医学界新聞

ジェネラルマインドを携えて

対談・座談会 横江正道,瀬戸雅美

2024.08.13 医学界新聞(通常号):第3564号より

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 2018年に開始された新専門医制度において19番目の基本領域に位置付けられた総合診療。しかし,総合診療に関心はあっても,その強みや役割については何となくとらえどころがないと感じる若手医師は多いのではないでしょうか。

 「ゴールが見えないこと,それこそが総合診療の面白さ」。そう語るのは,これまで総合内科医として積み重ねてきた自身の知見を『総合内科対策本部 これってどうする!?』(医学書院)にまとめた横江正道氏です。本紙では,同じく総合診療の第一線に立ち続ける瀬戸雅美氏との対談を企画し,その尽きぬ魅力に迫りました。

横江 日本専門医機構の発表によれば,2023年度の総合診療の専攻医採用数は285人でした1)。全体の採用数の約3%ですから,まだまだ総合診療医を志す若手が少ないことがわかります。

瀬戸 総合診療の魅力がいまひとつ若い人たちに伝わっていないのではないかと感じています。「総合診療に関心はあるものの,何をしているのかいまいちわからない」との声をよく聞きますから。

横江 学生や研修医の頃に良きロールモデルに出会えるかどうかも進路選択に大きく影響するはずです。大学によっては総合診療を体系的に学ぶことができないケースもあることから,具体的な医師像をイメージできず,選択肢の一つにすら入らないこともあるでしょう。この状態はもったいないととらえています。

瀬戸 教育的観点から見ても,不明熱や遷延性咳嗽などいわゆる実臨床での「症候」を切り口として学習する総合診療の考え方を大学で学ぶ意義は大きいと考えます。なぜなら卒前教育で行われる講義は,疾患ごとに掘り下げて学習していくものが大半で,各疾患に関する深い知識を学習できるものの,症候の病態生理に基づく鑑別診断や全身的な疾患,多臓器にわたる病態の理解が不足する可能性があるからです。

横江 実際の診療でも,疾患名がはじめから明らかになっている場合は少なく,まず症候を診ることから入りますからね。初診外来や救急診療においては症候からできるだけ正確に診断を下すことが求められますが,症候学的なアプローチを重視しない教育体系では,初期診療の質が低下するリスクがあります。症候に関する幅広い理解は欠かせず,学ぶための機会の創出が重要です。

瀬戸 私が所属する湘南鎌倉総合病院総合診療科では,勉強会を兼ねつつ総合診療の面白さを気軽に体験してもらう試みとして,全国のさまざまな施設の学生からベテランまでが参加できる診断推論のケースカンファレンスを定期的に開催しています。診断困難例をじっくり扱うこともあれば,短時間でとにかくたくさんのケースを扱うこともあり,内容の充実度に毎回好評をいただいています。

横江 私も先日参加させていただきましたが,活発な議論が展開されており,素晴らしい取り組みだと感じました。症例も珍しいものからメジャーな疾患までバランスよく扱われていましたね。若手医師はもちろんですが,すでに専門医としてキャリアを積んでいる医師の中にも「何となく総合診療に関心はあるけれどもよくわからない」という方は少なくありませんから,そうした層にとっても貴重な機会だと思います。

瀬戸 日本にはまだまだ総合診療医が足りません。若い医師たちに総合診療の魅力・意義深さを感じてもらうことが,今後さらに志望者を増やしていくには重要なポイントだと考えます。さまざまなかたちでリクルートに注力していく必要があるでしょう。

横江 総合診療そのものの魅力の発信と同時に,総合診療医として働くことの魅力も伝えていきたいところです。ひとえに総合診療医といっても,プライマリ・ケアを担う家庭医のような存在もいれば,へき地や離島で1人で何でも診るという方もいます。さらにはわれわれのように市中病院の中で勤務する総合診療医もいますから,活躍の場も多様です。

瀬戸 場所や状況に応じて働き方・役割を自在に変えられるのは,総合診療・総合内科分野の大きな強みですよね。ただ,それがかえってイメージのしにくさにつながっているところもあるのかもしれませんが……。

