がん患者のせん妄を看護する エビデンスと臨床の間で
[第2回] せん妄の評価と分類――早期発見のための視点
連載 稲田 修士
2025.10.14 医学界新聞:第3578号より
2025年9月に改訂された『がん患者におけるせん妄ガイドライン2025年版』(金原出版)を踏まえ,せん妄の予防,アセスメント,対応についてご紹介する本連載。第2回では,せん妄の診断基準とサブタイプ,日々のケアの中での評価ポイント,そしてせん妄の評価尺度について説明します。
せん妄の診断基準
せん妄というと不穏で暴れているとか,点滴を抜いてしまうとか,危ないことが起こっているイメージがあると思います。しかしながら,それはせん妄の一側面であり,そうでない場合も多く見られます。表は米国精神医学会によるせん妄の診断基準(DSM-5-TR)です。①注意障害,②急性の発症,③認知機能障害を伴う,④他の認知機能障害では説明できない,⑤身体疾患や物質中毒/離脱によるものである,という5つの診断項目からなっています1)。不穏はあくまでせん妄による注意障害と認知機能障害の結果生じている精神運動活動の表れの一例なので,必ずしもせん妄の全てに見られるものではないのです。
どのような精神運動活動が起こっているかによって,せん妄はさまざまな見え方をします。DSM-5-TRではせん妄を精神運動活動性により過活動型,低活動型,活動水準混合型の3つのサブタイプに分類し,せん妄の診断がつく場合にはどのサブタイプに該当するかを特定するよう求めています。不穏でイメージされるせん妄は過活動型ですが,ぼーっとして反応に乏しい低活動型のせん妄も多く見られますし,その両者を交互に繰り返すような活動水準混合型も存在します。低活動型せん妄は自分の病院にはあまりいないと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが,活動量が少なく,動作がゆっくりで,会話も少ないという特徴から「おとなしい患者さん」や「うつっぽい患者さん」として見過ごされているかもしれません。実際,日本で行われたがん患者を対象とした多施設での観察研究では,756人のせん妄患者のうち,過活動型せん妄は31.0%,低活動型せん妄は31.9%でした2)。
せん妄の評価ポイント
前の項でも少し話題になりましたが,せん妄は見落とされることが多い疾患です。一日の中で重症度が変化する特性があるため,医師の視点からだけの観察では見落としが生じやすいからです。そのため外来では家族からの情報が重要ですし,入院中は一番近くで,長い時間患者さんと接する看護師からの情報が非常に重要です。
日々のかかわりの中だけでも,せん妄かどうかを評価するために必要な情報はたくさん得られますが,まずは「いつもと違う」というちょっとした気づきが大切です。訪室時の声掛けへの反応が乏しかったり,こちらが近づいたことに気づかなかったり,といった事柄が注意障害の表れの可能性もあります。また,症状などについて質問する中で答えが少しかみ合わなかったり,直前のレスキュー使用を覚えていなかったりという変化は,認知機能障害の可能性があります。話している間にそわそわと服のボタンを触っているのもせん妄による活動亢進の可能性があります。せん妄の症状か確信が持てなくても,チーム内で共有し,カルテに記録することでせん妄の発見につながることがあります。最近では病院全体でのせん妄への取り組みの中でせん妄アセスメントシートを使用している施設も増えてきました。同シートを積極的に使用することでせん妄を上手に評価できます。
せん妄というと見当識障害を思い浮かべる方も多いと思いますが,唐突に日付や場所を確認するのに抵抗感があるかもしれません。そうした場合は入院日や直近の検査の日付,先の予定の日程などの確認をきっかけにして,自然な形で日時の感覚を探る方法もあります。
せん妄がある場合,患者さん自身もいつもと違うと感じていることも多いです。「最近ぼーっとすることが増えましたか?」「考えがまとまりにくいですか?」といった形で主観的な意識レベルの変化を確認することも有効でしょう。
せん妄の評価尺度
せん妄をより正しく評価するには適切な評価尺度を用いることが重要であり,スクリーニングや重症度評価など目的ごとにさまざまな尺度が開発されています。本稿ではいくつかの尺度を抜粋して簡単に解説します。
Comfusion Assessment Method(CAM)
