腰痛 第2版

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初版刊行から10年、腰痛の研究・診療は大きな変化を遂げた。編著者の腰痛研究の集大成であった本書も、それに対応し大幅な改訂となったが、「腰痛を知るのでなく、腰痛をどう考えるか」というconceptは不変。カラー写真を多数収載した病態の基礎解剖から治療選択の実際までの豊富な実例はさらに充実。慢性腰痛に対する新たな視点-「解剖学的損傷」から「生物・心理・社会的疼痛症候群」へ、という新たな潮流を解説する。
編著 菊地 臣一
発行 2014年02月判型:B5頁:416
ISBN 978-4-260-01915-6
定価 9,460円 (本体8,600円+税)

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第2版 序

 初版の発刊から10年という歳月が積み重なった.この間,腰痛の研究や診療は勿論,世の中も大きく変化を遂げてきた.診療現場での変化として,先ず,診断基準や治療の評価がある.診断基準の策定,あるいは治療を受ける側からの,主観を重視した評価がその代表である.次に,医療の質の担保である.国民から医療の標準化が求められているのである.誰でも,どこでも,同じ診療を受けられるようにする診療ガイドラインの発刊は,そのための手段の1つである.第3の変化は,費用対効果の重視である.超高齢社会を迎えて,国や支払い側は医療経済の破綻を深刻に危惧している.治療効果が同じなら,より安価な治療を選択するという考え方である.第4に,慢性の痛みは,さまざまな健康障害を引き起こすという事実への認識である.長寿社会における健康を考えたときに,先ず,克服すべき課題が運動器の慢性痛である.運動器の痛みの大部分を占めているのが腰痛である.それだけに,腰痛の診療に携わっている人々に寄せる国民の期待は大きい.
 EBM(evidence-based medicine)というscienceの進歩が明らかにしたのは,皮肉にも,先人の知恵やknow-how,そして医療従事者1人1人の経験,すなわちartの重要性であった.最新の科学的解析手法が導き出した結論が,先人による経験の蓄積で辿りついた結論と同じであったのだ.今,医療と医学はここに合流したと言える.
 腰痛の克服は,今や,民族や国家を越えて解決すべき共通の目標となっている.「腰痛」は,単に“腰の痛みを取る”という次元を越えて,人間が健康であり続けるために解決しなければならない問題なのである.腰痛の問題に取り組むことは,寿命を含む個人の健康に留まらず,家庭,職場,地域,国家にまで及ぶ深刻な影響を未然に防ぐことにつながっているのである.
 腰痛に対する研究の進歩は,医療提供する側にも変化を迫っている.われわれは,自分の専門領域の練磨に留まらず,他の領域や職種の知識や技術,そしてknow-howの習得にも励む必要がある.その先には,連携による多面的,集学的アプローチがある.超高齢社会を健常に保つには,腰痛診療従事者に課せられた責務はとてつもなく重い.
 本書は,第1版と同じ概念(concept)で編集されている.腰痛を知るのではなく,腰痛をどう考えるかという捉え方である.そして,本書の底流に一貫して流れているのは,「痛み」である.人間にとって痛みとは何か,医療従事者は痛みをどう捉えるのか,その患者にとって痛みはどんな意味をもっているのか,そしてわれわれはどのように治療(cure)すれば良いのか,あるいは向き合う(care)のかを考えるための本である.
 本書は教科書ではない.本書の内容を読者に押しつける意図もない.只,本書は,得られた事実とその事実の解釈,そして考察の記載である.
 本書は,旧版より厚くならないように,削除と加筆を大幅に行っている.したがって,何を削って何を足したかをみると,この10年の変化が分かる.本書は,1版と連続した構成と考えてもらって良い.
 この改訂版が,腰痛診療における新たな潮流の概要を知る手掛かりになれば幸いである.

