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  • がん患者のせん妄を看護する エビデンスと臨床の間で(1)がん医療におけるせん妄――せん妄のもたらす影響とケアの重要性(角甲 純)

医学界新聞

がん患者のせん妄を看護する エビデンスと臨床の間で

連載 角甲 純

2025.09.09 医学界新聞:第3577号より

 本連載では,2025年に改訂予定の『がん患者のせん妄に関するガイドライン 第3版』を踏まえ,せん妄の予防・アセスメント・対応について,最新の知見と実践的な支援の在り方を全12回にわたり紹介します。せん妄は現場での判断やケアの難しさがつきまとう症状ではありますが,本連載ではその“エビデンスと臨床の間”に橋をかける視点を大切にしながら解説をしていく予定です。

 初回となる今回は,がん医療におけるせん妄の頻度や影響,そしてこのテーマにおける看護師の役割について考えます。

 せん妄(delirium)とは,身体的異常や薬物の影響によって急性に発症する意識障害を主とする病態です1)。認知機能の障害に加えて,幻覚・妄想・錯覚などの知覚異常,不穏・無気力といった行動変化,気分の変動など多様な精神症状を呈し,日内での症状の変動もよく見られます。一過性で回復可能なこともありますが,時に深刻な経過をたどることもあります。

 がん患者におけるせん妄は,決してまれな症状ではありません。発症頻度をみると,一般病院の入院患者では約10~30%,高齢の進行肺がん患者では約40%と報告されています。さらに,緩和ケア病棟では入院時に約42%の患者がせん妄を呈し,死亡直前には約88%と,ほとんどの患者が最終的にせん妄を経験するというデータもあります。このように高頻度に発生するせん妄は,患者・家族・医療者に多大な影響を及ぼします2~4)

多面的で深刻な影響を及ぼす

 せん妄中の体験を患者は想起できないと考えられがちですが,多くの患者がその体験を恐怖や不快感として記憶していることが報告されています5,6)。また,全身状態の悪化により,転倒・転落などの事故や二次合併症が生じ,入院の長期化,認知機能の低下,死亡率の増加につながることもあります7,8)。さらに,家族も患者の急激な変化に動揺し,強い精神的苦痛を経験します5,6)。特に終末期に見られる過活動型せん妄は,死別後の抑うつ症状とも関連しており,遺族の悲嘆を複雑にする要因となることがあります9)。医療者にとっても,特に夜間に生じる過活動型せん妄への対応は,心身の大きな負担となり,症状が遷延する場合にはバーンアウトの一因ともなります。さらに,入院の長期化は医療資源の消耗やコストの増大にもつながり,現実的な課題となっています2,10)

 このように,せん妄は患者への影響,家族の苦悩,医療安全や医療体制への影響など,多面的で深刻な影響を及ぼす症状です。対応は「発症後の対処」にとどまらず,「予防」や「早期発見」を含めた包括的な視点が不可欠であり,その実現には,日常的に患者とかかわる看護師の役割が極めて重要です。

原因が多様・複雑ながん患者のせん妄

 がん患者におけるせん妄は,他の臨床状況に比べて原因が多様かつ複雑であり,看護においても高度な対応が求められます。身体的苦痛,疾患進行による臓器不全,高カルシウム血症や脳転移といったがん特有の要因,さらにはオピオイドやステロイドを含む多剤併用など,複数の身体的・薬剤的因子が重なりやすく,発症リスクが高まります。また,実際には複数の要因が同時に関与することも少なくありません。

 がん医療では,低活動型や終末期のせん妄に遭遇する機会も多く,特に低活動型せん妄は抑うつとの鑑別が難しいため,気づかれにくい点に注意が必要です。終末期のせん妄では,原因によって回復可能性が異なり,電解質異常や薬剤が原因であれば回復が見込まれる一方,脳転移や肝不全などでは不可逆なこともあります。また,近年では脱水も不可逆的な要因として位置づけられつつあります11)

柔軟なケア方針の立案が望まれる

 そのため,可逆性の見極めに応じてケアの方針を柔軟に変えることが重要です。回復が期待できる場合には,原因の除去や抗精神病薬の使用,日中の覚醒や見当識の維持などが推奨されます。一方,回復が難しい場合には,侵襲的介入を避け,苦痛の緩和を優先する支援が求められます。

