医学界新聞

オープンサイエンス時代の論文出版

連載 大隅典子

2023.09.04 週刊医学界新聞(通常号):第3531号より

 これまで4回にわたり,いわゆる研究論文の歴史から電子化された現状までを紹介してきた。本稿では多くの読者が気になるであろう研究評価との関係について取り上げたい。

 研究者人口が少なかった頃は,発表される論文数も少なく,研究者評価は専ら研究コミュニティの中でなされてきた。直接議論を行えば相手がどのくらい自分の専門分野を理解し,正確な根拠や論理的な思考に基づいているかの判断は比較的容易だからだ。けれども研究コミュニティが拡大し,研究分野が細分化され,膨大な論文が出版されるようになるにつれ,評価は難しくなってきた。特に経験値の乏しい分野における研究成果の価値の判断は大きな困難を伴う。

 とはいえ,さまざまなケースで評価は求められる。例えば人事採用や研究費の審査における個人の評価もあれば,研究機関や国ごとの研究レベルを評価することも頻繁に行われる。これらの評価には,成果物である論文の質や量を測ることが必要だ。数値化された指標は客観的であり,専門家でなくても一定の判断材料にできる。本稿では研究機関の研究力評価を中心に論じたい。

 まず,Times Higher Education(THE)世界大学ランキングなどの主要な「大学ランキング」で用いられる研究力評価指標をまとめた1)をご覧いただきたい。いくつか専門用語があるので順に説明していこう。

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 世界大学ランキング等で用いられる研究力評価の指標(文献1をもとに筆者がアップデート)

Field-Weighted Citation Impact(FWCI):論文の被引用数(citation)をベースとし,研究分野による補正をかけた指標である。世界平均を1として論文ごとに算出できる(このようなことが可能であるのもDXとITのなせる技である)。研究分野によって研究者人口や引用の慣習等に違いがあるため,論文の被引用数がどの程度あるのかは,実態に合わせて補正される。

トップ%論文:特定の分野や学術ジャーナル内で最も引用された論文の上位パーセンタイルを指す用語である。例えば「トップ10%論文数」は,被引用数が上位10%に入る論文群の数を指し,トップ10%論文数を全論文数で割った値が「トップ10%論文割合」である。これは一定の質が担保された論文の量やその割合を示す。

h-index:物理学者のホルヘ・E・ヒルシュによって2005年に提案され,個人の論文数とその被引用数をもとに計算される指標である。例えば,ある研究者のh-index50である場合,少なくとも50回引用された論文を50本発表していることを意味する。

Field-Weighted Citation Impact(FWCI):論文の被引用数(citation)をベースとし,研究分野による補正をかけた指標である。世界平均を1として論文ごとに算出できる(このようなことが可能であるのもDXとITのなせる技である)。研究分野によって研究者人口や引用の慣習等に違いがあるため,論文の被引用数がどの程度あるのかは,実態に合わせて補正される。

トップ%論文:特定の分野や学術ジャーナル内で最も引用された論文の上位パーセンタイルを指す用語である。例えば「トップ10%論文数」は,被引用数が上位10%に入る論文群の数を指し,トップ10%論文数を全論文数で割った値が「トップ10%論文割合」である。これは一定の質が担保された論文の量やその割合を示す。

h-index:物理学者のホルヘ・E・ヒルシュによって2005年に提案され,個人の論文数とその被引用数をもとに計算される指標である。例えば,ある研究者のh-indexが50である場合,少なくとも50回引用された論文を50本発表していることを意味する。

h5-indexh-indexをベースに,大学や各分野の研究力の「厚み」を示す主要指標として「研究力分析指標プロジェクト」において考案された1)。ある5年間の発表論文群を分析し,「被引用数がX回以上の論文がX本ある」としたとき,Xの最大値をh5-indexと定義することによって,単発の高被引用論文の影響をならすことができる()。

 この他に,現代では国際共同研究によってこそ質の高い研究成果が挙げられるという暗黙の了解があるため(欧米が自分たちで作っているルールにも見えるが……),国際性を測る指標として「国際共著論文率」が重視されている。さらに,前述の「研究力分析指標プロジェクト」は「Collaborative Network Index(CNI)」も国際的な大学間の共著関係性の強さを定量的に把握する指標として提案している1)。具体的には,国際的な大学間のつながりの強さを共著論文数(整数カウント)で把握し,それを分数カウントして大学ごとに共著の重みを割り振る。そしてさらに,「国際共著論文機関数」と「共著論文数(整数または分数カウント)」の間でh-indexを用いてどれだけ多くの機関と強くつながっているかを定量的に把握するものだ。すなわちCNIの値が10であれば,「10本以上共著論文がある海外大学・機関が10か所ある」ことを意味し,値が高ければ高いほど,国際的な共同研究ネットワークの中でプレゼンスが大きいと言える。

