看護・介護する人の腰痛ゼロをめざして 腰痛予防と緩和のためのセルフケア
[第9回] 最終回 腰痛を抱える看護師へのマネジメントの在り方
連載 村川 弥生,関 恵子
2025.04.08 医学界新聞:第3572号より
看護・介護現場における腰痛対策は,個人の取り組みだけでは十分ではなく,組織的な取り組みも欠かせません。腰痛健診や福祉用具の使用に関する研修を毎年実施したり,腰痛有症者の腰部負担業務を周囲が助け合うマネジメントをしていたりしても,結局は腰痛を再発している現状があります。最終回では,看護管理者に求められる腰痛予防のためのマネジメントの在り方を研究する村川先生にご紹介していただきます。所属部署および所属施設での腰痛状況の確認,部署内での腰痛予防・改善に向けた話し合いの第一歩を踏み出す機会になれば幸いです。
(関 恵子)
厚生労働省は腰痛予防対策に取り組むべく,2013年に「職場における腰痛予防対策指針」1)を示しました。しかし,10年以上が経過した今も病院組織としての腰痛対策は十分に進んでおらず,腰痛を抱える看護師は依然として多い現状があります2)。そこでスタッフと職場の腰痛対策の現状を明らかにすることを目的に,300床以上の病院で現場をマネジメントしている10人の師長を対象にインタビュー調査を行いました(註)。
本稿ではインタビューを通して見えてきた,マネジメントの現状と悩みを示すとともに,明日から始められるマネジメントのヒントを共有します。
看護師長の腰痛対策マネジメントの実態
多くの看護師長が腰痛を抱えながら働くスタッフの存在を把握していること,自身の経験やスタッフの腰に負担をかけている要因の推測に基づいて腰痛の症状や治療に合わせた勤務調整,福祉用具の使用や複数人での介助の推進,他病棟との人員連携などのマネジメントを行っていることが,インタビューによって明らかとなりました。
またスタッフの腰痛の要因として,「自分のことは我慢して後回しにしよう。少しくらい無理をしても大丈夫」との責任感や自己犠牲の精神から,腰部負担に耐え続けていることもあると推測し,腰痛の訴えがなくても普段からスタッフの様子を気にかけるといった心理面のマネジメントを独自に行う師長もいました。
インタビュー調査だけでなく先行研究3)からも看護師長による腰痛対策マネジメントの必要性が指摘されており,今後その数が増えていくことを期待しています。
病院組織とスタッフとのはざまでの悩み
腰痛を抱えながらの看護業務は患者安全や看護の質低下だけでなく,場合によっては離職にもつながります。看護師長はスタッフの健康管理も自らの役割であると認識しているものの,病院としての腰痛予防の対策や教育体制がないなか,病院組織と腰痛を抱えるスタッフとのはざまでマネジメントに悩んでいることも見えてきました。一方で腰痛を抱えるスタッフに配慮したマネジメントを行うに当たって,具体的な対策や対応方法の明確な指針を持っていないことや,腰痛を持つスタッフへの配慮による他スタッフの負担増加・不公平感をも考慮したマネジメントへの悩みが聞かれました。そうした腰痛を抱えたスタッフへのマネジメントの難しさから腰痛予防の重要性を認識し,安全衛生教育の充足と労働安全衛生マネジメントシステムの必要性を感じている師長の声もありました。
腰痛経験者の約半数が看護師になって3年以内の早期に腰痛を発症していることから4),病院での腰痛予防対策は重要です。腰痛予防対策は病棟師長だけでなく看護部をはじめ病院全体での教育と管理体制の構築が求められます。患者やその家族のためにどうすべきかだけでなく,自分自身の身体を大切にすることの教育を定期的な講義や啓発で提供していく必要があると筆者は考えます。
評価と改善によって取り組みの見直しを
明日から取り組めるマネジメントをまとめました(図)。スタッフが心身の不調を言い出しやすい関係性や環境づくりと合わせて重要なのは,現在行っている労働安全衛生マネジメントの評価と改善です。インタビュー調査から,腰痛予防のためのマネジメントを行っていても,実施したことの評価・改善は十分ではなく,継続的・体系的な取り組みには至っていない施設が多くありました。改善策として,看護師の腰痛をメンタルヘルスケアと同様にスタッフの健康管理の一つとしてとらえ,腰痛の有無に関する定期的な問診や腰痛予防体操の実施などに取り組むことがあると考えます。腰痛の発症要因や予防方法に関する教育の充足によって,スタッフの腰痛に対する認識を統一させ,看護師自身が健康に働ける職場づくりをめざしましょう。

(執筆:村川弥生)
*
看護・介護する人の腰痛ゼロの社会をめざして,腰痛予防・緩和のセルフケアを中心に紹介してきた本連載も今回で最終回となります。腰痛の原因となり得る看護動作や,その具体的対策は十分に共有されていません。本連載で紹介してきた腰痛予防教育システムの活用や,セルフケアとして実践可能なマッサージ,お灸,鍼の活用を改めて振り返っていただき,「腰痛を予防していこう! 明日に腰部負担を持ち越さない身体づくりをしていこう!」という意識を個人だけでなく組織単位で持っていただけますと幸いです。
また筆者の所属する滋賀県立大学の腰痛予防・緩和ケア検討チームでは,腰痛予防・緩和に関する教育は臨床現場だけでなく,看護師や介護士をめざす基礎教育の段階から行い,腰痛への意識を高めることが大事だと考えています。患者さんのケアを行う上での看護・介護職者のための腰痛予防行動の習得,緩和のためのセルフケアを学べる環境整備が全国で進むよう,教育と研究を推進していきたいと考えています。
このような連載の機会をいただき不安もありましたが,多くの方に腰痛への関心を持っていただき,お声がけしてくださる方や,お電話をくださった方もおられ,たくさんの人とのご縁を結ばせていただくことができました。これまでご覧いただきありがとうございました!
(執筆:関恵子)
註:伊丹君和氏(滋賀県立大学)と村川弥生氏が行ったインタビュー調査は,現在結果をまとめた論文を投稿中である。
参考文献・URL
1)厚労省.職場における腰痛予防対策指針.2013.
2)厚労省.業務上疾病発生状況等調査.2023.
3)鈴木聡美,他.病院に勤務する看護師の腰痛と体位変換・移乗介助の援助状況との関連.三重看大紀.2017;21:69-82.
4)星野直惠,他.病棟に勤務する看護職者の「作業関連性腰痛」に関連する要因の検討.社医研.2020;37(1):35-44.
5)村川弥生,他.在宅療養者と施設入所者を援助する看護・介護職の腰痛実態および腰痛の起こり方と腰痛発症時の姿勢との関連.日看技会誌.2023;22:77-87.
村川 弥生 滋賀県立大学人間看護学部 助手
関 恵子 滋賀県立大学人間看護学部 講師
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