医学界新聞

対談・座談会 勝俣範之,山本昇,後藤悌

2022.11.21 週刊医学界新聞(通常号):第3494号より

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 勝俣範之氏らが初版の編集に携わった『がん診療レジデントマニュアル』(医学書院)発行から25年を経て,この度第9版が上梓された。四半世紀の間には分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬といった画期的な治療薬の登場など,がん診療の在り方自体が大きく変容した。本紙では勝俣氏を司会に,同じく本書の編集にかかわる山本昇氏,後藤悌氏の3氏による座談会を企画。近年の歩みを振り返るとともに,高齢化に伴い重要性を増し続けるがん診療は今後どう変わっていくのか,その展望を語った。

勝俣 気心の知れた3人ですが改めて,今日は集まっていただきありがとうございます。私が企画に携わった『がん診療レジデントマニュアル』(医学書院)が,初版発行から四半世紀の節目を迎えました。山本先生が第2版から,後藤先生が第7版から現在まで編集に携わってくれています。

後藤 初版はどういう経緯で発行に至ったのですか?

勝俣 きっかけとなったのは,それまでエビデンスに基づいた信頼できるがんの教科書がなかったことです。1990年代後半の当時は,EBMという言葉が米国で生まれたばかりの黎明期でした。その中で私は,「自分が臨床で使用できる本が欲しい」と考えました。また当時,がんは外科が診ていたため需要が懸念されたものの,私は「腫瘍内科」と「エビデンスベースト」にこだわった教科書にしたかった。実は,本書にはプロトタイプがあったのですよ。

山本 そうなのですか。

勝俣 ええ。国立がんセンター中央病院で,私の前にチーフレジデントを務めた小山博史先生(東大)が院内の研修用に作った「がんセンターレジデントマニュアル」です。小山先生もさまざまな出版社に相談したものの,発行を断られたそうです。その経緯を知っていたので,私から当時の上司だった渡辺亨先生(浜松オンコロジーセンター)に相談し,総長の故・阿部薫先生から医学書院に企画を持ち込んでもらいました。

後藤 レジデントから話を上げたのですか。すごいですね。

山本 当時レジデントだった私も,抗がん薬の血管外漏出に関する項目を執筆担当したのを覚えています。

勝俣 「レジデントによる,レジデントのためのマニュアル」がコンセプトですからね。レジデントが執筆を担当する方針は今も踏襲してくれているのですよね。

山本 はい。ただ,専門的知識を要する内容は,該当領域の医師に確認を依頼しています。また,レジデントが配属されていない領域もあって,担当に悩むこともありますね。一方で,例えば肺がんや胃がん,乳がんなど症例数の多い領域は,自ら「書きたい」と言ってくれるレジデントもいます。

後藤 執筆に前向きに取り組んでくれる若手が多いのは,伝統がなし得る業でしょう。締め切りなどもきちんと守ってくれます。もちろん,われわれがプレッシャーをかけているのもあるでしょうけど(笑)。

勝俣 誇りを持ってくれているのは素晴らしいことですね。昔の編集委員会はすったもんだしたものです。中でも第4版の編集時に,中島光先生(米セントルーカス大病院/テンプル大)と山本先生が喧嘩を始めたのは印象深いですね。でも,それほど真剣に取り組んでいたということですよね。

山本 喧嘩というほどではなかったですけど(笑)。米国帰りの中島先生が米国の標準治療を推奨されるのに対し,抗がん薬の用法・用量の違いなど,日本の現状から完全に離脱できない当時の私がいました。ただ,今から考えると非常に刺激を受けました。また,版を重ねて緩みかけていたエビデンスベーストの方針を,中島先生が再確立してくれたのですよね。

勝俣 その後,私は第5版を最後に編集から離れてしまいました。この度発行した第9版からは後藤先生が編集の中心を担っていると聞きます。何かと苦労されるかと思いますが,この本を引き続きよろしくお願いしますね。

