医学界新聞

対談・座談会 笠井正志,黒澤寛史,上村克徳

2024.01.29 週刊医学界新聞(通常号):第3551号より

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 Hibワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンなどの予防医学の発展によって,重症の小児入院患者は減少している。そのため子どもの入院管理では,軽症例に潜む重篤な疾患をいかに見逃さないかが重要となる。少子化が進み小児科医一人当たりが経験できる症例数が少なくなる中で,重症例の見極めをどう体得すればよいか。

 本紙では小児患者の入院管理に必要な知識をまとめた新刊『こどもの入院管理ゴールデンルール』(医学書院)の編者である笠井氏,黒澤氏,上村氏による座談会を企画。小児科医として臨床現場の最前線で長年活躍し,指導医として後輩の教育にも尽力する3氏の議論から,小児医療の今後の展開を考えたい。

笠井 少子化に伴い,日本の小児医療はこの数十年で目まぐるしく変化してきました。急速な変化に伴い表出した課題に対し,われわれ指導医世代が試行錯誤することは,次世代への良いバトンになるはずです。

 このたび小児入院患者への診療の要点をまとめた『こどもの入院管理ゴールデンルール』が発行されました。本日は共に編者を務め,後進の育成も行う黒澤先生と上村先生にお集まりいただき,小児医療が抱える課題や小児科医が伸びやかに成長していくための方策などをお話しできればと思います。

笠井 本日のメンバーは全員卒後20年以上が経過し,長きにわたり小児医療に従事してきたと言えます。これまでの臨床経験から,日本の小児医療にどのような変化を感じていますか。

上村 ワクチンなど予防医学の発展によって軽症例の割合が増え,われわれが若手であった頃よりも急性疾患による入院患者が減少したことです。もちろん,それは喜ばしいことですが,研修や教育の観点からは重篤な疾患に対する経験値が不足しやすくなっている現状があります。

黒澤 同感です。われわれが若手の頃は,はしかや髄膜炎を発症する子どもが少なからずいました。一方で,現在の小児科専攻医でそうした疾患を診たことのある人は少ないのではないでしょうか。

笠井 小児医療において見逃してはならない重篤な疾患の一つが髄膜炎であり,Hibワクチン・小児用肺炎球菌ワクチンの定期接種が2011年に開始されるまでは月に1~2例経験するほどの疾患でした。かつては同疾患に対して正しく対応できて初めて一人前と考えられていたものです。一方でワクチンが普及した現在では当施設でも年5~6例を扱うにとどまります。髄膜炎が重篤な疾患であることは今なお変わらないものの,若手の医師で同疾患を診たことのある人はあまり多くないはずです。

 また,小児医療の臨床経験を積める場所も減っています。小児科の専門機関でなければ,他科との混合病棟しかない施設も増えているのが実情です。

上村 小児病棟を設置している施設のほうが少ないですよね。子どもの人数が減っているから当然なのですが,今の体制をこのまま続けていくと小児医療がいずれ先細りになるのは明白です。

黒澤 集中治療の領域でも経験値をどのように高めるかは課題となっています。重篤な疾患は対応が遅れると後遺症をもたらす可能性があるので,容態が急変した場合に小児病棟の入院患者をいつICUに転送するかを見極めるのはとても重要です。従来はICUに転送される小児患者が一定数存在し,転送の見極めのノウハウが個々人に蓄積されていったものの,現在ではそうしたスキルアップが難しくなっています。

笠井 現在,小児科を抱える病院は小児医療から撤退するか,他施設の症例も集約できるほど規模を大きくするかのどちらかを迫られています。個人的には後者であってほしいですし,だからこそハイボリュームな専門機関は多数の症例を診るだけでなく,人材を教育する観点も持ち合わせる必要があるでしょう。兵庫県では当施設と上村先生の所属する兵庫県立尼崎総合医療センターがタッグを組んで小児科研修を行っているので,ぜひこうした事例が全国的に普及していくことを願っています。

笠井 皆さんは普段,後輩を教育する機会が多いと思います。指導する中で意識していることがあれば教えてください。

上村 自らを成長させるには①話すこと,②考えること,③書くことが重要だと若手に伝えています。現代は検査の手法や機器が発達したために,鑑別疾患を突き詰めて考えなくても結論が出るでしょう。また,生成系AIの台頭により推論しなくても診断できてしまう未来もあり得ます。しかし,それだけでは事前の想定とは異なった場合に応用が利きません。だからこそ①~③を行うことで医師に必要な思考パターンの基本を身につけておく必要があるのです。

