成果を挙げるリーダー研修とは(井部俊子)
連載
2017.04.24
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加国際大学名誉教授 |
(前回よりつづく)
最近読んだものの中で,「なるほど,やはりそうか」と思った論文を取り上げたい。それは「リーダー研修はなぜ現場で活かされないのか」1)である。
社員教育という名の大盗賊
著者たちはのっけから「企業は,社員教育という名の大盗賊の犠牲者である」という。つまり,米国企業は社員の研修や教育に2015年だけで1600億ドル,世界全体では3560億ドル近くもの資金を投じているが,社員教育で教えることのほとんどが組織のパフォーマンスの向上につながっておらす,社員たちはすぐに従来の方法に回帰してしまうと指摘する。
ある企業のマイクロエレクトロニクス製品事業部は,リーダーシップや組織の有効性を改善するための研修プログラムに投資し,事業部で働く社員のほぼ全員が受講した。「受講者たちは,このプログラムを非常に効果的だと評価した。彼らはまる1週間の日程で,チームワークが要求される多数のタスクに取り組み,そこでの言動に関して個人とグループの両面からリアルタイムの評価を受けた。その後,学習内容を組織に持ち帰る計画を立てて,プログラムを終了した。なお,受講前後に行った調査からは,受講生たちの態度が変化したことがうかがわれた」という(この記述は,われわれが行っている「コンピテンシーを基盤とした看護管理者研修」にも当てはまる)。
しかしそれから2年後,新たに着任したゼネラルマネジャーの指示で,この高コストなプログラムの成果を評価したところ,「プログラム自体が啓発的なものだったとはいえ,最終的にほとんど変化を生み出していない」と判断されたのである。「マネジャーたちは,チームワークやコラボレーションに関する学習を実施したところで,その内容を現場で応用するのは不可能だと悟っていた」。つまり,「変革の戦略という意味で研修プログラムが機能していなかった」と指摘している。
1980年代に行われた,研修プログラムが組織変革を促進しないことを実証する研究によると,「たとえよく訓練されて高い意欲を持った社員でも,物事の進め方が決まった形で定着している自分の職場に戻ると,新しい知識やスキルを活用できない」点があることが問題であり,個々の社員の組織体制を変えようとする力よりも,社員を型にはめようとする組織の力がまさっていて「かなわない」のである。
別の研究では,組織は研修が促す変化の「種」を育てる以前に「肥沃な土壌」を用意する必要があることが示された。教育や研修が最も効果を発揮する条件は,上級幹部の支持を受けて,高い透明性を保って組織の変革や開発が行われる場合であり,そうした条件が整っていると,研修は学習や変化に対する人々の意欲を引き出し,学びを実践する場を生み出し,個人や組織の有効性を向上させ,持続的な学びを支える仕組みをつくり出すという。
しかも誤った教育イニシアティブによって,社員たちに「冷笑的な態度が生まれる」と述べている。人材開発において,システムそのものが変わらない限り,研修プログラムが個人の行動の変化を支えたり持続させたりすることができず,むしろ社員を失敗へと向かわせるだろうと述べている。
変革を阻む6つの障壁,人材開発の6ステップ
次に著者たちが指摘するのは,企業を一貫して苦しめる6つの障壁である。それらは,①方向性の見えない戦略や価値観,②チームとして機能しない上級幹部陣,③トップダウンまたは放任主義的なリーダーのスタイル,④組織設計の不備による事業,機能,地域間の連携の欠如,⑤人材開発に向けられる経営陣の時間と関心の乏しさ,⑥組織の有効性を損なう障害物を幹部チームに報告することに対する社員の恐怖心である。これらの障壁を「サイレントキラー」と称し,効果的な研修や教育プログラムの実行に必要なシステムの変革を妨げるものとして提示している。
そして,マネジャーのための建設的な学習プログラムを実施する以前に,全社的な課題に対処する必要があるとして,以下6つの基本ステップから成る人材開発アプローチを推奨している。
1)上級幹部チームが,価値観と,社員を触発するような戦略的方向性を明確に定義する。
2)上級幹部チームが,マネジャーや社員から率直な意見や知見を匿名で収集し,戦略の実行や学びを妨げる障壁を特定する。その障壁を克服するために組織の役割,責任,人間関係を再設計する。
3)日常的なコーチングやプロセス・コンサルテーションにより,新たな組織設計の中で社員がより効果的に活躍できるよう支援する。
4)必要に応じて研修を行う。
5)個人や組織のパフォーマンスに関する新たな測定指標を用いて,行動面での変化の進み具合を評価する。
6)組織の行動の変化を反映し維持できるように,人材の選抜,評価,開発,昇進の仕組みを調整する。
その際,内密に行う社員インタビューによってサイレントキラーをあぶり出すことが不可欠であり,問題の診断を組織の下位から始める「現場」主義のアプローチが重要であるとし,講義形式の学習では身につけられない能力であると述べている。
将来のリーダーを育成することは急務であり,研修プログラムが展開される。しかし,そうしたプログラムが機能することがめったにない。それは必ずしも受講者の姿勢や研修の内容に問題があるからではなく,そこに組織の変革を阻む6つの障壁があるからだと著者たちは強調する。
つまり,リーダー研修の成果を握るのは「上級幹部」であるようだ。
(つづく)
◆参考文献
1)マイケル・ビア,他著,辻仁子訳.リーダー研修はなぜ現場で活かされないのか.DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー.2017;42(4):66-76.
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