後藤 はい。学びがいがあり面白い領域ですので,若手には本書をきっかけにして,ぜひがん診療に興味を持ってほしいですね。

勝俣 さて本日は,本書にちなんでこの四半世紀におけるがん診療の歩みを振り返り,今後の展望までお話しできればと思います。おふたりは,がん診療の変化をどうとらえていますか。

山本 長期生存できる患者さんが増えました。私が当院に赴任した1995年当時,肺がん患者さんの予後は1年だと指導されました。現在は気づけば5年の付き合いという患者さんも多くいらっしゃいます。

後藤 もちろん患者さんごとの幅がありますね。5年以上治療を続けている患者さんもいれば,予後の悪い患者さんもやはりいらっしゃいます。また,以前は当初の見込みと疾患の進行が概ね一致していましたが,経過中に病状がダイナミックに変わることが増えました。2年以上,まるで病気など抱えていないかのように元気に過ごした後に,急激に悪化する患者さんがいるのです。

勝俣 特にお二人の専門である肺がん患者さんの予後は劇的に変わりましたよね。それはひとえに治療が進歩したためでしょう。どんな治療が生まれたか,改めて教えてください。

山本 まず挙げるべきは,やはり分子標的薬(MEMO①)です。今ではより優れた薬が上市されていますが,肺がん領域で画期的だったのは,何と言っても2002年に非小細胞肺がんに対して実用化されたゲフィチニブ(イレッサ®)です。患者さんの長期予後が見込めるようになり,10年近く継続してイレッサ®を使用している患者さんもいます。

勝俣 現場では衝撃的でしたよね。

 分子標的薬の次の進歩が,免疫チェックポイント阻害薬(MEMO②)の実用化です。どのような印象でしたか。

後藤 腫瘍内科医になって初めて,「治るかも」と期待を持ちました。中でも肺がんにはよく奏効しますね。肺がんでは,2015年12月にニボルマブ(オプジーボ®)が,切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌に対して初めて承認されました。それからまだ7年ほどですが,ニボルマブ投与後に寛解し,その間全く無治療の患者さんもいます。再発が起こり得るがんについて,何年経過すれば「治った」のかはわかりませんが,近い状態と言えるでしょう。

勝俣 素晴らしいですね。がんと共存できる時代になったと言って良いでしょう。この四半世紀のがん診療において,90年代後半から2000年代初頭の分子標的薬の実用化が第一の変革で,10年代の免疫チェックポイント阻害薬の実用化が第二の変革ですね。

山本 それから,以前と比べると緩和ケア科からの協力も得やすくなりました。また一般への周知も進み,患者さんからも緩和ケアの導入を肯定的にとらえていただけます。がん治療に伴う肉体的・精神的負担に立ち向かうには,治療開始早期からの緩和ケアが欠かせません。転院・退院調整などさらなる連携強化は必要ですが,個人的には新規薬剤の開発と同等の進歩だと考えています。

勝俣 では,がん診療は今後どのように変化していくでしょうか。例えば,2019年にはがんゲノム医療(MEMO③)が保険適用され注目を浴びました。山本先生はがんゲノム医療にも携わっていましたね。まだ模索段階の感もありますが,手応えはどうでしょう。

山本 臨床試験を含め,遺伝子異常に対応した薬剤投与にうまく結びつけば,がんが劇的に縮小することもあります。つまり,一部の人は大逆転です。

勝俣 あくまで一部なのですね。確かに遺伝子パネル検査で判明した遺伝子変異に対応する治療薬の投与に結びつくのは,約10%と言われます。

山本 あまり知られていませんが,その10%の全員に効くわけではなく,明確に効果が得られるのはそのうち40%ほどです1)。また,遺伝子異常が見つかっても対応する薬がないことも多々あります。

勝俣 今後のがん診療の課題は,遺伝子異常を解明しても薬がない点になるでしょうか。新薬の開発が課題になりますね。

山本 私は,国内で新薬が使用できなくなる「ドラッグロス」を懸念しています。2000年頃,海外で承認された薬が国内で使用できないドラッグラグが社会問題になりました。当時は数年遅れで本邦でも承認され使用できましたが,それすらもなくなってしまうかもしれません。