笠井 ただし,①~③を行うように伝えてもなかなかすぐに実践されないのが現実です。例えば②考えることを実践させたいのであれば,考えなければいけない状況を指導医側がつくりだすか,考えることが普通であるとの空気を組織内に醸成するかのどちらかを整備しなければならないでしょう。

黒澤 われわれが若手の頃は前者でした。卒後1~2年目から一人きりで当直を担当し,指導医に気軽に相談できない状況がよくありましたから。

笠井 従来は何人もの患者を主治医として担当していましたが,現代では子どもの数が減り,重症例も減っている。そうした中で同じ学びのスタイルを採り続けるのは効率的とは言えません。

上村 同感です。ですので,若手を指導する際は個人がひたすらスキルや知識を吸収していく方法から,事例や学びをシェアするスタイルに変えることを意識しています。

黒澤 全体の底上げという点で効率的な手法だと思います。効率的に学習するには専門機関に学びに行く「越境学習」も選択肢の一つでしょう。これから他施設で学ぼうと思っている医師には,その場でしか得られない臨床知をぜひ自施設に持ち帰って共有してほしいです。

笠井 そうした体制をわれわれの世代が構築していかなければいけません。次世代のために学びの場を整備していくことは,指導医世代の責任です。

上村 おっしゃるとおりです。指導医世代が次世代に即した環境を整え,診療の標準化をしていくことが重要です。かつ標準のレベルをどこに設定するか(どの程度のルールを設定するか)が問われていると感じます。

黒澤 標準化は重要ですよね。当施設に赴任する前に米国とオーストラリアに留学し,帰国後に東京都立小児総合医療センター(以下,都立小児)で3か月ほど診療に参加させてもらったのですが,海外の質の高いPICUと都立小児のPICUの診療レベルが同程度だったので違和感なく働くことができました。比較的軽症を診る施設と重症を診る施設の二極化が進む日本の小児科で,施設間のレベル差が徐々になくなり標準値が底上げされれば,症例数や施設数が少なくなっても軽症例に潜む重症例に対応できるようになると思います。

上村 標準化のためにルールを設け過ぎると,所属者にとっては働きにくい組織になるといった批判があるのはわかります。しかし,標準レベルの底上げを考えていくならば,皆が守るべきルールの設定が必要不可欠です。指導医としては「なぜそうしたルールが設定されているか」の背景も考えられる組織をつくっていくのが望ましいでしょう。

笠井 ルールを設定することの弊害の一つに,若手が言われたことだけを行って成長が鈍化していくことが挙げられます。ある程度のレベルまで成長した医師がルールに縛られ過ぎずにさらに伸びるには,自分のスタイルを確立することも重要です。学習者がルールに縛られなくても良い段階まで来ているかを指導医が見極めるにはどうすればよいですか。

黒澤 「経験年数〇年以上から」といった明確な条件を設定しづらいですが,強いて挙げるなら「ルールと違うことを行うのであれば,その理由を周囲が納得できるように説明できるか」ではないでしょうか。自施設では周囲のスタッフが納得できるのであれば,ルールとは異なる方法も認めるようにしています。それをきっかけにルールそのものを変えることもあります。

上村 医療に限った話でなく,型破りなものを生み出すにはまず型を知るところからで,基本や原則が身についていない上で工夫しようとすると単なる邪道になってしまう。型を押さえた上で型破りな若手を生み出すのは指導医側の重要なミッションです。

笠井 私が所属する感染症科は研修医の人数が限られることから,指導のスタイルは徒弟制を採っており,相手の習熟度に合わせた教育を行えます。ただマンパワーには限界があるため,この方法を長期間は続けられないだろうと考えています。

黒澤 徒弟制だと個別指導ができるので,成長のスピードが速いかもしれません。一方で標準化されたシステマチックな教育体制は,多くの専攻医に対応できるので効率が良いでしょう。指導体制としては二つが存在して良いと思います。

上村 私も昔は徒弟制を敷き,事細かに指導していました。しかしある時,この方法だと自分のできることだけを教えていくので,指導相手が自分より上のレベルに進めないのではと疑問を持ったのです。そこで現在は,自らを牧場主として若手を牧草地に放牧するようなイメージで細かに指導しない手法に切り替えており,牧場主である私の仕事はさまざまな餌を用意して若手に心地よく過ごしてもらうことです。餌は自分で好きなものを選んでもらい,自分でやりたいことを見つけて成長してもらいます。

