医学界新聞

排便トラブルの“なぜ!?”がわかる

連載 三原弘

2024.02.26 週刊医学界新聞(看護号):第3555号より

 ここまでの連載で,運動量の低下と排便トラブル,神経に作用する薬剤と排便トラブルの関連を繰り返し紹介してきました。すなわち,神経や筋肉に障害のある患者さんは排便トラブルが生じやすいと言えます。一方で,これらの患者さんは症状を感じにくいため発見が遅れやすく,また肛門や皮膚に障害を生じることも多いために,基礎疾患に応じた予防的な対応が必要です。そこで今回は,神経・筋疾患患者さんの排便トラブル対応に特化して学びを深めていきましょう。

①直腸に硬便が充満している場合は,刺激性下剤の内服が第一選択である
②摘便時には,患者の直腸前壁(腹側)に圧をかけることが重要である
③便失禁管理システム(例:フレキシシール®)が利用可能である

 末梢神経,脊髄,大脳,副交感神経などの神経系,排便にかかわる筋力が低下する運動ニューロン疾患や筋疾患の障害で排便トラブルが生じます1)。下記に挙げた疾患は一例です。

●大脳の障害
 脳卒中,パーキンソン病,脳腫瘍,頭部外傷,脳炎,脊髄小脳変性症,認知症,脳性麻痺

●脊髄の障害
 多発性硬化症,脊髄損傷,脊髄炎,脊髄梗塞,二分脊椎

●末梢神経の障害
 糖尿病,ギランバレー症候群,純粋自律神経不全症,馬尾症候群,アミロイドニューロパチー

●筋肉の障害
 筋ジストロフィー,ミトコンドリア脳筋症

●運動ニューロンの障害
 筋萎縮性側索硬化症

 これらの疾患の中でも患者数の多い脳卒中は,程度にもよりますが,活動量の低下や食事摂取量減少のため,6割の患者で排便障害が発生するとされます2)。また,自律神経の中枢が脳卒中によって障害されると消化管運動が低下し便秘となります。活動量を上げるためのリハビリテーション,食事量の確保,消化管運動改善薬が有効です。

 パーキンソン病は脳のドパミンニューロンの変性により運動症状を呈する疾患で,連載第4回で紹介したように,パーキンソン病による症状が出現する前に便秘症状が出現することが知られています。また,パーキンソン病治療薬やドパミン補充薬,ドパミン受容体刺激薬はアセチルコリン活性を低下させることで,さらに便秘を悪化させます(連載第7回)。

 脊髄に関連した疾患で知っておくべきは多発性硬化症でしょう。同疾患は女性に多い炎症性脱髄性疾患で,運動障害,感覚障害,視力障害を来し,便秘は43%,便失禁は51%(いずれかの症状の有病率は68%)で認められます3)。生活・骨盤筋訓練などの運動療法や薬物治療と併せて,精神的ケアも必要となります。加えて末梢神経の障害においては,糖尿病の合併症に気を付けておかなければなりません。糖尿病患者の75%は何らかの消化器症状があり,ある報告では成人糖尿病の60%近くが便秘,自律神経が障害された糖尿病患者の22%で慢性下痢が合併するとされています4)

 これらの神経・筋疾患に伴う排便トラブル対応と共に押さえておきたいのは摘便の知識です。摘便は経肛門的に便を用手的に摘出する重要な医療行為であり,対応に当たる看護師の方も多いことでしょう。糞便が直腸に充満している場合は,浣腸や坐薬が入るスペースがないため,まず摘便を行い,その後必要に応じて浣腸や坐薬を追加するほうが効果的です(○×クイズ①)。実施方法は以下の通りです。

①ベッドシート,2枚以上の手袋,潤滑ゼリー,紙を敷いた膿盆,消臭スプレーを準備

②患者には左側臥位で膝を抱えてリラックスしてもらい,(できれば)モニターを装着(図1

③標準感染防護着と2枚以上の手袋を着用

④肛門と周囲の皮膚を観察し,発赤と腫脹がないこと,皮膚を圧迫した時に痛みが出ないかを確認する。痛みを訴えたら摘便前に医師へ報告

④声がけしてから,潤滑ゼリーを十分に付けた右手示指で肛門を愛護的に触る

⑤力を抜いてもらいながら,右手示指を肛門内に挿入し,鈎状に曲げた示指に便を引っかけて摘出(図2)。摘出時に腹圧をかけてもらうことも効果的。患者の腹側は圧迫しないよう注意する5)(●○×クイズ②

⑥出血,腹痛,血圧低下,直腸の腹側を強く押してしまった場合は医師へ相談。一方で,高齢者,神経疾患患者,麻薬使用者などは腹痛を訴えない場合があるため,違和感があれば,その感覚を大事にして医師に報告する

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図1 摘便実施時の患者の体勢
左側臥位で膝を抱えてリラックスしてもらう。
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図2 摘便時の指の角度による違い
右手示指を肛門内に挿入し,鈎状に曲げた示指(曲げすぎない)に便を引っかける。摘出時に腹圧をかけてもらうと効果的で,患者の腹側を圧迫しないように注意する。

 肛門狭窄があり示指が挿入できない場合,あるいは裂孔,痔瘻,高度の痔核など肛門疾患のある場合や全身状態が著しく悪い場合(迷走神経反射に耐えられない)は摘便の禁忌となります。摘便の訓練ができる簡易型マネキンも販売されていますので,ぜひ練習をしてみてください。

 冒頭にも述べたように,神経や筋肉に障害のある患者さんは,臥位の時間が長くなりやすく,また皮膚の知覚も低下しているため,肛門や皮膚に障害を生じる場合が多いです。便で皮膚が汚れた時は清潔にすることが重要ですが,頻繁な場合はパッドやおむつの使用とともに,第7回で取り上げた処方カスケードに陥っていないかなど,医師,薬剤師を交えて便形状の改善を検討しましょう。肛門周囲の皮膚障害の治療・予防として,肛門周囲の臀部の愛護的洗浄・清拭,軟膏や皮膚保護剤,パウダーなどの使用が有効とされます。下痢,便失禁が頻回で水様性の場合は,便失禁管理システム(例:フレキシシール®)を用いて肛門周囲の皮膚の安静化を図りましょう(○×クイズ③)。同器具は,チューブ先端を肛門から下部直腸へ挿入しバルーンを用いて留置,下部直腸で便を回収し,肛門や周囲の皮膚を保護できます。

 著者にメーカーの方が含まれている研究ではあるものの,慢性便秘症を合併する認知症患者の排便管理において,下剤を調整することで「摘便」「浣腸」「オムツ交換」「頓服下剤」の頻度が低下し看護師の排便管理にかかる負担が減少したとの報告があります6)

 排便行為の失敗は自尊感情の低下を来すため精神的ケアをしつつ,努力と協力に対する感謝を表明しましょう。


1)温井孝昌.神経疾患患者の便のトラブル.Rp.+.2022;21(2):54-6.
2)Rev Neurol(Paris). 2002[PMID:12072827]
3)Gastroenterology. 1990[PMID:2338192]
4)Curr Treat Options Gastroenterol. 2017[PMID:29063998]
5)佐々木巌,他.浣腸・坐薬の使い方と注意点.Medicina.2020;57(9):1501-7.
6)福原真由美,他.グーフィス®錠導入前後の看護師の負担感に関する検討.精神科看護.2022;49(6):49-59.

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