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第131回日本解剖学会総会・全国学術集会の話題より

取材記事

2026.04.08

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●写真 座長を務めた日本解剖学会教育委員長 城戸瑞穂氏

第131回日本解剖学会総会・全国学術集会が2026年3月24~26日,岡部正隆会頭(東京慈恵会医科大学)のもと,「LIFE」をテーマに東京慈恵会医科大学(東京都港区)にて開催された。

『医学界新聞プラス』では,日本解剖学会教育委員長を務める佐賀大学の城戸瑞穂氏(写真)を座長とした指定シンポジウム「解剖学・組織学教育の質の持続性を考える」の模様を報告する。解剖学教育を取り巻く環境が変化する中,教育の本質と将来像について多角的な議論が行われた。

解剖学教育の変遷と不変のコア

まず登壇した竹田扇氏(帝京大学医学部解剖学)は,医学分野における解剖学教育の変遷について概説した。1990年代までの医学教育では,大学ごとにカリキュラムが大きく異なっていたが,2000年代以降は医学教育モデル・コア・カリキュラムやCBTの導入により教育内容の標準化が進んだ。また,近年は基礎医学と臨床医学を統合する教育が重視され,画像診断や表面解剖など臨床との接点を意識した解剖学教育が増えているという。

一方で,どの時代においても変わらない解剖学教育の本質として竹田氏は,「見ること」と「知ること」を挙げた。実際の人体を観察する経験と,解剖学用語によって身体構造を正確に記述する能力は,医療者の基盤となる重要な要素であると指摘する。また,献体による解剖実習は単なる知識習得の場ではなく,医療倫理やプロフェッショナリズムを学ぶ機会でもあると強調した。

しかし,解剖学教育を取り巻く環境には課題も多い。教育負担の増加や教員不足,研究時間の確保の難しさなどが指摘され,医学部・歯学部出身ではないPh.D解剖学者の育成も急務であるという。こうした課題に対し竹田氏は,病理学や法医学で導入されているようなコンソーシアムプログラム,すなわち地域ごとに一定数の解剖学者を育成する仕組みの整備を提案した。さらに,体系化されたトレーニングシステムの構築による教授法の担保や,高学年での臨床解剖学教育の導入による,解剖学分野へ関わる,もしくは教育を兼務する臨床医の確保などを提言した。

診断エラー研究と診断卓越性教育

続いて登壇した和足孝之氏(京都大学医学部附属病院 総合臨床教育・研修センター)は,近年注目されている診断エラー研究について紹介した。診断エラーとは,診断の遅延や誤診,見逃しなどを含む概念であり,患者安全の観点から国際的にも研究が進んでいる。米国では診断エラーが主要な死亡原因の1つであるとの報告1, 2)もあり,診断過程を改善する教育の必要性が指摘されているという。

診断エラーの背景には,ヒューリスティクス(直感的判断)による思い込みや過度な分析,身体診察の不足などがあるとされる。こうした課題に対応する概念として和足氏は「診断卓越性(Diagnostic Excellence)3)」を紹介した。これは,患者の安全性や最適性,患者中心性,公平性などを総合的に考慮しながら診断を行う能力を指す。

診断卓越性を養う教育実践の例として紹介されたのが,エコーを用いた学生教育である。島根大学は2022年より高度総合診療力修得コースとして5種類の専門コースを開設し,その中の1つであるハンズオンエコーコースでは上級生が下級生を指導するNear-Peer Learningを取り入れている。さらに学生大会「Student POCUS League」への参加などを通じて学習コミュニティを形成し,臨床技能と基礎医学を結びつける教育を展開しているという。また,解剖実習とエコー教育を組み合わせることで身体構造の立体的理解が深まり,学習意欲の向上にもつながっていると報告した。

多職種における解剖学教育の現状

次に,山田名美氏(岐阜大学医学部解剖学)は,医師養成のみならず看護師,理学療法士や作業療法士などを含む医療職の育成に際しての解剖学教育の複雑さについて報告した。学生の背景や教育環境は職種によって大きく異なり,それぞれに固有の課題があるという。

