の生活・価値観・人生にかかわる看護師こそ,「ルーティン・エキスパート」を超える必要があるのではないか。組織の有能さ,あるいは適応能力は組織のルーティンで決まるが,組織の持続可能性,長期適応能力は環境の変化に応じてルーティンそのものを変化させられるかで決まる。

組織の中での熟達

 さて,既に機能している組織に加わった新参者の熟達過程を考えるとき,「正統的周辺参加理論」が参考になる8)。彼らは,新参者が周辺的でより軽くより単純な作業から本質的な活動へと,徐々に参加の度合いを増しながら,十全的な実践者へと転身する過程を「状況に埋め込まれた学習」ととらえた。新参者は十全的実践者になりたいという欲求によって動機付けられ,徐々に貢献の度合いを増し,共同体の一部となりながら,熟練した実践者としてのアイデンティティの実感を増していく。この理論は,新人看護師が一人前の看護師へと発達する過程をよく説明し,新人看護師に提供すべき環境について豊富な示唆を与える。

 しかし,看護師にうまく当てはまらない部分もある。この理論では,まったくの素人が十全的実践者となるまで1つの組織に所属している事例を扱っている。マヤ族の産婆の例では,幼少時から祖母や母の仕事を見たり手伝ったりしながら産婆という職業や文化を学んでいる。しかし看護師は,教育や前職場など別の組織で看護実践に関するルールをある程度身につけ,その後,社会人として病院などの組織に入る。教育や前職場で身につけた価値観や知識,技術は実践共同体への参加過程にどのような影響を与えるのだろうか。また,正統的周辺参加理論では,一人前になった後の熟達過程,特に組織ルーティンを超える実践が行われる過程については触れられていない。

いざ,フィールドワークへ

 私は看護過程の研究で,何人もの看護師のケア場面を観察した。看護が病棟によって,個人によって異なり,その差が患者アウトカムに違いをもたらしていることを確信した。そしてそのとき,ほかの組織メンバーと比べて突き抜けた柔軟さを持ち,心から楽しそうに仕事をしている何人かの看護師に出会った。どうすれば,彼女たちのようになれるのか,その過程を知りたいと考えた。次回から,6年間のフィールドワークを紹介したい。

つづく

参考文献
1)Benner P著.井部俊子,ほか訳.ベナー看護論――達人ナースの卓越性とパワー.医学書院;1992.
2)Dreyfus HL,ほか著.椋田直子訳.純粋人工知能批判――コンピュータは思考を獲得できるか.アスキー出版局;1987.
3)波多野誼余夫,ほか.文化と認知.坂本昴編.基礎心理学講座 第7巻.思考・知能・言語.東京大学出版会;1983.
4)楠見孝.仕事の熟達化に及ぼす社会的支援と知識・技能の構造化――飲食店アルバイトの事例研究.日本教育心理学会総会発表論文集.1992;34:389.
5)楠見孝.仕事の熟達化に及ぼす社会的支援と知識・技能の構造化(2)――大学生の販売アルバイトの事例研究.日本教育心理学会総会発表論文集.1993;35:442.
6)福島真人.暗黙知の解剖――認知と社会のインターフェイス.金子書房;2001.
7)Nelson RR, et al. An evolutionary theory of economic change. Belknap Press of Harvard University Press; 1982.
8)Lave J,ほか著.佐伯胖訳.状況に埋め込まれた学習――正統的周辺参加.産業図書;1993.

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