 またTHEでは「ネットワーク・スコア」と呼ばれる指標も導入予定とされる。これは,Googleのページランクのように引用関係全体をネットワークとしてみなし,単なる被引用数ではなく,影響力の大きい論文から引用される論文ほどスコアが大きくなる仕組みだ。

 ここまででおわかりのように,研究力の評価の根本は「個々の論文の被引用数」であり,掲載された雑誌のインパクトファクター(IF)では決してない。人事選考において「論文が掲載された雑誌のIFの合計を示せ」などという要件をまれに見かけるが,後述するように国際的な観点からみると残念なことである。

 ここでオープンアクセス(OA)と被引用数の関係が浮上する。Wiley社が出版するOA論文の2015年1月~20年8月までのパフォーマンス比較調査2)によれば,非OA(要購読)の論文に比して,OA論文(フルOAとハイブリッドOA)は平均被引用数が約1.6倍に向上すると分析されている。さらに細かく見ると,即時OAの場合には約1.8倍であるのに対し,論文発表から一定期間(例えば1年)経過した後にOAとなる場合には,約1.1倍にしかならない。つまり「即時OA」が被引用数増加の鍵と言える。同様の分析は,Springer Nature社も行っており,こちらでもOA論文は非OA論文の1.6倍の被引用数があるとされている3)

 本連載では繰り返し商業出版雑誌の価格やOA論文掲載料(APC)の高騰について言及してきた。このような研究成果発表の現状は決してサステナブルとは言えない。そこで注目されるのは,商業雑誌に頼らず研究成果をOA媒体に公開する方法だ。APCに基づくOA化が「ゴールドOA」と呼ばれるのに対し,査読前原稿をプレプリントサーバに公開することや,商業誌に発表した非OA論文の著者稿を大学機関リポジトリに公開することは「グリーンOA」と呼ばれる。

 「プレプリント」を聞き慣れない読者もいるかもしれないが,もともとは物理学分野でarXivというプレプリントサーバとして立ち上げられた。コロナ禍に多数の研究成果を迅速に普及するためbioRxivやmedRxivも活用されるようになり,医学生命科学業界でも一気に広まった感がある。しかしながら,ここで大きな問題がある。プレプリントや機関リポジトリで公開されている原稿は,現状では被引用数を把握できないのだ。また機関リポジトリでの論文原稿公開手続きは,著作権の問題や著者全員の合意などのハードルがある。この点は,なるべく近い将来に解決すべきと考えられる。

 研究評価に関しては,2012年に学術雑誌の編集者と出版社のグループがサンフランシスコで開催された米国細胞生物学会年次会議の際に「研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)」という勧告4)を起草し,多くの研究機関や学術団体が署名している。本勧告では「個々の研究論文の質をはかる代替方法として,インパクトファクターのような雑誌ベースの数量的指標を用いないこと」を明示し,「特にキャリアの初期段階にある研究者に対して,出版物の数量的指標やその論文が発表された雑誌がどのようなものであるかということよりも,その論文の科学的内容の方がはるかに重要であることを,はっきりと強調すること」を推奨している。また,今後の研究成果は論文という形態だけでなくデータセットやソフトウエアのような形態も一層増えるであろうことから,多様な成果物のインパクトを測る方法について考慮されるべきと述べている。DORAの精神がより広く浸透してほしいと願う。

 本連載はこれで最終回となるが,番外編としてオープンサイエンスやOAの推進に関して造詣の深い科学技術・学術政策研究所の林和弘先生との対談を通じて,今後の日本における研究・論文出版の在り方について考えたい(本紙3533号)。


:THE世界大学ランキングでは,「厚み」として「75%FWCI」を用いており,全体の平均ではなく,上位25%の論文のFWCIを見ることで,小規模大学における異常に高いFWCIの個別論文の影響を排除することを想定している。

1)小泉周,他.「研究力分析指標プロジェクト」報告書(2016―2017年度).2018.
2)Wiley.Wileyジャーナルで論文を出版するときオープンアクセス(OA)を選ぶ利点とは? 2021.
3)Springer Nature. FACT SHEET(2022年2月).2022.
4)DORA.研究評価に関するサンフランシスコ宣言.

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