横江 働き方改革により労働時間が制限される中では,医師一人当たりの診療能力強化や診療範囲の拡大なくしては,医療全体として効率化を実現することは難しいです。その点,一人二役,三役を担える可能性のある総合診療医が増加することは,時代の求めでもあると感じています。

横江 総合診療医はそもそも全体数が少ないため,実際にこの領域で働いている医師が積極的に魅力を発信していくことも必要だと考えています。瀬戸先生は現在も総合診療の臨床医として最前線で活躍されていますが,この分野のやりがいや魅力を教えていただけますか。

瀬戸 いくつかありますが,そのなかでも他科・他院で対応に難渋した悩ましい症例に対して患者の身になって診療を行い,問題解決につなげることが,私にとっては何ものにも代えがたい喜びです。総合診療では臓器専門的な観点によらず,あらゆる領域の臨床的な知識が要求され,場合によっては心理的・経済的な問題など,医学的な範囲を超えた問題に対峙することもあります。単に「病気の診断・治療をする」だけでは十分に解決したことにならない難しさが,総合診療の魅力でもあります。病気のことだけを考えて患者と向き合うことをおろそかにしてしまう医師を揶揄する言葉として「病気を診て,人を見ず」という言葉がありますが,この分野に携わっているとその言葉が戒めることの重みがよくわかります。

横江 総合的な観点・知識があるからこそ導き出せる診断というのはありますよね。私が名古屋第二赤十字病院(当時)で総合内科医として勤務し始めた当時は,上司であった野口善令先生(現・豊田地域医療センター)の診療に目から鱗が落ちる毎日だったことを覚えています。領域横断的な知識の量が桁違いで,それまで消化器内科医として専門的な研さんばかり積んできた自分とは考え方がまるで違うことに圧倒されました。もともと医学生時代から,各領域の専門性の意義は理解できるものの,「医師はなぜ臓器別に患者さんを診なくてはならないのか」との疑問を抱いていたので,それが晴れたような気持ちでした。

瀬戸 医学が進化・細分化するにつれ,専門家しか知らないような知識も増え,医学の全領域を深く習得することはますます困難になってきました。故に各領域に特化した医師は当然なくてはならない存在です。しかしながら,高齢化をはじめとする社会の変化とともに患者の抱える問題も複雑性を増しており,単独の診療科だけでは対応に困るケースも増加してきています。そうしたときに総合診療医が介入し,各科の連携を促進する横糸としてサポートすることは今後ますます求められてくるでしょう。それぞれがお互いをリスペクトできる関係を築き,患者のために協働していくことが理想的です。

横江 同感です。医療をオーケストラに例えるならば,総合診療医の役割は指揮者に近いのではないかと思います。専門科がさまざまにある中で,各科がうまく連携していれば何も問題ないのですが,現場は必ずしもそうではありません。診療科ごとの世界があって,そこには隙間,壁が存在します。チーム医療の重要性は理解されてきたものの,チームになりきれていない,単なる“グループ診療”もたくさん見てきました。そこに指揮者として総合診療医が介在することで,各診療科の良い部分をうまく引き出し,連動させる。総合診療医は楽器のスペシャリストではないけれども,コンサート全体の良さを高めることはできるはずです。そのためには,全ての領域において100%とはいかないまでも,可能な限り幅広く,深い知識を持とうと勉強を続けて総合的な診断能力を養うことが重要です。そういう役割を担えることも,総合診療医の大きな魅力ではないでしょうか。

瀬戸 私は今年で医師30年目を迎えました。一般的にはベテランと呼ばれる年数です。けれども,いまだに研修医のような心持ちで日々を過ごしています。未知の知識は山ほどあり,学ぶべきことは増える一方です。いつになっても極めた気になりません。

横江 わかります! 私も自己紹介の際は「研修医28年目です」と言っています(笑)。この年齢になってもなお,全くゴールが見えません。

瀬戸 総合診療の進化・発展には,医学的な知識だけではなく,例えば自分が親になったり,親を亡くしたりといった人生経験も強く反映されてきます。それ故にどれだけ年次を重ねても気づきがあるし,もしかすると死ぬまで終わりがないのかもしれません。