 このように,がん患者のせん妄は多因子的かつ個別性が高く,予防・早期対応・症状緩和のいずれにおいても,患者に最も近い存在である看護師の継続的観察と判断が重要な役割を果たします。

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予防・早期発見において果たすべき役割

 身体症状の悪化,薬剤の影響,環境因子,終末期の状態変化など,複雑な要因が重なり合う中で,患者と最も密にかかわる看護師の継続的な観察と柔軟な対応は,ケアの質を左右します。特に予防の面では,見当識への働きかけ,視聴覚障害への補助,睡眠リズムの維持,環境調整などの非薬物療法が重要であり,看護師が日常的に実践する支援です。

 また,せん妄は日内変動があり,診察時に症状が見られないことも多いため,患者の表情・発言・行動・睡眠パターンといった微細な変化をとらえ,共有することが早期発見に不可欠です。せん妄は,予防的介入を行っていても発症することはあるため,発症後には速やかな対応が求められます。

家族支援の重要性

 せん妄による幻覚や不穏などが患者の尊厳を損なうように見える場合,家族の心理的負担は大きくなります。看護師は,家族に対し「せん妄は疾患や薬剤による一時的な症状であり,本人の人格とは異なる」ことを丁寧に説明し,ケア方針を明確に共有することで,不安や誤解を軽減する役割も担います。また,せん妄の回復可能性やケアの見通しについて家族と話し合う場面でも,他職種と連携しながら看護師が積極的に関与することが重要です。特に回復が困難な場合には,苦痛の緩和を最優先とするケアへの転換を含め,柔軟に対応が求められます。

 このように,がん医療におけるせん妄ケアは,単に症状を抑えることではなく,患者・家族の尊厳とQOLを支える包括的な支援活動であり,その中心には常に看護師の存在があります。多面的な視点と連携を大切にしながら,予防・早期発見・症状緩和・家族支援の各場面で,看護師が果たすべき役割を再確認することが求められます。

 最後に,本連載の狙いと構成をご紹介します。本連載では前述のガイドラインに基づきつつ,現場で直面する看護の実践に焦点を当て,エビデンスと経験の両面から,疑問や困難に向き合う内容をめざします。

 第1回~6回では,せん妄の定義,評価,予防,薬物療法などの基本的知識とケアの在り方を整理し,第7回~第12回では,終末期,術後,在宅,アルコール離脱など,より具体的な事例や臨床状況を扱い,現場で役立つケアの視点を紹介します()。本連載が,がん患者のせん妄ケアに携わる看護師の皆さんにとって,日々の実践を支える“伴走者”となれば幸いです。

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表 連載全体の構成

・せん妄は患者・家族・医療者に多面的で深刻な影響を及ぼす症状であり,その対応は「発症後の対処」にとどまらず,「予防」や「早期発見」を含めた包括的な視点が不可欠。

・がん患者におけるせん妄は原因が多様かつ複雑であり,可逆性の見極めに応じた柔軟なケア方針の立案・変更が求められる。

・がん医療におけるせん妄ケアは,患者・家族の尊厳とQOLを支える包括的な支援活動であり,その中心には常に看護師の存在がある。


1)American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed.(DSM-5). American Psychiatric Press, 2013.
2)Age Ageing. 2006[PMID:16648149]
3)Jpn J Clin Oncol. 2015[PMID:26185141]
4)Arch Intern Med. 2000[PMID:10737278]
5)Psychosomatics. 2002[PMID:12075033]
6)Cancer. 2009[PMID:19241420]
7)J Geriatr Psychiatry Neurol. 2006[PMID:16690993]
8)JAMA. 2010[PMID:20664045]
9)Psychooncology. 2022[PMID:35253947]
10)Arch Intern Med. 2008[PMID:18195192]
11)Cancer Med. 2020[PMID:31696671]

三重大学大学院医学系研究科看護学専攻生涯発達看護学講座 教授

2006年広島大医学部保健学科看護学専攻卒。20年東京医歯大(当時)大学院医歯学総合研究科博士課程修了。兵庫県立大看護学部准教授などを経て,22年より現職。がん看護専門看護師。日本サイコオンコロジー学会ガイドライン策定委員会せん妄小委員会副委員長。

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