医学界新聞

対談・座談会 亀田徹,西田睦,辻󠄀本真由美

2024.03.04 週刊医学界新聞(通常号):第3556号より

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 身体診察の延長としてベッドサイドで行われるpoint-of-care超音波(POCUS)の広まりやポータブル型・携帯型超音波診断装置の登場と低価格化により,急性期診療の場において超音波検査の注目度が高まっている。POCUSは現在,医師だけでなくコメディカルの間でも活用者が増えているものの,職種ごとにどの程度検査を施行すべきかについて一定のコンセンサスが得られていない状況だ。

 そこで本紙では,検査手技や描出画像の解釈などをまとめた『救急超音波診療ガイド』(医学書院)の編集主幹である亀田徹氏を司会に座談会を企画。日本超音波医学会・日本超音波検査学会で理事を務める臨床検査技師の西田睦氏,看護師で看護ケアにポケットエコーを活用する辻󠄀本真由美氏との議論から,POCUSのさらなる普及に向けた今後の展開を考えたい。

亀田 検査機器の小型化や低価格化により,超音波検査は病棟や救急の現場で積極的に利用されるようになりました。Web講習会やハンズオンセミナーなど超音波検査の手法を学ぶ場は頻回に設けられています。しかし,これまで救急現場におけるPOCUSの実際を解説した学会監修の成書は存在していません。こうした状況を受け,2019年から日本救急医学会でPoint-of-Care超音波(POCUS)推進委員会が始動し,『日本救急医学会 救急point-of-care超音波診療指針』1)が2022年に発表されました。そして本指針をもとに,より実践的な内容まで解説した『救急超音波診療ガイド』が2023年に発行され,本邦における救急診療でのPOCUS活用はこれからますます加速していくでしょう。

 一方で普及のスピードに関して,実施者のモチベーションや各施設の教育事情に依存しているのが現状のPOCUSの課題です。また,医師のみならずコメディカルの間でも活用されるPOCUSですが,各職種でどこまで実施すべきかについての明確な線引きはなく,検討が必要です。そこで本日は,超音波検査の教育に従事し,日本超音波医学会・日本超音波検査学会で理事を務める臨床検査技師の西田さん,ICUで看護介入にPOCUSを活用する看護師の辻󠄀本さんにお集まりいただき,POCUS発展の可能性を話していきたいと思います。

亀田 そもそもPOCUSの起源が日本であることをお二人はご存じでしょうか。

辻󠄀本 初耳です! いったいどのような経緯で始まったのでしょう。

亀田 1990年にPOCUSの基本となる概念,つまり超音波検査の第一目的は,画像所見に基づく確定診断ではなく「治療の迅速な意思決定」にあることを救急医の木村昭夫先生(国立国際医療研究センター)がWestern Trauma Associationにて発表し,翌年に腹部外傷評価における迅速な超音波検査の有用性を示した論文2)が掲載されました。このアイデアは多くの論文に引用され,米国の研究者によってFAST(focused assessment with sonography for trauma)と名付けられて海外で発展し,日本に逆輸入されたのです。

西田 POCUSの起源が日本にあるというのは驚きました。検査室で行う系統的超音波検査は診断のために実施されますが,POCUSは治療を見据えた情報収集の一手段であり,目的や性質が異なります。系統的超音波検査ならば体内をくまなく描出して,異常がないかを探し出さなければなりません。一方,POCUSは病歴やバイタルサインなどによる臨床推論に基づき,関心領域を絞って行われるものではないでしょうか。

亀田 おっしゃるとおりです。そして2011年,The New England Journal of Medicine(NEJM)誌にPOCUSの歴史などを示した総説3)が載ったのを契機に,日本でも一気に広まったと記憶しています。

西田 POCUSは検者依存性が高くて普及がなかなか難しいのではと当時思っていたのですが,トップジャーナルであるNEJM誌に総説が載って衝撃を受けたのを覚えています。また,2018年から放射線科専門医の資格取得要件として累積で120例の超音波検査の施行実績が求められるようになり,エコーの研修を必要とする放射線科の専攻医たちが検査室にやってきたことも記憶に新しいです。こうしたことも医師によるPOCUS実施を加速させるきっかけの一つだったのかもしれません。

亀田 ええ。POCUSはその簡便さや有用性が認識され,現在多くの施設で実施されています。系統的超音波検査とは異なり,POCUSは短時間で実施されることから救急医療との相性が良いと思うので,今後も日本救急医学会などの学術団体が主体となって救急超音波診療を推進していきたいですね。

