医学界新聞

連載

2011.11.21

看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて

【第8回】
組織ルーティンからの時折の離脱(1)

武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)


前回よりつづく

 多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。


 今回から,「組織ルーティンの学習」「組織ルーティンを超える行動化」に続く第3の変化,「組織ルーティンからの時折の離脱」を紹介する。この変化では,経験を積んだ看護師が患者の状態を見極めながら,最適解を得られる可能性にかけて,組織ルーティンの恩恵をあえて享受しない選択をする。慎重な判断が求められ,時には倫理的な問題をはらむ。紹介する事例は単純に模倣するものではなく,是非を判断するものでもない。しかし,事例の看護師は手を抜くためではなく,患者によりよい結果をもたらすために努力していたことをあらかじめ断っておきたい。

予定に拘束される状態から予定をコントロールする状態へ

 「組織ルーティンの学習」のさなかの看護師はもちろん,「組織ルーティンを超える行動化」を経験した看護師でも,与薬や検温のように時間が指定されているタスク,特に医師の指示によるものは,指定されたとおりに遂行すべきものと認識していた。そのため,組織ルーティンを超える実践を遂行する一方で,自分に割り当てられたタスクを指定されたとおりに実施しようと努めていた。一般的にそれが組織ルールなのだが,一部の看護師ではこのような組織ルールの拘束力が弱まっていることがわかった。

指定の拘束力の弱まり

 「組織ルーティンの学習」が進むと,特定の状況で適応されるルールが明確になり,優先順位を付け,予定を組み替えながら対処できるようになる。連載第3回(第2934号)で紹介した看護師は,1年目のころ,点滴の接続や胃ろうから白湯の注入をすべき時間に,面会者に声をかけられ,不穏患者が「家に帰る」と言って起き出してしまい,「いっぱいいっぱいで」,涙が出そうになった。しかし,彼女は3年目には,「あきらめがつくっていうか,別に命にかかわらなきゃいいや」と優先順位を付けて行動することが日常になり,4年目には,「時間は決まっていても,多少ずらしても構わなければ,私はどんどんずらしちゃう。生命にかかわることや,締切のある事務処理を優先する」と,予定を変更することへの葛藤は薄れていた。

 さらに,経験が長い看護師の中には,タスクを指定どおりに行わなければならないという意識自体が薄れていることがあった。25年の経験がある看護師Nさんは以下のように話した。

Nさん:“ねばならない”から,“でもいいや”,ぐらいに感覚が変わってきた。以前はこの時間にこれをしなければならないとか,今日はこの話をしなければならないとか,この人は何と何と何の症状をチェックしなければならないとか,それも14時でなければならないって思っていたのが,今はそれがちょっとずれて15時になってもいいやって。患者さんをお風呂に入れなければならないっていうのも,今日じゃなくても,本人の気が向いたときにやればいいって。

予定を変更することに意味を見いだす

 タスクを指定されたとおりにしなくてもよいという感覚がさらに進むと,状況に応じてタスクの遂行時間や遂行方法を変更することに積極的な意味を見いだすようになった。経験15年のOさんは,受け持ち患者の感染症が判明し,隔離するために個室へ移動させ,その後家族に事情や入室方法を説明したため,検温の時間が大幅に遅れた。

 彼女にこのことをどう思うか尋ねたところ,「新人のころも結局やっていることは同じだったかもしれない」と話した上で,新人は,その場その場で対処するうちに結果として予定がずれたというだけだが,今は優先順位を考えて,自分が予定を変更しているのだと話した。そして,「自分で予定を変えられるっていうことは,要はちゃんと看護ができているっていうこと。予定に振り回されて動くのではなくて,自分自身が根拠を持って看護をしているって思えるようになった」と話した。

「したい」ことをするために予定を変更する

 さらにOさんは,なかなか自分の気持ちを打ち明けようとしなかった患者とじっくり話すことができた場面を以下のように振り返った。

Oさん:そういう場面に今日はもっていけるなとか,この場はそういうふうに深い話までできそうだなっていうのが感じられるようになってきた。あ,ここを逃しちゃいけない,たとえ次に(他の患者の)風呂入れがあったとしても,とりあえず,もうちょっと話さなきゃっていうのが感じられるようになってきているんだと思うんです。若いころは,次に風呂入れがあったら,とりあえず,なんとかごまかして,(話を)切ってきちゃったんじゃないかな。

