医学界新聞

排便トラブルの“なぜ!?”がわかる

連載 三原弘

2024.03.25 週刊医学界新聞(看護号):第3559号より

 現代は,日本人の2人に1人が一生のうちにがんと診断され,5人に1人ががんで死亡する時代です。これほどまでに罹患者が多いからこそ,がん薬物療法および緩和療法の実施に伴う排便トラブルが発生した時に,全ての医療機関で対応できると良いですね。そこで今回は,事例を通じてがん薬物療法中・緩和療法中の排便トラブルへの対応方法について学んでいきましょう。

①S-1内服中の患者から下痢,腹痛,発熱が出現したと電話がかかったため,受診を勧めた
②がん薬物療法実施中に,排便回数が普段より1日当たり3回増えたので重症と判断した
③免疫チェックポイント阻害薬の使用歴のある患者から下痢,血便で受診希望があったが,症状は軽度であったので市販薬で様子を見るように提案した

CASE:55歳,女性。進行癌に対して,イリノテカン,シスプラチンによる,がん薬物療法の実施を予定しており,骨転移に対しては麻薬製剤を開始する。患者は過敏性腸症候群の症状を時折呈していた。

 連載第3回で説明したように,入院するだけでも便秘になりやすくなります。またCASEで示した過敏性腸症候群の症状を来している患者さんは,入院やがん薬物療法というストレスによって便秘,下痢症状が悪化する場合があり,心理的サポートも大切です。

 がん薬物療法中の有害事象への対策は進んでいるものの,それでも消化器症状を伴う有害事象の発生頻度は高いと言えます。QOLの低下のみならず,重篤になると体重減少や脱水,電解質異常,重症感染症を引き起こすため,薬剤ごとの典型的な有害事象とその発生・改善時期を把握した上で患者さんと共有し,先手先手で対応したいものです。

 治療当日に気を付けるべきは,抗がん薬と制吐薬による有害事象です。トポイソメラーゼ阻害剤であるイリノテカンの代謝産物にはコリン作動作用が知られています。投与後数時間以内に副交感神経亢進様作用による発汗,鼻汁と共に下痢が発生しますので,待ってましたかとばかりに抗コリン薬を投与してもらいましょう。

 一方で,シスプラチンによる有害事象では,悪心の発生頻度が高いため,制吐薬として5-HT3受容体拮抗薬であるグラニセトロン,オンダンセトロン,パロノセトロンなどが使用されることがあります。第7回で説明したのですが,制吐薬の投与によって脳内で嘔気が軽減されるのと同時に,腸管のセロトニンの作用を阻害してしまうため,便秘が誘発されます。すなわち,今回のCASEのレジメンでは下痢と便秘が同時に発生することになるので,事前に患者さんへ情報共有し共に立ち向かうとよいでしょう。

 また本CASEでは,骨転移に対して麻薬製剤が用いられています。オピオイドは中枢神経以外に消化管に存在するμオピオイド受容体にも作用し便秘症を起こします(連載第37回)。しかし,このオピオイド誘発性便秘は自然には改善しないとされるため,オピオイド投与と同時に下剤の処方が推奨されています。医師が処方を忘れることはないと思いますが,薬剤師と共に看護師もフォローをお願いします。最新の診療ガイドラインでは,浸透圧性下剤,または麻薬製剤による便秘作用を阻害するナルデメジントシル酸塩を併用し,浸透圧性下剤で効果不十分なら,ルビプロストンまたは,ナルデメジントシル酸塩の併用が推奨されています1)

CASEの続き:がん薬物療法の導入がうまくいき,外来でS-1内服となりました。

 注射薬のフルオロウラシル,内服薬のS-1に代表されるフッ化ピリミジン系薬は,下痢の有害事象が知られています。S-1などによる下痢は重篤化する場合があり,発生時の対応は施設や,緊急時に受診し得る地域の医療機関で共通認識にしておいたほうがよいでしょう。特に疫学的に発症リスク因子に挙げられている高齢者や女性には注意が必要です2)

 腹痛や悪心・嘔吐,発熱,脱水,好中球減少,全身状態の悪化などの症状を伴う複雑性下痢症(○×クイズ①)や,上記症状を伴わなくとも発症前に比べて下痢が1日当たり7回以上増加した場合は重症〔有害事象共通用語規準(CTCAE)Grade 3,(○×クイズ②)〕と判断され,抗がん薬を中止の上,ロペラミド使用,入院考慮が必要です3)。また,抗菌薬の投与も推奨されています。

 S-1の他に,下痢の有害事象が発生しやすい薬剤として,パクリタキセル,抗EGFR抗体(セツキシマブ,パニツムマブ),EGFR阻害薬(エルロチニブ,ゲフィチニブ),マルチキナーゼ阻害薬(スニチニブ,ソラフェニブ,レゴラフェニブ),mTOR阻害薬(エべロリムス,テムシロリムス),プロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブ)などが知られています。

 がん薬物療法中の便秘の増悪は,薬剤性便秘,消化管狭窄,がん性腹膜炎などによる排便トラブルの他に,麻薬製剤の増量に下剤が追い付かない場合も念頭に置きます。鎮痛効果を得るための麻薬製剤を必要量投与できない場合は,他のオピオイドに変更することで対応します。その場合,オキシコドンやモルヒネから,フェンタニル貼付剤,タペンタドールへのスイッチが候補となるでしょう。こちらも患者さんと情報共有して早め早めに対応し,予期せぬ食欲不振,脱水,衰弱などを回避したいところです。

CASEの続き:外来によるがん薬物療法が終了し,2か月が経過。普段の生活に戻り,仕事に復帰した。

 がん薬物療法の施行歴がある患者さんは,免疫チェックポイント阻害薬の使用歴を確認しましょう。具体的には,PD-L/PD-L1抗体(ニボルマブ,ペムブロリズマブなど),抗CTLA-4抗体(イピリムマブなど)ですが,有害事象の一つとして潰瘍性大腸炎のような病態が起こることが明らかになってきています。重症例の好発時期は投与後2~6か月頃ですが,投与終了後から数か月後にも発症するとされます。前述の抗がん薬誘発性下痢症とは異なり,外来でのステロイド治療などが行われます(○×クイズ③)。免疫チェックポイント阻害薬の使用増加に伴い,患者数も増えていることから,近医や救急外来に受診する場合もあるため,認識しておくことが重要です。

 それでは,次回が最終回となります。


1)日本消化管学会編,便通異常症診療ガイドライン2023――慢性便秘症.南江堂;2023.
2)J Clin Oncol. 2008[PMID:18299612]
3)JCOG.Common Terminology Criteria for Adverse Events(CTCAE)version 5.0.

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