横江 一方で若手医師からすると,「ゴールが見えない」というのはハードルの高さにも感じられることでしょう。確かに,専門領域で何かを極めること,上達することの楽しみもあると思います。ただ,どこかでプラトーに達してしまい,自身の成長を実感できなくなるタイミングが訪れるかもしれません。そういう意味で,ゴールはないけれども,やればやるほど成長し続けられる総合診療は刺激的で面白いと思います。

瀬戸 逆に言えば,そう考えられる人が総合診療医に向いているのかもしれません。終わりがない道を楽しむというのは,総合診療医のやりがいでもあるような気がします。

瀬戸 今回の対談に臨むに当たり,横江先生が編集された『総合内科対策本部』を拝読しました。院内コンサルトだけでなく他院からの紹介や一般受診なども含め,総合内科に寄せされるさまざまな症例について,総合内科医による丁寧な病歴聴取を軸に診断・治療までの流れがわかりやすく解説されていました。病態からどのように疾患を想起するか,必要となる前提知識は何かなど,日常の臨床における総合内科医の頭の中を追体験できる作りとなっており,私自身も大変勉強になりました。

横江 ありがとうございます。総合内科・総合診療の臨床知は体系的に学習できる素材がなかなかありませんでしたので,今回の出版は私としてもうれしく思っています。扱っている症例は診断が難しいものから珍相談までさまざまですが,病態を俯瞰的にとらえ,問題の本質に迫る診断プロセスは日々の診療にも必ず生きるはずです。ぜひ多くの方に手に取っていただきたいです。

瀬戸 どんな症状・内容であれ,患者さんの困りごとにまずは耳を傾け,寄り添うのが医師として大切な医の心だと私は思っています。長い医師人生においては時として,病気を治しただけでは問題の解決に至らないこともあります。病気だけを診るのではなく,患者さんに興味を持ち,リスペクトし,人としてかかわる姿勢が重要です。総合診療はこの「医の原点」を学ぶには最適な領域です。ゆくゆくは別の専門科に進みたいと思っている方も含めて,これからの医療を担う皆さんにはぜひとも早い段階で経験してほしいです。

横江 若い医師には自分の専門に縛られないジェネラルマインドを涵養してほしいとの思いがあります。私も初めから総合診療の道を志していたわけではないのでよくわかるのですが,臓器別の診療科ではジェネラルマインドを養う機会がなかなかありません。だからこそ,総合診療科での経験は医師としての守備範囲を確実に広げる貴重なものになるはずです。そしてもし,この領域に関心がある方,総合診療医をめざしたいという方がいれば,ぜひわれわれと一緒に,終わりなき道を歩んでいきましょう!

(了)


1)日本専門医機構.2023年度 採用状況.2023.

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湘南鎌倉総合病院 総合診療科 部長

1994年東海大医学部卒。国立国際医療センター,茅ヶ崎徳洲会病院(当時)で全科スーパーローテート研修を修了したのち,湘南鎌倉総合病院内科チーフ,横須賀市立うわまち病院救急総合診療科医長,大船中央病院内科部長,湘南藤沢徳洲会病院総合内科部長などを経て現職。「子どもの頃から,いわゆる“赤ひげ”のようにどんな病気も診て治せる医者になりたいと漠然と思っており,医学的な意味での疾患だけでなく心理・社会的な部分も含めて患者さんを総合的に診て寄り添える医療に魅力を感じ,この道に進みました」

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日本赤十字社医療事業推進本部 医療の質・研修部 次長

1996年岐阜大医学部卒。名古屋第二赤十字病院(当時)で臨床研修後,同院救急部,消化器科,総合内科などに勤務する。同院国際医療救援部副部長,教育研究推進室長,総合内科部長などを経て現職。福岡赤十字病院総合診療科・教育研修推進室も兼務。『総合内科対策本部 これってどうする!?』(医学書院)ほか著書多数。「医師になった当時は総合診療・総合内科の医師はまだまだ少なかったです。しかし臓器の専門科医として歩むキャリアとは異なる新しい可能性を感じ,何より少子高齢化が進む今後の日本にはますますこの領域で働く医師が必要になると思い,この道に進むことを決めました」