 現在,新薬の開発は海外のバイオテックが精力的に行っています。それらのベンチャー企業は優れた技術を有している一方で資金力に乏しく,米国を中心としたより市場の大きな国に焦点を合わせる傾向が強い。彼らがわが国にマーケットとしての魅力を感じなければ,国内で新薬の開発が行われなくなるだけでなく,海外承認薬を国内で承認するためのブリッジング試験も行われなくなっていくのではないでしょうか。

後藤 薬剤の承認に関する本邦の規制が厳しいことが理由の一つですよね。諸外国とは「承認」の意味が異なり,承認と保険償還がセットになっているのは本邦のみです。承認を受けた途端に最もエビデンスに基づいた治療を提供でき,国民皆保険制度により患者さんの負担も少なく済みます。対して経済が優先され薬の使用を費用対効果で制限する他国では,承認されても患者さんの自己負担となることも多く,われわれほど薬を自由に使えません。

 これからどうかじを切るかが重要です。これからも「大きな政府」で社会保障を続けるならば,バイオテックに働き掛けてドラッグロスを解消するための方策が必要です。一方で現在のような社会保障をやめて規制を緩めれば,患者さんの負担は増えるものの新薬をわが国でも使用できるでしょう。特に肺がんの領域では,一度承認された薬ならば本邦は使用量が多く,薬剤の売り上げは米国,中国に次いで世界で第3位と大きなマーケットですから。

勝俣 国内での新薬開発も推進しなければなりません。日本ではあまり日の目が当たりませんが,創薬は重要です。

 米国では,国立がん研究所と米国食品医薬品局(FDA),そしてバイオベンチャーを含む製薬企業とが月1回など頻繁にミーティングを行うそうです。また,各機関同士の人材交流も活発で,産官学が一体となって創薬に取り組んでいます。対して,国内は規制が厳しいのですよね。PMDAの退職後2年間は,製薬企業等で関連の業務に就くことができません。人材交流や連携を強化して,臨床研究を行う。そうして創薬を進める体制が構築できれば理想的ですね。

勝俣 がん診療には他領域との連携も欠かせません。高齢化に伴いがんの罹患数が増え続ける中,これからのがん診療においては特に総合内科医やプライマリ・ケア医など,ジェネラリストとの連携がより重要になると考えています。しかし,ジェネラリストの中にはがんを苦手とする医師が多く,また,そもそもがん診療の進歩や実際,生じる副作用などに対する周知が進んでいないと感じます。

山本 診療のすそ野を広げるためには,地域の先生方にも診てもらえるといいですよね。

勝俣 ええ。実際に多くのプライマリ・ケア医ががんを診ていて,関心は高いのです。ただ,がん治療医への不信感もあるようです。彼らからすると,最初の診断を行って専門医に紹介した後はほとんど音信不通になり,終末期になって抗がん薬の副作用を抱えた患者さんが再び来院する。もちろんわれわれも患者さんのために悩みながら診療を行っています。これからは情報共有を密にし,患者さんの途中経過も見てもらいながら情報を共有していく。そうして腫瘍内科医の診療内容を知ってもらう働き掛けが必要だと思います。

 その橋渡しとして刊行したのが,『ジェネラリストのためのがん診療ポケットブック』(医学書院)です。あえて治療法の詳細は詳述せず,副作用への対応や予防・検診,食事,代替療法,緩和ケアまで,プライマリ・ケアを担う医師にぜひ知ってほしいことを記載しました。

山本 本書を取っ掛かりにして,がん領域に興味を持ってもらう。より深く学びたい方に『がん診療レジデントマニュアル』を参照してもらえるといいですね。

勝俣 双方は補完的な内容になっていると思います。『ジェネラリストのためのがん診療ポケットブック』などを参考に,予防やがんサバイバーのケアなどをジェネラリストにも担っていただく。分担ではなく,良く連携し,「役割をシェア」するのが重要だと思っています。予防やがん治療に伴う併存疾患のケアなどはプライマリ・ケアの医師にも担当してもらい,真にがんの専門領域にかかわる部分を専門医が診る。近年は分子標的薬も免疫チェックポイント阻害薬も新薬が次々に出ます。どの薬を使用するかの選択から副作用対策まで,幅広いがん種に対して経験や知識を持つ腫瘍内科医以外がマネジメントを行うのは難しいでしょう。