CAMはせん妄のスクリーニングのために世界的に広く用いられている診断アルゴリズムです。❶急性発症と変動性の経過,❷注意散漫,❸支離滅裂な思考,❹意識レベルの変化の4項目からなり,❶と❷の両方を満たした上で,❸か❹のどちらか一方を満たせば陽性となります。日本語版も開発されて,妥当性が検討されています3)。ただ,それぞれの項目が主観的な評価に頼っており,十分なトレーニングを受けずに使用した場合には正しく評価できないという欠点もあります。
そこで各項目に具体的な評価方法を定め,短時間で評価できるようにしたアセスメント方法として3D-CAMも開発されています。ただし,3D-CAMについては日本語での信頼性,妥当性評価は行われていません。
The Delirium Observation Screening Scale(DOS)
DOSは看護師による日常的なケアの中での観察に基づいて評価できるように開発された評価尺度です。現在は13項目に短縮されたものが使用され,5分以内で評価が可能になっています。シフトごとに評価し,13点中3点以上で陽性,感度0.94,特異度0.77と報告されています4)。
Memorial Delirium Assessment Scale(MDAS)
MDASは既に診断されているせん妄の重症度を評価するために開発された尺度です。10個の項目で構成され,実施には10分程度の時間が必要です。認知機能障害の評価に3語の即時記憶や遅延再生,数字の順唱・逆唱を検査項目が含まれ,高い評価者間信頼性が示されています5)。研究の場面ではよく使われていますが,日々のケアの中で評価に使うには負担が大きいかもしれません。日本語版も非がん患者を対象に信頼性,妥当性が示されています。
Communication Capacity Scale(CCS)/ Agitation Distress Scale(ADS)
CCS/ADSもせん妄の重症度を評価するために作られた尺度です。終末期のケアの観点から身体的に重篤ながん患者で使用することを目的に開発されました6)。CCSはコミュニケーション能力,ADSは不穏・興奮を評価しており,低活動型せん妄の症状と過活動型せん妄の症状を別々に評価できるという特徴があります。また,MDASと異なり,通常のかかわりの中で行われるような質問や観察から評価が可能であり,患者の協力がいらないという特徴もあります。
*
前述のガイドラインでも,「CQ5 がん患者のせん妄の評価において,推奨される方法にはどのようなものが挙げられるか?」としてせん妄の評価に関する臨床疑問を扱っています。現在あるエビデンスからは,スクリーニングや診断のための推奨できる特定の尺度はなく,重症度評価については一般的にはMDASを,終末期ではCCS,ADSを推奨できる尺度として挙げています。一方で,「推奨できる特定の尺度はない」というのは「がん患者に使える尺度がない」ということを意味しませんので,スクリーニングについても既存の尺度を試してみていただければ幸いです。
今回のPOINT
・せん妄の主症状は注意障害と認知機能障害。そのため,過活動型せん妄以外にも,低活動型せん妄や両者のパターンを取る活動水準混合型せん妄がある。
・観察に当たってはちょっとした違和感を大切にして評価を行い,医療チーム内で共有することが重要。
・せん妄の評価尺度にはいろいろなものがある。各尺度の特徴を理解した上で積極的に使う。
参考文献
1)日本精神神経学会(日本語版用語監修),髙橋三郎,他(監訳).DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院;2023:653-9.
2)Gen Hosp Psychiatry. 2020[PMID:32950826]
3)渡邉明.The Confusion Assessment Method(CAM)日本語版の妥当性.総病精医.2013;25:165-70.
4)BMC Nurs. 2007[PMID:17394635]
5)J Pain Symptom Manage. 1997[PMID:9114631]
6)Palliat Med. 2001[PMID:11407191]
稲田 修士 埼玉県立がんセンター心療内科 科長 / 診療部長
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