 2013年12月
 菊地臣一

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 はじめに

I 腰痛-その不思議なるもの
II 腰痛診療を巡る環境の変化
 今なぜ腰痛が問題か
 腰痛の病態に対する概念の変化
 腰痛診療に対する認識の変化
III 腰痛の病態
 腰痛の病態に対する新たな視点
  1 痛みと脳
  2 痛みと慢性炎症
 形態学からみた病態
  1 神経症状関与因子
  2 神経根障害
  3 上殿皮神経の走行
  4 仙腸関節前方進入での神経損傷の予防
 機能からみた病態
  1 基礎実験からみた病態
  2 遺伝子学的背景
  3 筋肉の生理・病態
  4 椎間板のバイオメカニクス-内圧からの検討
 臨床研究からみた病態
  1 疾患別にみた病態
  2 Failed back syndrome
  3 コンパートメント症候群-その概念と課題
  4 特殊な病態
  5 動脈硬化と腰痛
  6 ストレスとしての腰痛
  7 臓器相関の観点からみた腰痛
  8 腰痛の発現部位
  9 作業関連性腰痛
  10 スポーツや運動と腰痛
  11 脊椎手術の手術侵襲とストレス
IV 診療に際しての留意点
  1 患者の個性と医療従事者の対応
  2 治療に影響する信頼関係
  3 信頼関係確立のためのアート
V 腰痛の病態把握-診察のポイント
  1 腰痛病態の多様性
  2 診察における問診の意義
  3 症状・所見の時間的推移
  4 現時点だけの情報で判断する危険性
  5 診察における信頼関係の確立
  6 受診目的の把握
  7 リエゾン精神医学による評価の重要性
  8 リエゾン精神医学からの提言
  9 非特異的腰痛と特異的腰痛の鑑別の重要性
  10 腰痛評価時に陥る専門家の落とし穴
  11 所見の位置付け
  12 神経性間欠跛行の評価-有用性と限界
  13 診断サポートツール
  14 産婦人科領域の腰痛
  15 高齢者の腰痛
  16 小児の腰痛
VI 診察の進め方-病態把握の手順
  1 診察の目的-なぜ医師は診断するのか
  2 主訴の把握
  3 病歴の作成
  4 既往歴・他科受診の把握
  5 身体所見の評価
VII 画像による病態診断
  1 画像診断の問題点
  2 退行性疾患における画像検査の位置付け
  3 単純X線写真の位置付け
  4 不安定腰椎と神経障害
  5 椎間孔部圧迫病変
  6 多椎間欠損と神経障害
  7 RNR
  8 MRIにおけるblack lineの臨床的意義
  9 仙腸関節の変化
  10 画像診断の落とし穴とその対策
  11 MRI撮像の利害得失
  12 神経根ブロックの臨床的意義
  13 神経根ブロックによる腰痛と殿部痛の分析
  14 腰痛に対する画像診断-誤診を避けるために
  15 EBMからみた画像診断の価値と限界
  16 椎間板造影術への危惧
VIII 臨床検査
  1 臨床検査の役割
  2 外来初診時における必須の臨床検査
IX 誤診例と治療難航例からみた診療のポイント
 リエゾン診療からの提言
  1 心理・社会的因子と腰痛
  2 精神医学的問題を有する治療難航例に対する診療の現状
 治癒しえない腰・下肢痛-考えられる原因
  1 診断の誤り
  2 治療適応の誤り
 誤診への対策
  1 腰痛の病態の多様性への配慮
  2 画像所見の過大評価,過小評価
  3 治療適応の誤り
 望まれる集学的アプローチの構築
 まとめ
X 腰痛の治療
 新しい概念の登場
  1 従来の腰痛治療の問題点と新しい概念の確立
  2 腰痛の実態に対する認識の変化
  3 多面的・集学的アプローチの必要性と問題点
  4 新たな概念への医療従事者の対応
  5 治療方針の決定-informed consentからinformed decisionへ
  6 治療自体に求められる条件
 疫学と自然経過
  1 疫学
  2 自然経過
 治療にあたっての留意点,副作用(合併症)とその対策
  1 下肢症状に対する保存療法-予後不良因子
  2 NSAIDs
  3 ブロック療法
  4 代替療法
  5 輸血療法
  6 周術期における抗菌薬の投与
  7 術後疼痛
  8 深部静脈血栓症発生予防
 手術時のトラブルとその対策
  1 腰椎後方手術
  2 腰椎前方固定術
 新しい概念に基づいた治療体系
 成人の腰痛に対する保存療法
  1 成人の急性腰痛に対する治療
  2 成人の慢性腰痛に対する治療
  3 腰痛の予防
 薬物療法
 理学療法
  1 物理療法
  2 経皮的電気神経刺激療法
  3 牽引療法
  4 装具療法
 運動療法
  1 運動療法に対する評価と課題
  2 腰痛に対する一番有効な保存療法は何か
  3 高度な機能回復訓練と外来での理学療法との対比
  4 腰痛に対する効果的な運動療法の検討
  5 腰痛の予防に対する運動療法の価値
  6 現時点での運動療法の位置付け
 腰痛に対する手術療法
  1 手術の適応と価値
  2 脊椎手術の費用対効果
  3 低侵襲手術の価値と今後の課題
  4 椎間板ヘルニアに対する保存療法と手術療法との比較
  5 脊柱管狭窄に対する手術
  6 脊椎インストルメンテーションの妥当性について
  7 椎間板ヘルニアに対する手術
  8 脊椎外科医への問いかけ
  9 術前説明での留意点
 固定術の適応と問題
  1 固定術の目的
  2 固定術の問題点
  3 固定術実施に伴う採骨部痛
  4 腰椎変性すべり症に対する固定術の意義
   -非固定,Graf制動術,後側方固定併用術の比較
  5 腰椎変性すべり症に対する今後の課題
  6 腰痛に対する固定術の有効性-最終的な問題解決とならない
 主要な疾患に対する治療の実際-留意点
  1 椎間板ヘルニア
  2 LSS
  3 骨粗鬆症
  4 変性側弯症
  5 脊柱変形(後側弯症)の手術のコツと落とし穴
XI 腰痛を考える-私の疑問