後藤 同感です。おっしゃる通り,臓器横断的なマネジメントが難しくなりました。そこはわれわれ腫瘍内科医に任せてもらい,普段のケアはジェネラリストに任せるなど,連携を進める必要があるはずです。

 また,例えば全国のがんセンターで治験を行い,通常治療への移行後は元の病院に転院するなど,これからは施設単位でも地域と連携して医療を実践していかなければならないと思います。当院をはじめとするがん診療の拠点となる病院が担うべき治療はもちろんありますが,そこだけで患者さんに治療を提供し続けるのはいずれ限界が来るでしょう。現在の紙媒体による医療情報の共有では難しい点も多々ありますが,これから電子カルテの共有やパーソナルヘルスレコードの整備が進めば,きっと可能なはずです。

勝俣 つまり,専門医が専門診療に集中できる環境を作ること。それががん診療のさらなる発展や国内の創薬推進にもつながっていくはずです。また,がんをジェネラリストの先生方が担当,連携する環境を作っていくことで,患者さんの医療への満足度,安心感は高まると思います。その連携とそれぞれに求められる知識の習得に,二冊の書籍を利用していただければ幸いです。

(了)

がん細胞の増殖や浸潤,転移にかかわる分子の働きを阻害することで抗腫瘍効果を示す薬剤。標的分子ががん細胞に特異的でなく正常細胞にも存在することで,臓器に毒性が生じることもある。本邦では2001年にHER2たんぱくを標的とするトラスツズマブが乳がんに対して初めて承認された。

がん細胞がT細胞からの攻撃を回避する免疫寛容の獲得にかかわるPD-1,PD-L1などの結合を阻害することで抗腫瘍効果を得る薬剤。本邦では2014年にニボルマブが悪性黒色腫に対して世界に先駆けて承認された。

がん患者の腫瘍部と正常部のゲノム情報を用いて遺伝子異常を明らかにすることで,治療の最適化や予後予測,発症予防を行う医療。2019年6月には,高性能の遺伝子解析装置を用いて多数の遺伝子異常を同時に測定する「がん遺伝子パネル検査」が保険適用された。


1)Nat Rev Clin Oncol. 2019[PMID:31477881]

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日本医科大学武蔵小杉病院 腫瘍内科 教授

1988年富山医薬大(現・富山大)卒。茅ヶ崎徳洲会総合病院(当時)での研修を経て,92年国立がんセンター中央病院内科,2003年同院薬物療法部薬物療法室医長。04年米ハーバード大公衆衛生大学院留学。10年国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科外来医長。11年より現職。『がん診療レジデントマニュアル』(医学書院)を企画し,第5版まで編集を務める。近著に『ジェネラリストのためのがん診療ポケットブック』(医学書院)。

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国立がん研究センター中央病院 副院長/先端医療科 科長

1991年広島大卒。95年国立がんセンター中央病院内科にて研修後,同院呼吸器内科,医員を経て,2013年より先端医療科科長。19年より臨床研究支援部門長,副院長(研究担当)を兼務。第2版から『がん診療レジデントマニュアル』の編集に参画する。呼吸器内科を専門とし,新規抗がん薬の早期開発に携わる。

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国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科 外来医長

2003年東大卒。同大病院,三井記念病院,国立がんセンター中央病院などで経験を積んだ後,11年より東大病院呼吸器内科助教。14年国立がん研究センター中央病院呼吸器内科医員,16年より現職。『がん診療レジデントマニュアル』第7版から編集に参画。この度発行した第9版では,編集の中心的役割を担った。診療の傍ら,呼吸器腫瘍に関する新薬の開発・実用化に尽力する。

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