レジデントのための患者安全エッセンス
[第6回] 患者に安全な医療を提供するうえで,自己管理もちゃんとしたい
連載 長崎一哉
2024.09.10 医学界新聞(通常号):第3565号より
安全な医療を提供するためのメンタルヘルス対策
近年,COVID-19や働き方改革をきっかけに,バーンアウトに対する注目度が上がっています。バーンアウトとは職業に関連した慢性的かつ過度なストレスにより精神的に消耗した結果,感情が枯渇し,労働意欲が低下した状態です。経験の少ない医療従事者に発症しやすく,国内の研修医の約20%がバーンアウトしていると報告されています1, 2)。
尺度としてはMaslach Burnout Inventory™が有名であり,「情緒的消耗感」「脱人格化」「個人的達成感の低下」の3領域で評価されます。理解しづらいのが「脱人格化」ですが,これはヒトを1人の人格としてではなくモノとして扱ってしまう傾向を指し,相手に対するネガティブな感情や批判的な言動として現れてくるものです。仕事がうまくいかない理由を自分ではなく他者に求めることによって起こる,自衛的な行動傾向だと考えられています。
バーンアウトは,うつや自殺などの精神的な問題,そして研修離脱や離職といった研修医自身への悪影響が起こり得ます。また,担当患者の医療の質や安全性に影響することが指摘されており3),注意力の低下や,コミュニケーション不足に起因するエラーが発生しやすくなります。米国医師を対象とした調査によると,バーンアウトしている医師は医療過誤をオッズ比2.2で経験しやすいと報告されていました4)。また,国内の研修医を対象とした調査においても,インシデントを多く経験した研修医はより多くバーンアウトしています(オッズ比2.7)1)。すなわち質の高い安全な医療を提供するには,メンタルヘルス対策を行うことが重要と言えるでしょう。
バーンアウトをどう防ぐ?
バーンアウトを防止するには,なぜ発生するかを知る必要があります。ここでは,仕事の量や質が与える負担を表す「仕事の要求度」と,それを支えるための「仕事の資源」の不均衡により起こると考える「仕事の要求度―仕事の資源モデル」(図)を用いて解説します5)。
●仕事の要求度
仕事量では,長時間労働との関連が重要です。著者らが行った研修医を対象とした研究では,週80時間以上の労働はバーンアウトのリスクを上昇させました2)。一方で労働時間を短くしても労働量が減らなければ労働密度が高まり,強いストレスを招きます。また,責任や役割が不明瞭であることや能力を超えた仕事の要求といった「質」の面での負担も考慮が必要です。さらに,もともと研修医には「研修する」という負担があります。
●仕事の資源
仕事の資源は,職場の資源と個人の資源に分けられます。前者は,指導医や上級医からの支援はもちろんのこと,同期や他の医療従事者からの支援があるかという点も重要です。職場の雰囲気も影響するでしょう。後者は,身体的,精神的,社会的な健康が基本です。自尊心,自己効力感,楽観性,希望,レジリエンスは心理的資本と呼ばれ,バーンアウトを起こしにくいマインドセットです。研修の真っただ中にいる研修医にはなかなか感じにくいものかもしれませんが,定期的な振り返りや成功体験を通じて,「努力すれば自分の能力は成長する」という成長的マインドセットを身につけることが重要です。
レジデントが個々人でできる患者安全対策
●冒頭の会話を分析しよう
冒頭に提示した研修医がどのような状況に陥っていたかを考えてみましょう。研修医が行ってしまったことは,「処方の誤り」だけではなく,「患者の取り違え」を含んでおり,重大なインシデントにつながる可能性がある危険な行為でした。その背景として,「疲れている」という発言に目が留まります。疲労や睡眠不足により,注意力が低下するのは当然のことです。もう1点注目したいのは,「話の長い入院患者が多い」との発言です。アンプロフェッショナルな発言にも見えますが,「脱人格化」を反映している可能性があります。患者に対する態度が急に変化した研修医は注意が必要です。
●テーマごとの具体的な対策
仕事の要求度―仕事の資源モデルを踏まえた上で,バーンアウトのリスク評価(表)を行います。評価を行うタイミングは,各科のローテーション開始前です。指導医・上級医,同期や先輩研修医などからどのような研修が行われているか(例:レクチャーや勉強会の予定)について十分な情報収集を行い,仕事の内容および要求度を評価しましょう。それと並行して,誰に頼ればいいか,誰が相談しやすそうかといった「仕事の資源」も確認してみてください。運動,睡眠,食事などの日常的な健康維持から休みの過ごし方など,プライベートの状況も確認することが大事です。
リスク評価を通じてバーンアウトの可能性が高いと思った場合は,「仕事の資源」をどう増やすかを考えましょう。指導医や上級医,職場に早めにあいさつへ行き,関係性を構築するなど対策は可能です。家族や友人に不安を共有したり,休みの日に休養が取れるように過ごしたりすることも大切です。それでも「疲れている」と感じる場合は,できるだけ早い段階で指導医に相談しましょう。休養や業務制限などの介入が必要になることがありますが,「仕事の要求度」を減らす介入は上司にしかできません。ただ,助けを求める行動には勇気を伴うことも事実です。言い出しづらければ,より学年の近い上級医や同期,家族・友人でも構いません。個人的には立場の近い研修医同士のサポート(ピアサポート)が重要だと考えています。普段から周りに目を向けて,何か違和感を覚えたらお互いに「大丈夫?」と声をかけていきましょう。
研修医のその後
指導医との面談の中で,研修医は自身がバーンアウトしている可能性とそれが診療エラーに与える影響について認識しました。その理由として研修医は,現在の診療科では担当する患者が多いことから患者管理に常に不安を抱えていること,そして学ぶトピックが多く,夜遅くまで勉強していることに思い当たりました。指導医と対策を話し合い,「担当入院患者を5人までに制限すること」「有給を取得し,十分な休息と睡眠を取ること」を決めました。指導医からはバーンアウトのリスク評価シートが提示され,今後のローテーションの中で活用していくようアドバイスがありました。
覚えておこう!
・バーンアウトは医師のパフォーマンスを低下させ,インシデントリスクを上昇させる。
・各科をローテーションするたびに情報収集を行い,バーンアウトのリスクを評価する。
・バーンアウトを防ぐには,ストレス対処やセルフケアに加え,周りに援助を求める行動が重要。
参考文献
1)Intern Med. 2021[PMID:33281158]
2)Sci Rep. 2022[PMID:35739229]
3)J Intern Med. 2018[PMID:29505159]
4)Mayo Clin Proc. 2018[PMID:30001832]
5)J Occup Health Psychol. 2017[PMID:27732008]
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