亀田 近年,ポケットエコーは看護領域でも活用されはじめています。辻󠄀本さんはどのような経緯でPOCUSを始めたのですか。

辻󠄀本 元々当院のEICUで看護師が膀胱エコーに取り組んだことがあったのですが,スタッフの部署異動等でその活動が立ち消えてしまったのです。しかし,可能ならば自らも看護にエコーを活用したいと考える看護師がEICUに一定数いたことに加え,看護師へのPOCUS教育に関心のある医師が当施設にいたことがきっかけとなり,2022年4月に看護師へのエコー教育を推進するワーキンググループが立ち上がりました。そして同年8月,EICUに所属する看護師を対象にPOCUSの教育プログラムが開始されています。肺,末梢血管,膀胱,消化管に対して看護師がPOCUSを実践できるように,動画の視聴や事前に訓練を受けたインストラクターによる実技のレクチャーを経た後に,OSCEを行って習熟度を評価しています。

亀田 POCUSを体系的に学ぶ体制が院内で確立されていて良いと思います。プログラムの成果はいかがでしたか。

辻󠄀本 OSCE実施後に集計したアンケートによると,プログラムに参加した看護師の多くにPOCUS技術の向上を認めました。ただ,ケアにエコーを活用することは患者にとって有益であると考える看護師がいた一方で,描出した画像の評価や解釈に不安を感じる看護師が多いこと,また看護師がPOCUSを実施すると,医師や臨床検査技師の仕事の範疇に踏み込んでしまうと考える人も少なくありませんでした()。

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 看護師へのPOCUS教育プログラムにおいてOSCE後に集計したアンケート結果
横浜市立大学附属市民総合医療センターでPOCUS教育プログラムを受講したEICUに所属する看護師36人の回答結果。看護にエコーを活用することは患者にとって有益であるとの意見(青)もある一方で,POCUSの実施に難しさや不安を感じる意見(グレー)もみられた。

西田 見逃しや判断ミスが生じた際の責任の所在を考えると,抵抗を感じる看護師が多いのもわかります。

辻󠄀本 他施設では院内で看護師がエコーを活用することへ理解が得られないという話をよく耳にするので,看護師の間では依然として「エコーは診断に用いるもの」との意識が根強いのでしょう。しかし,私たちが行っているのはあくまでPOCUSを看護につなげることです。

 例えば,患者の尿量が減少したとします。その際に脱水(無尿)か尿閉かを看護師が判断する際に,今までであれば尿道カテーテルを入れ替えてみないとわからなかったのが,エコーを当てれば膀胱の内容量がわかります。つまり,侵襲が高い導尿の件数を減らせて適切な対応が早まった結果,ケアの質が向上するのです。

西田 ベッドサイドでタイムリーに患者の状態を観察できる看護師がケアにPOCUSを活用するのは合理的で良いと思います。われわれ臨床検査技師が行う系統的超音波検査は,あくまで「検査を実施した時点での結果」に過ぎませんから。

辻󠄀本 看護師によるエコー活用はタスクシフト/シェアの文脈で考えられることが多いのですが,今まで患者の体内を可視化する術を持っていなかった看護師にとって,エコー所見はフィジカルアセスメントの材料の一つになり得ると思います。アセスメントやケアの精度を高めるという点でもPOCUSのメリットは大きいです。

亀田 エコーを握る看護師が増えていくには「看護師によるPOCUS」が国内で確立される必要があります。そのためには,看護にPOCUSを活用してよかった事例が共有・蓄積され,エコーへの抵抗感が払拭されていくことが重要だと私は考えますが,辻󠄀本さんは何が必要と思いますか。

辻󠄀本 看護師における解剖学の知識を底上げすることです。私は医師からPOCUSを教わったのですが,その際に医師と看護師で解剖学の前提知識が全く異なることに気づきました。看護師は学生時代に人体解剖を学ぶものの,体内を立体的に観察する機会は少なく,あくまで教科書や参考書の紙面上で内臓を平面的に見ています。つまり,臓器がどう重なっているかを正確に把握できていないのです。例えば,「肺底部にエコーを当てて」と言われても,体表のどの部分にプローブを当てたら良いかが最初はわかりません。ですので,人体解剖を立体的にとらえられるようになることがまずは必要でしょう。

亀田 医学部によっては,心臓にエコーを当てながら循環器系の解剖と生理を教えている学校があると聞いています4)。看護教育の現場でエコーを用いて解剖学を教えるのも一案かもしれません。

西田 加えて,POCUSを体系的に学べる教育体制を拡充していくことも求められます。日本超音波医学会では超音波検査に関する専門的知識や技能を持つ超音波検査士という認定制度を設けました。受験資格に看護師・准看護師を含めているものの,看護師で同資格を取得している人は少ないのが実態です。興味のある看護師の方にはぜひチャレンジしてほしいです。