黒澤 マンパワーの観点において合理的で良いと思います。「放牧スタイル」における要点は,皆が共有できる最低限のルール(柵)を設けることでしょう。越えると危険な柵の外に学習者が出ようとして止められるのを繰り返すうちに徐々に成長していく。これが現世代の学び方かもしれません。

笠井 「教える」のでなく「成長をサポートする」のが指導医の本来の役割だと感じます。若手を指導していて日々感じるのが,「卒業生がその組織の価値を決める」ということ。われわれの指導相手が10~20年後にどのような仕事をしているかが重要です。師匠にとって一番幸せなことは,師匠を超えていってもらうことですから。

笠井 最後に,これから小児科を志す医師にメッセージをお願いします。

上村 なぜ小児科医になったのかと聞かれた際は毎回「自分より長生きする人たちのために働くことができる仕事だから」と答えています。自分が診た子どもが将来大きくなったその先の未来に貢献できるのがなによりのやりがいです。

黒澤 学生の時にお世話になった,血液腫瘍を専門としている小児科の先生が,「人生の楽しみの大半を知らずに亡くなっていく子どもたちを救いたい」と言っていたのが印象的で覚えています。未来を支えるという点ではどの小児科医も共通した意識を持っているので,もし診療に従事する中で悩んだら周りの人たちを頼ってみてください。

笠井 子どもが発症する疾患の大半は軽症となった現代ですが,まれに見逃してはいけない重症が紛れています。軽症例に潜む重篤な疾患を見逃さないためには,理論を学んでそれを実践する,そしてまた理論を学んで~という作業を繰り返すしかありません。この行程は一見地味にも見えますが,自分が徐々に磨かれていくのがわかると楽しさも感じるでしょう。

上村 教育の場面では学習者がめざすべき到達目標がよく掲げられているものの,到達目標は人に決められるものでなく自分で設定するものというのが私見です。診療に共通するゴールデンルールを押さえて,そこを出発点に到達目標や理想の小児科医像を定めて研さんしていってほしいです。

黒澤 小児医療はコントロールされたデザインの臨床試験を組みづらく,エビデンスが蓄積しづらい領域です。今回発行した『こどもの入院管理ゴールデンルール』ではエビデンスを網羅することより,診療で大切なポイントに重点を置いてまとめています。本書を読んでいて「なぜ●●が書かれていないのか」と気になった方は,その理由を考えて行間も読んでみましょう。

笠井 長い医師人生を登山に例えると,指導医は山頂へと導くベースキャンプみたいなものです。ベースキャンプで温かいご飯は提供されますが,山頂をめざすなら十分に心身を鍛え続ける必要があります。もし道に迷ったら,兵庫県立こども病院や兵庫県立尼崎総合医療センターといったベースキャンプや放牧地にお越しください。

(了)


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兵庫県立こども病院 感染症内科 部長

1998年富山医薬大(当時)を卒業後,淀川キリスト教病院に勤務。千葉県こども病院,長野県立こども病院,丸の内病院などを経て,16年より兵庫県立こども病院感染症科の立ち上げにかかわり現在に至る。小児科専門医。一般社団法人こどものみかた副理事長。編著に『こどもの入院管理ゴールデンルール』(医学書院),『HAPPY! こどものみかた第2版』(日本医事新報社)など。「自分に適した環境かを見極めるには,さまざまな人と会い,本を読んで感性を磨くことが重要です」。

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兵庫県立こども病院 小児集中治療科 部長

2000年東北大を卒業後,仙台市立病院に勤務。国立成育医療研究センター,神戸市立医療センター中央市民病院,静岡県立こども病院にて研さんを積んだ後に米フィラデルフィア小児病院,豪メルボルン王立小児病院に留学。15年兵庫県立こども病院に赴任。16年同院に小児集中治療科を開設し現在に至る。集中治療専門医,救急科専門医,小児科専門医。編著に『こどもの入院管理ゴールデンルール』(医学書院),訳書に『PICUハンドブック』(テコム)。「小児集中治療は『子どもが好き』なだけでは務まりません。タフな精神力を持った若手をお待ちしています」。

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兵庫県立尼崎総合医療センター 小児科 部長

1992年愛媛大卒。国立成育医療研究センター,兵庫県立こども病院救急総合診療科などを経て,20年より現職。小児科専門医。『こどもの入院管理ゴールデンルール』(医学書院),『HAPPY! こどものみかた第2版』(日本医事新報社),『小児科研修の素朴な疑問に答えます』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)など編著書多数。「伸びやかな成長のためには良い指導医について,その指導医を超えるためにどう学ぶかを考えてみましょう」。

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