 彼女は,重要なサインをキャッチしたとき,他のタスクの遂行(この場面では入浴介助)を一時保留して,大切だと思うこと(この場面では患者の話を聴くこと)を選択することができた。Oさんは,「柔軟性が出てきたのかな。何が一番大切か,どれを一番優先すべきかを選択できるようになってきたんじゃないかなと思う」と話した。

「すべきこと」を「しない」選択

 タスクの実施時間をずらすことと,タスクを遂行しないことには大きな違いがあった。割り当てられたタスクの実施時間がずれることは,それが結果的になのか,積極的になのかの違いはあっても,しばしば起こった。しかし,ごく一部の看護師は,標準的な指示や計画をそのまま適用することの妥当性が疑わしいと判断した場合に,そのほうが患者によいアウトカムをもたらすという確信を持って,他の看護師なら行うタスクを遂行しないことがあった。医師の指示からの逸脱は次回紹介することとし,今回は観察の省略について紹介したい。

 ある新人看護師は,夜勤帯に肝性脳症の兆候であるフラッピング(羽ばたき振戦)を確認することについて,必要ないと思うときでも,「やっぱり記録にフラッピング・マイナスって書かなきゃいけないような気がして」,省略できないと話した。新人の場合は,決められた項目を省略せず観察することで患者の安全を担保しているともいえる。しかし,経験12年の看護師Pさんは,省略しても問題が起きる可能性が非常に低く,省略したほうが患者にとってよいと判断した場合,夜勤帯で観察を省略したり,患者の動作をさりげなくみることで代替したりしていた。

Pさん:毎回これ(フラッピングをみるポーズ)をさせられている患者さんのことを考えたら,ちょっといいんじゃないって。今日,日中フラッピングはないって言われていて,確かにアンモニアの数値が下がっていて。そういうのが出てくると,そこで優先順位から外れてくる。

 Pさんは,「昔は,あれもこれも聞かなきゃ」と思っていたが,最近は,「自分で自分の仕事が信頼できるっていうか,大丈夫だって思えるようになった」ため,「ある意味ちょっといいかげんになった」と話した。彼女は,仕事の仕方が変わったことで,忙しい準夜帯でも気になる患者と話すなど,自分がしたいことに時間をかけられるようになったという。

幅広い選択肢から自由な選択

 「組織ルーティンからの時折の離脱」では,組織ルールの拘束力が弱まり,組織ルーティンを超える実践も日常的になっているため,組織ルールと固有ルールの対立はほとんど意識されず,選択に葛藤を感じることも少ない。看護師は,「しない」ことも含む広い選択肢から,そのときその場で自分が最もよいと思うものを選べる自由さを持っていた()。

 「組織ルーティンからの時折の離脱」のイメージ
色アミ部分は「実践のレパートリー」,すなわち当該看護師によって実行され得るルール(存在を認識し習得できた組織ルールと,無効化されていない固有ルール)を表す。「組織ルーティンからの時折の離脱」では,組織ルーティンを超える実践が日常的になっているため,組織ルール,固有ルールの対立はほとんど意識されない。白色部分は,状況により,ルールの拘束力が弱まっている状態を表している。

 経験14年のQさんは,患者にとって何がよいのかは迷うことはあっても,よいと思ったことをすることでは迷わなくなったと話した。

Qさん:ああしなきゃ,こうしなきゃっていうように追われている感じは全然ないですね。どちらかというと自己中心的(一般的な意味とは異なる)なので,そういう意味では楽なんだと思います。患者さんを中心にって思って,思ったとおりに行動するところが自己中心的なんだと。そういう意味での自己中心的。自分がやりたいとか大事にしたいって思っていることを優先させるっていうことですね。

 次回は,時に倫理的問題をはらむ,医師の指示からの逸脱について紹介したい。

つづく

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