亀田 日常業務でエコーを握る機会がないと,主体的に学んでみようとはなかなか思わないのが実情でしょう。私は学会や研究会などの場でポケットエコーの当て方を学ぶハンズオンセミナーを開いていますが,参加する看護師は依然として少ない印象です。POCUSに少しでも興味のある看護師が参加しやすい場をつくるにはどうすればよいでしょう。

西田 検査のプロである臨床検査技師が施設内で看護師に教えるのはいかがでしょう。普段,検査室で日常的に超音波検査を施行していることから,走査の仕方を他職種へレクチャーすることは可能ですし,施設内であれば参加しやすいと思います。

辻󠄀本 良いアイデアだと思います。看護師と臨床検査技師はベッドサイドでのかかわりが少ないので,私たち看護師が教えを請いに検査室に出向いてみるのはありかもしれません。

亀田 日常的に超音波検査を実施している臨床検査技師の検査技術は高く,系統的超音波検査とは目的の異なるPOCUSであってもプローブの走査法など共通する部分はあるはずです。多くの臨床検査技師に他職種へのPOCUS教育に参画していただきたいです。

西田 存在を知ってはいるものの,POCUSの実態を把握していない臨床検査技師は現状多いと思います。臨床検査技師が他職種への教育に参画していくならば,検査室で行う系統的超音波検査とPOCUSの違いを臨床検査技師の間でもっと明確にしていく必要があるでしょう。

辻󠄀本 看護師がフィジカルアセスメントを行う時,血圧や脈拍といったバイタルサイン以外だと聴診や触感などからわかる情報によって判断する場面が多く,それらは感覚的なもので他者と共有しづらい傾向がありました。しかし,エコーを導入すれば客観性を持って患者の状態を評価できます。看護師によるPOCUSはこれからますます必要とされるはずなので,さらなる発展のために看護師が看護師にエコーを教えられる時代が来ることを期待しています。

西田 辻󠄀本さんが先ほどおっしゃった「ブローブを握ることで診断に関与してしまうかもしれない」との看護師の懸念は,臨床検査技師が超音波検査を始めた当初にも出ていました。しかし,系統的超音波検査とPOCUSで性質が異なり,また職種ごとにも実施目的は変わってくると思います。最終的なゴールは患者の利益であることは間違いありません。

亀田 POCUSに少しでも関心のある方は各団体が主催するハンズオンセミナーなどに積極的に参加してほしいです。POCUSを一つの触媒として職種横断的な交流が促進された結果,提供される医療の質が向上していけばうれしいです。医師や看護師以外でもポケットエコーを活用する事例があると聞いています。座談会を通じて,POCUSは多くの可能性を秘めていると改めて感じました。本日はありがとうございました。

(了)


1)亀田徹,他.日本救急医学会 救急point-of-care超音波診療指針.日救急医会誌.2022;33(7):338-83.
2)J Trauma. 1991[PMID:1986127]
3)N Engl J Med. 2011[PMID:21345104]
4)亀田徹.携帯型装置の技術革新によりPOCUSは新たなステージへ.週刊医学界新聞3478号.2022.

◆新刊『救急超音波診療ガイド』の内容を本紙のWeb限定コンテンツ『医学界新聞プラス』で一部無料公開しています。

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済生会宇都宮病院 超音波診断科 主任診療科長 / 超音波センター 副センター長

1996年北大卒。救急・集中治療・超音波検査の研修後,超音波検査をサブスペシャリティとして救急医療に長年従事。日本超音波医学会指導医,日本救急医学会Point-of-Care超音波推進委員会委員長。『救急超音波診療ガイド』『レジデントのための腹部エコーの鉄則』(いずれも医学書院)など編著書多数。

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北海道大学 経営戦略部 准教授 / 病院長補佐

1983年臨床検査技師免許,2006年医学博士号を取得。22年より現職。日本超音波医学会理事,日本超音波検査学会理事。日本超音波医学会認定超音波指導検査士。著書に『パッと出してすぐわかる 肝・脾 超音波アトラス』『パッと出してすぐわかる 胆・膵 超音波アトラス』(いずれもメジカルビュー)。

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横浜市立大学附属市民総合医療センター 看護部

2010年に東京医歯大大学院保健衛生学研究科を修了し,12年より現職。22年よりEICUの看護師によるPOCUS教育プログラムの立ち上げにかかわる。15年急性・重症患者看護専門看護師を取得。23年特定行為研修修了。著書に『看護の現場ですぐに役立つ急変時対応のキホン』(秀和システム)。

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