奇妙なカップル
連載
2007.05.28
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
今月は“居住まいを正して読んでいる本”(R.ワクター,K.ショジャニア著,福井次矢監訳,原田裕子訳,新たな疫病「医療過誤」,朝日新聞社,2007年)の第12章「思い上がりとチームワーク」を紹介したい。
この章は,医師-看護師関係が実に巧みに描写される。その関係は権威的でけしからんというよりも,無邪気でこっけいでもある。書き出しはこのように始まる。
「コード・ブルー,426号室! 緊急に人工呼吸の用意,426号室!」
潜水艦が急潜水する時のように,病院中の拡声器が喚き出した。警笛が鳴り響き,いつ船体を破裂させてしまうかわからない水圧がないだけで,あとは潜水艦の中の様子にそっくりだ。これは演習ではなく,実戦なのだ。
コード・チームが現場に集合した。強盗犯人を現場で押さえようとしている警官のように,彼らはそれぞれの持ち場に着きながら必要な情報を収集した。準夜勤のまだ若い看護師,ジェーン・ハイアットが,自分の患者が灰色に見えるほど青ざめ,息をせず,脈も触れないことに気が付いたのだった。
再びのコード・ブルー
426号室で開始された心停止に対する応急措置(この訳は,“処置”の方がよい)はこのように記述される。*
医師の一人が太いカテーテルを患者の腕に差し込み,静脈注射の血管を確保した,エピネフリン,重炭酸塩,アミオダロン,アトロピンといった強力な,救命用の薬の容器が,陽気なディナー・パーティで客の手から手へと回されるチーズ・スナックのように患者の胸の上を行き交う。これまで一度もチームとして一緒に働いた経験のない医師と看護師が,指示を怒鳴り,声高に質問する。〈中略〉
野次馬が戸口に集まり始めた。その中には医療スタッフもいて,手伝えることはないかと顔を見せたのだった。他は単なる好奇心から覗きに来た者で,交通事故で怪我をし,首にカラーを巻いた他の病室の入院患者もいる。また声が上がった,騒ぎを抑えるようにチームリーダが怒鳴ったのだ。
「ここに用のない者は,出てってくれ!」
*
ここから先の物語を要約するとこうなる。コード・ブルーでやってきた「うぬぼれと紙一重」の自信家であるリーゲル医師は,当該患者のカルテをめくって「DNR」(心肺蘇生術施行禁止)であることを知り,コード・チームはすべての作業を中断して「静かに部屋から出て行った」のである。レジデントの一人が事故報告書を書くつもりでいた。「すっかり気落ちしてしまった」ハイアット看護師が426号室の片づけをしていて,リーゲル医師が残していったカルテをみて別の患者のものであることに気づいた。再び「コード・ブルー,426号室」が拡声器から流れ,「義務感から,コード・チームは急いで426号室に戻り,中断したところから処置を再開した」が患者はもう処置に反応しなかった。リーゲル医師はこの一団の中にはいなかった。
安全を守るためにはどんな声も無視されてはならない
この事件は,“そんなはずはない”と思っているハイアット看護師が「発言しなければならない時にためらって,何も言わなかったことが,こんな事態を引き起こしたのだ」と指摘し,医療提供者の「階層社会」を論考している。「医師と看護師は“奇妙なカップル”の元祖であり,まるで別の世界に住んでいるように見えることさえある」とし,「きわめて緊密に一緒に仕事をしてきたグループ同士にしては驚くほど相互理解がなされていないし,互いの役割を評価しようともしていない」という。その相互無理解の状況をこのように記述している。「医師はまだ看護師を事務員や家政婦に毛のはえた程度のもので,おまるをきれいにしたり,薬を飲ませたりといった仕事を言われたとおりにやればよい,優しいだけが肝心の,頭のよさなど必要ない職業だと思っている。一方,看護師は医師を,生まれつき“目下の者”とうまくやってゆくことが苦手な,野心的で鼻息の荒いアホばかりだと見ている。そして“目下の者”こそ,実際に病人を“ケア”して実務をこなしている者たちなのである」と。
大変,痛快な「医師-看護師関係」説である。第12章は,しかしながら,このようにしめくくられる。
「医療で,協力し合う姿勢をもっと生み出して行かないといけないことは明らかである。すべての,どのレベルの医療提供者も自由に報告を行い,過ちから教訓を得,協調して行動し,問題に気付いたらまだ何とか解決できるうちにそのことを発言する雰囲気が生まれるとよい。〈中略〉特に医師は“艦長”ではなく,他分野にわたる専門家が集まったチームを統括する役割を担った者として,自分を見直さなくてはならない。そしてチーム内では,安全を守るために,どんな役割も,どんな声も無視されることはない」
“奇妙なカップル”の変容を新しい教育に期待したい。
(つづく)
この記事の連載
看護のアジェンダ
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