Fall(転倒・転落)防止プログラム
連載
2007.06.25
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
一昔前は机の上にたまっている封書をあけて見る(読む)ことが日課であったが,今日ではパソコンをあけてメールを見ることが加わった。だからといって郵便物が減ったという気もしない。忙しい世の中である。
メールはことの大小を問わずメッセージが発信された時間軸にそって並ぶ。まったく歓迎されない“出会い系”のメッセージが週明けには特に多く,それを“削除”することから始まる。そうしないと気持ちがわるい。
5月の連休明けに届いたメールの中に,大学病院の医療の質・安全管理部で勤務する友人からのおみやげメールがあった。「ごぶさたです。ずっと疲労困憊状態のくせに,この連休をつかって,米国患者安全学会(ワシントンDC)に行ってきました。直行便往復だけでペンタゴン煎餅とかケネディ饅頭など買う余裕が全然ありませんでした。お土産として学会レジュメCDを昨日お送りいたしました。ご高覧いただければ幸いです」と,なかなか味のあるメールであった。まっ,私にとっては,ペンタゴン煎餅(五角形をしているのであろう)などよりずっと価値のあるものを送るということなのでよかった。
学会レジュメCDを読もうと紙にしたら,出るわ出るわ,A4判で厚さ2.5cmほどの分量が排出された。学会レジュメがCDになっていることに感心するとともに,「New England Journal of Medicine」をはじめとした文献や,スライド原稿が整えられており,これぞ学会のみやげにふさわしいと思った次第である。
彼の心遣いへのお返しに,実際に“看護のアジェンダ”である「Fall Prevention and Risk Management」を紹介したい。
転倒・転落の根本原因を明らかにする
Fallとは,身体損傷を引き起こしたか起こさなかったかにかかわらず,体位が突然,予期せず下方に,もしくは物にぶつかったりして変化することであると定義している。日本語では「転倒・転落」ということになろう。米国では,転倒・転落によって高齢者は毎時間に1人死亡しているという。50-75%が病室内で発生し,排泄のためトイレ(浴室)に行こうとして起こる。年齢だけが転倒・転落の独立したリスク要因ではないと,Hendrich II Fall Risk Modelは述べている(このモデルが転倒・転落のアセスメントツールとして紹介される)。転倒・転落の前歴を注意深く調査し,根本原因(root cause)を明らかにすべきであるという。一患者の転倒・転落は,看護や組織に対して(1)ケアの質の低下をきたし,(2)期待に反した結果をもたらし,(3)患者に“転倒恐怖症”をうえつけ,(4)ケア提供者に罪悪感を生じさせ,(5)入院期間が延長し,(6)訴訟となるなどの影響をもたらす。
Hendrich II Fall Risk Model
患者の転倒・転落は,JCAHO(医療施設評価合同委員会)の「患者安全ゴール2005」や,ANA(アメリカ看護師協会)の「マグネット認証評価プログラム」にも規定されている。前述のHendrich II Fall Risk Modelは,看護のためのエビデンスにもとづいた転倒・転落アセスメントツールとして,Ann Hendrich(MSN,RN)が開発し妥当性が検討されている尺度である。この特徴は,リスク要因と介入方法が対応していることである。研究にもとづいた8つのリスク要因とは,(1)混迷と見当識障害,(2)抑うつ,(3)排泄様式の変化,(4)めまい,(5)男性,(6)抗てんかん薬の服用,(7)ベンゾジアゼピン剤の服用,(8)椅子からの立ち上がりである。
AHI(Ann Hendrich Inc.)の転倒・転落防止プログラムでは,まず「ベッドからの転落」を防止するために,排泄,物をとる,サイドレールによじのぼる,ベッドからの転落などに分けて介入策を示す。次は,「移動」時の転倒・転落防止である。ここでは,椅子からベッド(もしくはベッドから椅子)への移動,ベッドから車椅子への移動,車椅子から処置台への移動について介入策を示す。さらに,「座位」ではベッドもしくは椅子からのすべり落ち,不安定な体位を挙げ,「離床」時では,環境整備,歩調,排泄について対応のポイントを示している。
転倒・転落に関して収集すべきデータは,発生時刻,発生場所(病棟,病室),転倒・転落の位置,転倒・転落時の活動内容,看護記録,患者の損傷などのアウトカムである。
急性期病院では,転倒・転落は医療の過失として医師や看護師が訴えられる最も大きな要因となっているとし,リスクを防止するためには,(1)リスクアセスメントを行い,(2)対応策を実施し,(3)対応策を評価し,(4)上記について記録をとるという手順を継続することであると説明している。詳細はAHIのウェブサイトに尋ねることができる。
ふらりとやってきた一枚の学会レジュメCDで,米国患者安全学会の産物の一端を学ぶことができた。
(つづく)
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