医学界新聞

寄稿 水澤 英洋

2026.02.10 医学界新聞:第3582号より

 難病は読んで字のごとく(診断や治療が)難しい病気であり,日本では医療提供体制の中で重要な区分の一つを構成している。難病は,①発病機構が不明,②治療法が未確立,③希少,④長期の療養の4条件を満たす疾患と定義され,⑤患者数が一定以下,⑥客観的診断基準の存在の2条件をさらに満たすと指定難病と認定,医療費の助成対象となる。欧米には同様の定義からなる「難病」は存在せず,強いて言えば希少疾患(rare disease)がこれに相当し,日本では希少難病と呼称する場合もある。本稿では,日本特有の医療提供体制であり,世界に誇るべき難病対策の概況と展望を述べる。

 難病の歴史は1960年代,原因不明の奇病として社会問題にもなったスモンに始まる。1972年には厚生省(当時)によって難病対策要綱がつくられ,一定の要件を満たす疾患を難病と認定し,大型研究班による調査研究推進,医療施設の整備,医療費の自己負担解消を進めることが定められた。これが現在の難病対策の原点となった。

 当初,医療費助成まで認められたのはスモン,Behçet病,重症筋無力症,全身性エリテマトーデスの4疾患であったが,その後徐々に増加して2009年には56疾患に及んだ。しかし対象疾患の拡大とともに,同様の症状をもたらす疾病が認定されていないといった公平性の問題や自治体の経済的負担などさまざまな問題が生じた。これらに対応すべく長い検討を経て成立したのが,2015年1月から施行された「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)である。医療費助成の対象疾患は指定難病と呼ばれるようになり,本法成立後に110疾患に対象はほぼ倍増し,その後も増加を続け現在は348疾患に至っている()。

 難病法の成立により,それまで全ての医師に許されていた難病の新規診断は,難病指定医のみが可能となった。これにより専門医の取得や講習会の受講が義務付けられ,診断レベルの向上にも寄与している。さらに重症度分類が導入されたことで,診断後は病状に即した治療へアクセスがしやすくなっている。また,軽症であっても医療費が高額となる場合は,軽症高額者として医療費助成が行われている。しかし「難」の程度を客観的に図る簡単な尺度はないため,他疾患から区別する根拠についてさらに検討する必要がある。

 難病においては,診断がつくことで自己免疫疾患のように発症メカニズムがはっきりした疾患と判明したり,すでに存在する有効な治療法にアクセスできたりする場合も一定数あるが,診断がついても治療法がないケースにほとんどが該当する。すなわち多くの難病患者は,対症療法とケアを中心に,住み慣れた地域社会で生活していくことになるので,さまざまな社会資源,医療介護制度などを活用できることが重要となる。

 現在,各都道府県には一つ以上の難病診療連携拠点病院が置かれ,領域別難病診療連携拠点病院,難病医療協力病院,かかりつけ医などが協力し合う。県レベルの難病医療連絡協議会,保健所レベルの難病対策地域協議会の指導のもと,県レベルの難病相談支援センター(難病診療連携コーディネーター)の支援により診療連携が進められている。指定難病のうちALSなど7疾患は64歳以下でも介護保険や地域包括支援センターが利用可能だが,市町村レベルで設置されている後者は患者により近い存在として,全ての難病で活用できるようになることが望ましい。難病のケアには認知症など他の疾患のケアと共通化できる部分もあり,地域資源の有効活用にもつながると考えられる。

 また,難病患者就職サポーターによる就労支援や患者会・家族会によるピアサポートも難病支援の大切な一面であり,これら多くのステークホルダーによる横の連携が極めて重要である。認知症で行われているように,難病医療介護推進協議会(仮称)のような会議体を設置・活用し,既存の医療提供体制との連携,協力を進めることが望ましい。

 早期診断,早期治療,発症予防は,全ての疾患で重要な基本的原則である。しかし難病はその希少性ゆえになかなか診断がつかず,何年もいろいろな医療機関を巡るdiagnostic odysseyの問題が広く知られている。われわれの正常形質や疾病は全てゲノムと環境との相互作用で規定されており,難病・希少疾患の多くは遺伝性疾患であることがわかっている。そのため,特に早期診断の実現に向けては,ゲノム情報の解明と活用が大きな鍵を握る1)

