組織ルーティンからの時折の離脱(3)(武村雪絵)
連載
2012.01.23
看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて
【第10回】
組織ルーティンからの時折の離脱(3)
武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)
(前回よりつづく)
多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。
「組織ルーティンを超える行動化」が看護師に鮮明に記憶されているのに対し,「組織ルーティンからの時折の離脱」は,今の自分が「昔はしなかった」ことをしているという認識はあっても,変化した時期やきっかけを記憶していないことが多かった。そのため,「組織ルーティンを超える行動化」はしても,組織ルーティンからの逸脱はしない看護師と比較しながら,「組織ルーティンからの時折の離脱」を可能にした要因を探った。
そこを超える力
「組織ルーティンからの時折の離脱」は,経験が長い看護師の一部にしかみられなかった。経験の長さは重要な要因だが,それだけでは十分でないと考えられる。連載第8回(第2954号)で,新人看護師が不要だと思いながらも肝性脳症の兆候であるフラッピング(羽ばたき振戦)を観察していた事例を紹介した。ある看護師は,「2,3年の経験があるナースだったらわかるっていうレベルの判断は多くある」が,組織ルーティンを逸脱するには「そこを超える行動力」が必要だと話した。何かを感じとって判断できるかよりも,その判断に従って行動できるかが,組織ルーティンからの時折の離脱を可能にする要点となるようだ。
「患者にとってよいこと」への専心と根本的な自信
「組織ルーティンからの時折の離脱」は,仕事を早く終わらせるため,手を抜くための手順の逸脱ではなく,よりよい実践をしたいという思いが根底にある事例を集めたものである。
医師の指示から逸脱しながら脳出血後の患者をみていたRさん(連載第9回,第2957号)は,行動の意図を尋ねるたび,「だって,こうしたほうが患者さんにとっていいじゃない」「患者さんによくなってほしいじゃない」と答えた。
彼女は,「患者さんの気持ちを尊重したいから」「患者さんを大事にしたいから」とも言い,患者が自宅で行っている方法で洗面を介助するなど,「組織ルーティンを超える行動化」も頻繁に観察された。「患者にとってよいこと」をしたいという思いが一貫して根底にあること,そしてこれまでに「組織ルーティンを超える行動化」の結果を繰り返し確認し,自分の行動選択に根本的な自信を育んできたことが,「組織ルーティンからの時折の離脱」を可能にしたと思われた。
結果を引き受けられるという見通し
組織ルーティンから逸脱する行動は,基本的には組織ルールを守りながら行う「組織ルーティンを超える行動化」よりも周囲の承認を得にくく,特に医師の指示からの逸脱にはリスクも伴う。自分が組織ルーティンから逸脱した場合に患者や周囲,自分に起きることを予測し,その結果を引き受けられるという見通しを持てることが,「組織ルーティンからの時折の離脱」を可能にしていた。
患者の反応の見通し
患者の抑制を外したRさんに,患者が約束どおり寝たままでいると思うか尋ねると,「起きちゃうんだよね」と答えた。Rさんは,患者がベッド上に起き上がることを予測し,それでも問題は生じないだろうと判断していたのだ。Rさんは病室に戻って床に落ちている保冷枕をみても,「起き上がったんでしょうね」と笑っただけで,バイタルサインを確認することもなかった。
担当の神経内科医は「慎重すぎ」て安静度を制限しているが,患者は車椅子に移れる状態であり,医師の指示を守るために鎮静薬を使って体幹抑制を続けるよりも,ベッド上の座位を認めるほうが回復によいとRさんは考えていた。彼女は,病棟に来た脳神経外科医に,「脳神経外科の患者さんなら,この病状だともう起きてる?」と尋ね,「車椅子に乗っているかも」との返事を聞き,その確信を深めた。また,Rさんが飲水禁止の患者に少量の水を飲ませ,患者がむせた場面があった。彼女は「やっぱりむせちゃったか」とつぶやき,速やかに吸引した。彼女は患者の嚥下障害を予測し,むせても吸引で対応できると判断していた。
このように,組織ルーティンから逸脱する行動をとるときは,そのほうが患者によい結果をもたらす可能性があり,問題が起きる可能性は少なく,たとえ問題が起きても自分で対処できるという見通しを持っていた。
時間の見通し
