レジデントのための患者安全エッセンス
[第10回] 推論アプローチの違いを理解し外来研修を安全に実施する
連載 鋪野 紀好
2025.02.11 医学界新聞:第3570号より

外来と病棟では診療アプローチが全く異なる
外来診療といっても,診療所・中小病院・大病院のようにセッティングが異なれば患者層が変わり,果たすべき役割も変わります。有効な診療を行うにはその特徴を把握しておく必要があります。例えば大病院・大学病院総合診療科における初診外来は,診療所や中小病院で診断がつかなかったケースが集積することから,「診断」が診療ニーズの大半を占める,といったイメージです。実際に外来診療を行ってみると,病棟診療との違いに驚く研修医も多いはずです。外来診療では,時間の限られた環境で臨床判断をする必要があることや, 患者アウトカムの確認が難しいことから,診断エラーへの配慮がより一層求められます(図)1)。患者安全の観点からも外来診療では次に示すポイントを押さえると良いでしょう。

外来診療においては,時間の限られた環境で臨床判断をする必要があることや,患者アウトカムの確認が難しいことから,診断エラーへの配慮が特に求められる。
●疾患にはバリエーションがある
外来診療で経験する疾患にはバリエーションがあります。筆者が所属する大学病院の総合診療科もバリエーションに富んでいます。値が低いほど診断のバリエーションが多いことを示すHerfindahl Index2)は,米国循環器内科医0.53,米国家庭医0.15,総合診療科外来で0.024であり,100人の患者でみた場合,それぞれ約2種類,約10種類,約100種類の診断を付けていることになります。これを踏まえると,外来診療は初学者である研修医にとって,相当の認知負荷がかかることが理解できるでしょう。これまでローテーションしてきた診療科で典型例を学んできたかもしれませんが,外来におけるコモンディジーズに関しては,非典型例まで精通しておく必要があります。
●事前確率を把握する
前述のように,セッティングによって遭遇頻度の高い疾患は異なります。近隣に医療機関が全くなく直接来院する患者が多い施設なのか,精査依頼が多い施設なのかなど,事前確率を考慮しなければなりません。こうした事前確率の話をする際,よく「シマウマ探し」の例が挙げられます。一般的にシマウマに出会う確率は低いものの,探している場所がアフリカのサバンナであれば,蹄の音を聞けばシマウマを想起するのが高頻度になるというものです。研修中の施設の状況をよく確認してみましょう。
●引き算診療を活用する
引き算診療とは,コモンディジーズでは矛盾する情報に着目することによって,まれな疾患をあぶり出す診断推論の方略です。言い換えると,(疾患全体)-(コモンディジーズ)=(まれな疾患),という考え方になります。引き算診療の利点は,自分が経験したことのない疾患に対しても診断に迫れる点にあり,コモンディジーズごとに感度の高い症候を把握し,いかに除外できるかという推論力が求められます。
レジデントが個々人でできる患者安全対策
●冒頭の会話を分析する
冒頭の研修医は,「めまいが主訴だから頭部CT」という選択をしました。病棟や救急外来であれば,受診する患者が抱えている疾患の頻度や重症疾患の除外という目的を考慮すると,妥当な検査と言えるでしょう。しかし今回は一般外来です。遭遇し得る疾患を重視し,積極的に診断を行う必要があります。冒頭のやり取りには,推論に対する研修医と指導医の意識の差が大きく現れています。
●コモンディジーズに精通する
一般外来で押さえるべきコモンディジーズはどれくらいあるでしょうか。諸所の意見はありますが,一般には140疾患をマスターすれば対応可能とされています3)。これは,病棟や救急で扱う疾患と異なる場合もあれば,共通している場合もあります。大きな相違点は,発症からの経過や重症度です。外来受診患者は,病初期や重症化していないことが多いため,軽微な症状や非典型的な症状にも精通していないと,大きな見逃しが発生する可能性があります。くも膜下出血を例に挙げれば,ごく初期は軽度な後頸部痛を来します。来院時に撮影した頸部レントゲンで軽度の変形を認めても,「頸椎症」と診断して経過観察の判断を下してしまうと,くも膜下出血による「警告出血」を見逃す恐れがあります。
●カンファレンスで学ぶ
自らの思考プロセスを熟練医の思考プロセスと照合し,熟練医に近づけるべく修正を重ねる――。外来診療における診断推論能力向上にはこの作業が有効です。診断推論能力を修練する場には定期的な外来カンファレンスが重要であるため,次の点を意識して臨みましょう。
実診療時の思考プロセスをたどる:外来カンファレンスの最大の特徴は「リアルタイムディスカッション」です。実診療の様子を再現しながら臨床情報の共有を行うことで,たどるべきであった望ましい思考プロセスを追体験できます。研修医の皆さんは,診療チームに加わったつもりでカンファレンスに参加し,積極的に発言してみましょう。発言内容は学修者の扁桃体に焼き付く記憶となり,実践に活用できる技能に昇華するはずです。
目的を理解する:カンファレンスの主な目的は思考プロセスのトレーニングです。診断までの過程の検証に価値があります。最終診断にたどり着ければもちろん素晴らしいですが,実際はなかなか難しいものです。独力で最終診断まで至れなくても,カンファレンスでの上級医との議論を通じて思考プロセスを少しずつ言語化していくことが大切です。
病歴に基づいた思考プロセスの検証に時間を割く:外来診療では,病歴が推論に寄与するところが大きいため,病歴に基づいた思考プロセスの検証に時間を割きます。患者をイメージできるようになるまで,臨床情報を収集するトレーニングとして研修医も発言しましょう。
鑑別診断の「合わない点」を言語化する:診断推論で特に要求されるのは,挙げた鑑別診断がどのような点で否定的なのか効果的に指摘できる能力です。コモンディジーズに精通すると,類似症状を呈する重篤な疾患に遭遇した時に「何か違う」と感じ取ることができます。この違和感こそ「合わない点」であり,言語化によって診断推論能力を飛躍的に向上させられます。しかし,この「合わない点」は教科書に明記されているわけではありません。これを理解するには,疾患ごとの病態生理の理解,指導医とのディスカッションやカンファレンスでの意見交換が近道です。また,そこで活用する診断戦略は成書を参照してみてください4)。
研修医のその後
頭部CTを撮影したものの,異常所見は指摘できませんでした。この反省を生かし研修医は,セッティングを意識しながらコモンディジーズについてよく学び,カンファレンスでも積極的に発言して「合わない点」にも意識が向くようになりました。そうした行動の成果もあり,研修開始から1か月がたつ頃には,同日に5例ほど診察できるまでに成長しました。
覚えておこう!
・外来研修は,病棟研修や救急研修とは異なるスキルとアプローチが必要です。
・コモンディジーズは,典型例から非典型例まで精通しておく必要があります。
・カンファレンスをより教育的にする方略を積極的に取り入れましょう。
参考文献
1)Diagnosis(Berl). 2020.[PMID:32628630]
2)Med Care. 1997.[PMID:9219494]
3)生坂政臣.大同団結して総合診療専門医制度を確立していこう! 月刊地域医学.2023;37(5):464-72.
4)鋪野紀好.内科初診外来 ただいま診断中! 2020.中外医学社.
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