医学界新聞

連載

2011.12.12

看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて

【第9回】
組織ルーティンからの時折の離脱(2)

武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)


前回よりつづく

 多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。


 前回から,「組織ルーティンの学習」「組織ルーティンを超える行動化」に続く第3の変化,「組織ルーティンからの時折の離脱」を紹介している。この変化では,経験を積んだ看護師が,患者のためによいと思うことをするために,ほかの看護師がしないような予定変更を行ったり,ほかの看護師なら行うことをあえて「行わない」選択をする。しかし,医師の指示は別格で,法的にも,患者に危害を及ぼさないためにも,看護師は医師の指示を守ろうと努め,逸脱はインシデントや事故として報告される。それでも経験の長い看護師の中には,あえて医師の指示から逸脱する行為を選択することがあった。

 20数年の経験を持つ看護師Rさんの看護場面を紹介したい。

医師の指示を超えて

 Rさんはこの日,術後10日目の脳出血患者を受け持っていた。この病棟は脳神経外科と神経内科の混合病棟で,手術を受けた患者は通常脳神経外科が受け持つが,この患者はもともと神経内科にかかっていたため,術後すぐに神経内科に転科した。

 患者は抗凝固薬,塩酸ドブタミン,塩酸ニカルジピンなどの点滴を受けていたが,ここ数日は循環動態が安定していた。また,気管切開し酸素吸入中であったが,呼吸状態も安定していた。不穏状態で,ベッドアップ30度までの床上安静の指示にもかかわらず,すぐに起き上がって座位になってしまうため,前日まで鎮静薬を昼夜投与され,終日体幹と上肢を抑制されていた。なお,鎮静薬と身体拘束は医師からの臨時オーダーがあり,看護師判断で実施してよいこととなっていた。

 Rさんは朝,担当医に「ベッドを少し上げていっても(いいですか)?」と尋ねた。担当医は,「徐々に起こしてください。血圧がダウンしちゃうから」と答えた。Rさんに質問の意図を尋ねると,「もう座ってもよさそうだから」と言い,午後には担当医に確認して患者を車椅子に移そうと思っていると話した。また,「寝かせれば楽だけどね。寝かせたくないんですよね。はっきりしてきたから」と,日中は鎮静薬を使用しないつもりだと話した。

 最初の訪室時,Rさんは鎮静薬の影響でぼんやりしている患者の拘束をすべて外し,患者の手を握り,「起き上がらないで,横を向くだけでいられます? 約束ね。いいですか?」と声をかけて病室を出た。氷水と蒸しタオルを準備して病室に戻ると,患者は臥床していたが,額に乗せていたアイスノンが床に落ちていた。Rさんは「起き上がったんでしょうね」と言って笑った。

 昼近くになり鎮静薬が切れてくると,患者はベッド上に座り込んでしまった。Rさんは患者を臥床させ,体幹だけを抑制し,車椅子移乗の許可をもらおうと担当医に連絡した。しかし,担当医は午後から不在であった。Rさんは,「がっかり。今日は先生,ずっといるのかと思った。いつまでこんな状態で置いとくの?」と落胆した。

 病室に戻ると,患者は起き上がろうと体幹抑制を強く引っ張っていた。Rさんが「お通じ?」と尋ねると,患者は首を横に振った。「腰が痛いんですか?」と尋ねると,患者はうなずいた。Rさんが体幹抑制を外すと,患者はすぐに座位になった。Rさんは「座ると楽ですか?」と...

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