 おわりに
 索引

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腰痛診療のバイブル 待望の第2版
書評者: 折田 純久 (千葉大大学院助教・整形外科学)
 腰痛は国民愁訴で第一位を占める慢性疾患である。しかしながら,その発症機序や病態は十分にわかっておらず,病態や治療の全てが科学的に構成されたものではない。その結果,治療成績は停滞し腰痛の治療成績に向上は認められていない。

 本書は,わが国の腰痛研究の第一人者としてこの分野をけん引されてきた編著者の菊地臣一先生の衝撃的な告白から始まる。腰痛研究の重鎮の独白には,現代の腰痛診療に携わるわれわれの発奮と自戒を促すに十分な重みと深みがある。目覚ましい近代化と医療技術の発展が進む現代において,その全容が全くと言っていいほど不明である腰痛という病態は,むしろそのコントラストと存在感を強め挑発的にわれわれの眼前に未明の深海のごとく横たわっているのである。

 それでは,われわれはどのように腰痛診療に携わっていくべきか。「腰痛を知るのではなく,どう考えるかについて考察する」。このようなコンセプトにのっとり厳選された各分野の第一人者により執筆・編集された本書は多くの知見と示唆に満ちた,いわば腰痛診療に関わるバイブルともいうべき一冊であり,それは本書の随所から見て取ることができる。初版は遡ること約10年前,2003年に発刊されたが,このコンセプトは脈々と受け継がれている。

 芳醇なワインを連想させる深みのあるガーネットカラーの表紙をめくり,「腰痛」という大海に冒険に出るがごとくはやる気持ちを抑えながら目次を開く。飛び込んでくるのは腰痛の病態や検査,治療など日常診療の基本事項のほか「誤診例と治療難航例からみた診療のポイント」など,腰痛診療に関わる者が常に疑問を馳せながらもなかなか答えを見つけにくい項目である。最後の大項目「腰痛を考える―私の疑問」では編著者自身の疑問も織り交ぜた腰痛への思念が記述されており,本書の腰痛哲学の重みを盤石たるものとしている。かと思えば,「腰痛の病態」の項目では「形態学」「機能」「臨床研究」のおのおのの視点から腰痛の病態が多角的にかつ明解に記載されており,その明快さは教科書としても他の追従を許さない。

 加えて,最新のトピックスとして腰痛と脳,慢性炎症との関連も述べられ,余すところなく腰痛に関する最新知見が述べられている。特に編著者の主要研究分野である神経根の形態的解説では多くの屍体解剖による説得力のある図表がちりばめられており,また椎間板ヘルニア・腰部脊柱管狭窄症などの病態に関する動物実験やバイオメカニクス研究など,基礎研究を基盤とした解説は臨床での疑問を氷解させる説得力と読み応えがあり,臨床医として腰痛の概念を理解する上でこの部分だけでも精読する価値がある。

 画像検査の項目では,各検査モダリティによる画像所見と腰椎の立体構造が臨床所見と絶妙にリンクし,芳醇なワインに添えられた極上のチーズのようにおのおのの画像に有意義な意味合いを添えている。一方で,ともすると外科医が後回しにしがちな疫学と自然経過などについてもエビデンスを示しながら丁寧に示してあり,どのページを開いても新たな知見を得られる驚きと喜びに満ちあふれている。いわゆる「腰痛」の教科書は多数出版されているが,このような深みを持つ書物は他に類を見ない。

 本書の中で編著者は,患者の求めている腰痛治療に際して医療者が自らに問うべき3項目を次のように挙げている。「より優れた診断能力をもっているか」「患者の経過をみるうえで必要な,より高度な知識や信頼関係確立のknow-howをもっているか」「より優れた治療技術をもっているか」——果たして,われわれのうちどれだけがこの3つを念頭におき,そして身に付けながら診療に当たっているだろうか。いずれも経験や学年にかかわらず医師として一生をかけて修得すべき項目であり,医師としてのわが身を振り返り自戒しながら未来の自身を築くための礎となるであろう。

 これは教科書ではない,と編著者が称する本書『腰痛 第2版』は先述のように実際には腰痛のバイブルと言っても過言ではなく,臨床診療に従事する実地医家であれば一度は目を通しておきたい事柄がふんだんに盛り込まれている。腰痛診療を,art(医療従事者一人一人の経験の蓄積)からエビデンスを基にしたscienceへといざない昇華させている本書は,まさにわが国における腰痛診療の集大成とも言うべき一冊であり,机上に常備し一生をかけて読み込むに値する。本書をひもといた読者の経験や知識,年数に応じた知識や問いかけを常に投げかけてくれる本書は,編著者の一筆入魂の腰痛哲学が込められた書物として必ずや医師,コメディカル含め多くの腰痛診療従事者を啓蒙し,腰痛診療の新たな扉を開いてくれる一冊となることを確信し自信を持ってここにお薦めする。

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