 AMEDの基幹プロジェクトである希少未診断疾患イニシアチブ(initiative on rare and undiagnosed diseases:IRUD)では,2025年までに10304家系の遺伝情報を登録し,8335家系で全エクソーム解析を行い,4132家系(49.6%)で診断を確定した。同定した原因遺伝子は903種類に上り,うち60%以上は1-2家系にしか見られず極めてまれなものだった。この結果は,難病の診断に網羅的遺伝子解析が有用であること,逆に遺伝子解析がなければなかなか診断がつかないことを明確に示しており,早期の診療実装が望まれる2)。IRUDの診断率は世界でも最高水準を誇るが,これを以ってしてもなお半数以上が未診断に止まっており,全ゲノム解析の導入などさらなる工夫が必要である。

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 難病の領域でも,根本的治療法の開発が着実に進んでいる。例えば,以前は未治療では余命1~2年であった脊髄性筋萎縮症の重症型では,核酸医薬,遺伝子治療薬,低分子化合物といった治療薬の開発により予後を大きく改善しており,患者や医療者を勇気づけてくれる。

 治療薬の開発はiPS細胞,動物モデルなどを活用した発症メカニズムの解明に基づき,標的分子を同定し,その抑制薬や促進薬を開発するという手順で進めることが多い。現在の研究開発計画には同じ領域のものも多く,これらをうまく再編成して強力な体制を構築するといったことが可能であれば,より効率的に進むことが期待される。

 また,遺伝性疾患では詳細な発症メカニズムがわからずとも,DNAやRNAを標的とすることで治療可能性が生じる。そのため診断をつける,すなわち原因遺伝子を同定することが,治療法開発の第一歩としても重要である。ヒトの遺伝性疾患と遺伝子に関するデータベースであるonline mendelian inheritance in man(OMIM)によれば,遺伝性疾患の数は2026年1月時点で10316に上ると想定されており,そのうち7割ほどの原因遺伝子が同定されている。残りを積極的に解明する難病遺伝子全容解明プロジェクトをぜひ進めたい。さらに,疾病では通常,人体を構成する組織や細胞の代謝がさまざまなかたちで障害されていることから,今後はAIなどを活用した代謝経路の解析を原因遺伝子の同定と組み合わせることで,疾患メカニズムの解明がさらに進むと予測される)。

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図 疾患の分子メカニズム
単一遺伝子病の原因遺伝子の同定は,全ての疾病の病的代謝経路における病的分子の同定に貢献する。

 難病は希少疾患が多く,通常の治験のように多数例で二重盲検試験を行うなどは難しい場合が多い。したがって,治験に使える自然歴を明らかにしたり,多くの医療機関,研究者が協力しあって研究や診療を進めたりする必要があり,国際的な連携・協力も重要である。また,難病の研究は対象疾患だけでなくよりコモンな疾患の治療に貢献する点も忘れてはならない。希少疾患である腎性糖尿病の原因遺伝子SGLT2に対する阻害薬は,今では糖尿病をはじめ,多くの疾患の治療薬として不可欠になっている。

 これからの10年間で多くの難病が難病でなくなることを祈念し,筆をおきたい。


:日本には包括的な病名が多く,例えば脊髄小脳変性症には100以上の原因遺伝子(疾患)が知られているため,諸外国の統計との比較の時には注意が必要である。

1)J Hum Genet. 2022[PMID:35318459]
2)BIO Clin. 2024;39(12)

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国立精神・神経医療研究センター 理事長特任補佐・名誉理事長

1976年東大医学部卒。同年より東大病院内科・神経内科研修医員。86年から米Albert Einstein医大Montefiore病院に留学し,90年筑波大臨床医学系神経内科助教授を務めたのち,96年に東京医歯大(当時)医学部神経内科教授に就任。2008年同大脳統合機能研究センター長,医学部附属病院副院長,11年同大医学部医学科長を経て,14年より同大名誉教授・特任教授および国立精神・神経医療研究センター病院長に就任する。16年同センター理事長を経て,21年より現職。

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