逆輸出された漢字医学用語
[第1回] 糖尿病
連載 福武敏夫
2023.06.05 週刊医学界新聞(通常号):第3520号より
日本列島では,中国から漢字が流れ着いた時から歴史の記録が始まり,思想を残すことや科学することも始まった。ところが,19世紀後半になり,中国や日本に西洋文明が押し寄せてきた時,その膨大でさまざまな概念を取り入れるために漢字の組み合わせ(熟語)が工夫された。その多くは中国よりも少し早く日本でなされ,中国に逆輸出されていった。その代表格は「社会」「哲学」「地球」などである。医学の領域でも「神経」を始め,多数の用語が日本から中国に渡っていった。本連載では,逆輸出された医学用語の歴史をひもといていきたい。
どのような用語が逆輸出されたかを探すのにとても便利な辞典がある。『新華外来詞詞典』(北京:商務印書館,2019)だ(現代中国の簡体字や旧字は,今後とも用いない)。第1回は「糖尿病」を取り上げる。患者団体などから「『尿』が入っているのが不快だから用語を変更したい」との動きがあるからである。賛否はともかくも用語の歴史を概観してからにしてほしいと筆者は思っている。なお,本連載における用語の初出等は『新華外来詞詞典』『日本国語大辞典』『Google Scholar』を参考にしており,煩瑣な表記となるため情報元についてそれぞれ明記しないこともある。
「糖尿」はGlycosuriaの訳として,奥山虎章がまとめた『医語類聚』(1872)に初出する。学術外では1934年の寺田寅彦の書簡に出てくる「所長が少し糖尿の気味だといふ話」が最初のようである〔日国友の会のWebサイトを参照。日国=日本国語大辞典〕。Diabetes mellitusのdiabetesはその前に1792年の『西説内科撰要』に「尿崩」として登場している。Diabetesはギリシャ語由来で「サイフォン」のことで,多尿がイメージされている。Mellitusは「蜜」のことであり,diabetes mellitusは当初「蜜尿病」と訳されていた〔『増訂内科提要』(1875)〕。「糖尿病」の論文初出は1887年の「蔓延性脳脊髄Sclerosisに於ける糖尿病の発見」(順天堂医学誌記事)と思われる。中国ではこの病態は「消渇」とされていて本邦でもこれが用いられていたが,「糖尿病」は1918年になって『西葯指南』(覚迷)に現れる(西葯=西洋薬)。
福武 敏夫(ふくたけ・としお)氏 亀田メディカルセンター脳神経内科部長
東大理学部数学科中退。医学系予備校講師を経て,1981年千葉大医学部卒。同大大学院医学研究院神経病態学助教授を経て,2003年から現職。日本漢字学会正会員。『神経症状の診かた・考えかた――General Neurologyのすすめ(第3版)』『標準的神経治療 しびれ感』(共に医学書院)など著書,編書多数。
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