例えば医師養成の文脈では理科の基礎学力が高い一方で暗記中心の学習になりやすく,看護師養成に当たっては国家試験対策の影響から授業時間が限られる傾向がある。作業療法士や言語聴覚士の養成課程では,特定領域への関心が強く全体像の理解を促すのに困難を感じる場合もあるという。また,視覚障害者教育を行う盲学校における鍼灸師養成課程では触察による学習が形態の理解に大きな割合を占めるなど,教育方法にも多様性が存在する。

こうした状況を踏まえ,教材開発や実習前教育の工夫,アクティブラーニングの導入などの取り組みが紹介された。山田氏は「解剖学は臨床教育の基盤となる学問であり,学生が身体を立体的に理解するための最初の一歩。解剖学の重要性は,臨床教育を受けてから実感する学生も多い」と述べ,その教育的意義を強調した。

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教育者認定制度の試み

続いて登壇した奥村哲氏(玉川大学脳科学研究所)は,日本生理学会にて10年以上運用している「生理学エデュケーター認定制度」について紹介した。同制度は,教育職をめざす若手研究者や教員の教育への取り組みを可視化・評価することで,生理学教育の厚みを増すことを目標に設計された。日々の教育実践や学会大会における教育プログラムへの参加によって得られるポイントなどを評価し,一定の基準を満たした会員を学会として認定する制度である。

制度導入に当たっては,教育活動の評価方法や認定基準をめぐり,多様な議論があったという。その中で重視してきたことは,なによりも「教育職をめざす若手を応援し,生理学教育の未来を支える制度とすること」であったと,奥村氏は振り返った。

教育環境に関する全国調査

解剖学教育環境に関するアンケート調査の結果を報告したのは日本解剖学会教育委員会の江角重行氏(岐阜大学医学部解剖学)だ。日本解剖学会員を対象とした調査(回答446件)では,教育にやりがいを感じていると回答した割合は約9割に達した。一方で,教育環境が十分とは言えないとの回答は56.1%に上り,解剖学学部教育の担当講義や実習時間数などの義務が大きい上に,解剖学特有の環境すなわち御遺体の受け入れや保存管理,外科的修練など,担っている業務の大きさに比して教員や技術系職員の数が定常的に不足していること,必ずしも十分な環境が整備されていないなどの課題が指摘された。

また調査では,今後の解剖学教育者の確保の課題に加えて,すでに解剖学教員職にあっても継続して所属することに不安を感じているとの回答が半数弱存在し,回答者の約6割が教育の質を保証するための何らかの認定制度の導入を支持した。こうした結果は,教育者の育成と評価の仕組みを整備する必要性を示唆しているといえる。

解剖学教育の未来に向けて

ディスカッションでは,解剖学教育者の認定制度の設計や教育評価の在り方,地域格差の問題などについて意見交換が行われた。近年,研究業績や研究費獲得額などの指標が重視される一方で,教育活動は評価されにくいとの指摘があり,教育に尽力する教員を適切に評価する仕組みの必要性が共有された。しかし,教育の質をどのような指標で評価するのかについては意見が分かれ,他分野の取り組みも参考にしながら検討を進める必要性が示された。

また,とりわけ地方大学では解剖学教育を担う教員や実習を支える技術職員の不足が深刻であり,教育体制の維持が課題となっているとの指摘もあった。こうした状況に対し,大学間で人材や教育資源を共有する連携体制の構築や,教育現場の孤立を防ぐための情報共有の仕組みづくりの重要性が強調された。

さらに,解剖学教育の根幹として,献体に真摯に向き合う姿勢や倫理観を学生に示すことの重要性も改めて指摘された。解剖学教育は単なる知識の習得にとどまらず,医療者としての価値観や姿勢を形成する場でもあるからである。

シンポジウムの議論を通じて,解剖学教育の持続性を確保するには,人材育成や教育が公平・公正に評価される仕組みづくり,財政的支援を含む教育資源の拡充や共有,学会による支援体制の整備など,学会員が連携しながら関係する多方面への働きかけや取り組みが必要であることが確認された。基礎医学教育の基盤としての解剖学の重要性を再認識するとともに,次世代の教育体制をどのように構築していくのかが今後の課題である。


1)BMJ.2016[PMID:27143499]
2)J Gen Fam Med.2022[PMID:35509337]
3)BMJ.2022[PMID:35172968]

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