医学界新聞

連載

2017.06.26


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第150回〉
意思決定支援とは何か

井部俊子
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 そのカンファレンスで私はこのようにあいさつした。「私は前回の『看護のアジェンダ』(本紙第3225号)で,『本当の看護を求めて』と題して看護の危機について書きました。そのなかで,“訪問看護師は病院看護師の評価を在宅に戻った利用者から聞いているわけであるから,両者で共通の事例について吟味し,事例から学ぶ仕組みを作らなければならない”といった趣旨のことを書きました。この続きを書くためにやって来ました」。

退院調整カンファレンスに本当の看護を求めて

 やって来たのはA市立病院の会議室である。5月の水曜日の午後,1時間のカンファレンスに,15人の病院看護師と,A病院を退院した患者Bに訪問看護サービスを提供した「山の上ナースステーション」管理者の柴田三奈子さんが参加した。配布された「退院調整カンファレンス資料」に記載されたカンファレンスのテーマは「終末期の患者さんの意思決定を考え,退院調整を行った症例の振り返りから,患者の意思決定を支える上での退院調整支援の在り方を明確にする」ことであった。

 患者Bは91歳男性,妻(88歳)と息子(61歳)と暮らしていた。陳旧性脳梗塞や気管支喘息の既往があり要介護1であった。入院前は杖歩行をしており,妻の介助を受けてトイレに行くことはできた。今回の入院は,「心不全,肺炎,肝硬変,肝細胞がん」によるものであった。肝細胞がんであることは本人へは伝えられていない。

 患者Bは3月31日に入院。入院時から心不全と肺炎の治療が行われた。肺炎の状態は安定していったが,肝硬変,肝細胞がんによる腹水貯留が進み,食事摂取量が減少し全身状態が悪化した。酸素吸入やNIPPVなどで不穏状態となり医療処置を拒否することもあった。

 妻はほぼ毎日病室を訪れ,身の回りの世話や食事介助を行った。患者Bはがっしりとした体格であり,家庭では主導権を持っていた。言い出したら聞かず怒り出すこともあった。「妻が作るごはんは食べられる」と言うので,病棟ではいつでも妻がやって来れるよう配慮した。

 そうこうするうちに患者Bは「一度でいいから家に帰りたい」「思い残すことはないし,最後は家に帰りたい」と強く言うようになった。家族は,患者BのADLが低下しており息子もぎっくり腰のため,自宅への退院は無理だと考えていた。看護師は主治医の意向も確認し,在宅で行う介護方法を説明するとともに,社会資源の活用を提案するなど,家族の思いを聞きながら問題に対処した。

 その後,「本人があんなに帰りたがっているなら帰してあげようという話になりました」と家族は語り,さらに「看取ることも考えていますが,もしもの時はまた来てもいいんですか」と言った。患者Bの状態は悪化していったため,帰宅することができなくなるのではないかと看護師は案じたが,家族には内緒にしていた。

 結局,患者Bは4月21日に退院した。病棟では退院調整看護師とともに,退院前カンファレンスを開いて具体的な退院計画を立てた。在宅酸素療法導入,膀胱留置カテーテル管理が必要となったため,訪問診療・訪問看護体制を整えた。家族へは排尿処理やおむつ交換を指導し,息子にもおむつ交換を体験してもらった。

 自宅退院したあとに患者Bを担当したのは,柴田さんの訪問看護ステーションである。患者Bは5月9日に死亡するまでの19日間,自宅で過ごすことができた。

なぜ患者は退院を切望したのか

 私が参加したカンファレンスでは,患者Bの入院中の状況説明が終わり,ようやく訪問看護師の柴田さんの番になった。柴田さんはおもむろに話し出した(「病棟ナースにフィードバックする際は相手を傷つけないようにするため,ストレートな話し方は避けるよう気を遣っている」と,柴田さんは私に話してくれた)。

 柴田さんの話は,私にとって戦慄が走るほどのインパクトがあった。ポイントは二つである。一つ目は,「なぜ患者Bはあれほど家に帰りたいと言ったのか」という点である。患者Bには「人生を終わりにしてしまいたい」と思ったほど入院中に辛かったことがあった。それは抑制されていたことである。身体拘束が死ぬほど辛く,それから逃れたかったのだ(しかしこのことは,病院看護師のプレゼンテーションでは全く言及されなかった)。

 二つ目は,家族(特に息子)が患者Bの死亡に直面し大きく動揺した点である。父親はもっと長生きすると息子は思っていたのである。看護師は退院できないくらいに状態が悪いと“読んで”いたわけだから家族にも「もうそろそろ」と伝えておくとよかった,と柴田さんは言った。

 患者Bは,「退院してすごくよかった」と柴田さんに話した。食べる量が増え内服薬も理解し,睡眠障害はあったが不穏状態はなかった。息子は患者Bの介護に手を出さず,理想を語るだけで全て母親にさせていたという。

 「退院したい」と願う患者の背後にある「退院したい本当の理由」に迫るべきだ,と柴田さんは話した。

つづく

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