「予定がずれる」から「自分が予定を変更する」という認識に変わったOさん(連載第8回)は,無口な患者が話し始めたとき,次の入浴介助の予定を変更したり,感染症で隔離が必要になった患者に対応するために検温の時間を変更したりすることに積極的な意味を見いだしていた。Oさんは,予定を変更しても大きな問題は生じないと判断し,その後の時間的な見通しを立てていた。
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このように,時間の遅れを挽回できるという見通しを持てることが,予定を積極的に変更することを可能にしていた。
周囲の反応の見通し
10年目のある看護師は,不要だと思っても組織ルーティンから逸脱する行為はできないという。彼女は,「他の看護師が自分をどうみているのかは結構気になります。『仕事は遅いけど,きっちりやってるね』って評価されたくて」と話した。一方,Rさんが医師の指示に反して患者に水を飲ませた判断は,患者がむせたことで間違っていたとも言えたが,Rさんは他の看護師に対し,「一瞬ストローで吸ってもらったけど,ダメですね」と自らの行為とその結果を伝えていた。この病棟で長く勤務していたRさんは,このことで他の看護師が自分への評価を下げたり非難したりすることはなく,嚥下障害の状態を情報共有できると考えていた。
周囲の看護師に許容されるという見通し,あるいは,周囲の看護師からの評価を気にしすぎないことも,「組織ルーティンからの時折の離脱」を可能にしていた。
境界の中での自由な選択
「組織ルーティンからの時折の離脱」を実現している看護師は,組織ルールの拘束力が弱まり,組織ルール,固有ルールの区別を気にすることなく,看護師である自分にできると考えた範囲から,そのときその場で最もよいと思う行動を選択することができた。選択した行動が組織ルーティンのこともあれば,逸脱することもあったが,いずれの場合も自分が主体的に選択したと感じていた。
「組織ルーティンの学習」を終えた段階で安定した看護師が,組織ルーティンの範囲内でDreyfusら1)のいう第4段階(中堅),すなわち,状況の判断に必要な要素が際立ち,それ以外の要素は背景に退いて目に入らなくなり,半ば自動的に問題に対処できる状態になることは以前述べた。「組織ルーティンからの時折の離脱」を経験した看護師は,組織ルーティンを超える範囲で第4段階に達したといえる。
しかし,留意しなければならないのは,組織ルーティンは,その組織のさまざまな要素の影響を受けながら淘汰されてきた極めて優れた実践知であり2),逸脱にはリスクが伴う点である。確かに,ルーティンは別の可能性を検討し最適解を得ることを阻害し,「時折の部分最適」にとどまる特性を持つ3)。しかし,組織ルーティンにより,患者の安全やケアの水準が保たれ,看護師間の業務分担や他部門との連携が円滑に進み,職員間や時間帯,習慣によるタスク量が調整されているのも事実である。
「組織ルーティンからの時折の離脱」は,最適解を得られる可能性にかけて組織ルーティンの恩恵を享受しない選択であり,慎重な判断が求められる。そのため,その病棟での勤務年数の長い,組織のルーティンを熟知した看護師にのみ,この変化がみられたのだろう。
Rさんは優れた判断と行動力を持っていたが,医師が判断すべき部分に看護師である自分が意見を述べるのは越権行為だと考えており,医師に自分の考えを伝え話し合うことはなかった。そのことが逆に,医師の指示から逸脱する行為を招いた。「組織ルーティンからの時折の離脱」をしている看護師には,自分にできることとして線引きした境界を一度見直してみるプログラムが有効かもしれない。
*
次回からは,いよいよ第4の変化,「新しいルールと意味の創出」を紹介したい。
(つづく)
参考文献
1)Dreyfus HL,ほか著.椋田直子訳.純粋人工知能批判――コンピュータは思考を獲得できるか.アスキー出版局;1987.
2)Levitt B, et al. Organizational Learning. Annu Rev Sociol. 1988; 14: 319-40.
3)Cohen M.D, et al. Organizational routines are stored as procedural memory: evidence from a laboratory study. Organization Science. 1994; 5(4): 554-68.
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